六月、燃えるような若葉と澄み切った雲ひとつない、青空の季節−OWL試験が確実に近づいていた。


あの日以来、スネイプとの追加訓練、もしくは追加授業を二人は受けていなかった。

ルーピンがスネイプを説得したかどうかは分からないが、二人にとってはそのほうがよかったわけで、

時折、このことを思い出して嫌な気持ちに襲われそうになると、分厚い何冊もの本の上に

何時間もかがみこんで、OWL試験の勉強に精を費やした。



皆が皆、この試験のせいで頭がおかしくなりかけていた。


アーニー・マクミランはかたっぱしから五年生の通行人を捕まえて、試験勉強の

ことを尋ねる嫌な癖がつき、皆を憤慨させた。


は彼のいるところでは足音さえ立てないように気を配り、

ハリーやロンはなるべく彼に捕まらないように避ける始末だった。




はこのところめっきり成績が下がってきた「魔法薬学」の勉強に精を出し、

ハリー、ロンは苦手科目の一つである「魔法史」をハーマイオニーから借りたノートで

必死に復習していた。



マグゴナガルの授業でOWL試験の概要が説明され、試験結果は七月中に各自に梟便で郵送されることだった。



ハリー、 はお互いに苦手な「魔法薬学」の本片手に、夜遅くまで

定義やら、実験結果、魔法薬の名前などを徹底的にチェックしあった。




魔法史で年号がなかなか覚えられず、うんうん彼がうなっていると彼女が

とても面白い魔法史の年号の覚え方をこっそりと教えてくれ、

彼は涙が出るまで笑いこけるはめになった。




この面白い暗記方法は当然、ロンにも伝授され、ユーモアたっぷりの彼は

直伝の暗記方法に下品な単語をつけて改良し、それを聞きつけたハーマイオニーに本の角でぶたれてしまった。



「真面目にやる気があるの?」

ハーマイオニーはロンの呪文学問題集の答えをチェックしながら、怒ったように呟いた。

「あるよ。僕はいつでも大真面目さ。魔法史に関してはユーモアってもんがなきゃやっていけないよ。

 なぁ、わかるだろ。ハリー。」


ロンは赤毛の頭をくしゃくしゃにしながらにやにやとした。


「うん。確かにね。 は面白いごろ合わせを作るのに才能があるんだ。けっさくだよ。

 特にこのトロールとリヒテンシュタインのところ。二度と忘れられそうにないさ。」


ハリーも思わずにやりとし、先ほど彼女の暗記方法にロンの改良版つきのごろ合わせを復唱しはじめた。



そんなこんなで日々は過ぎ、いよいよOWL試験当日を迎えた。




五年生の生徒は全員、大広間に入出し、細長いテーブルに五人ずつ腰掛け、羊皮紙が配られるのを待った。



「はじめてよろしい。」


試験官のマグゴナガルの合図で、皆いっせいに羊皮紙をひっくり返した。


はドキドキしながら羊皮紙をひっくり返した。


(a)物体を飛ばすために必要な呪文を述べよ。

(b)さらにそのための杖の動きを記述せよ。


簡単だ。一年生の時、実技でやったもの・・。

彼女はにやりとし、自分とハーマイオニーをトロールから救ってくれたハリー、ロンの

杖の動きを思い浮かべて記述し始めた。



「まあまあだったわね。」


「そう?私はすごく簡単に思えたけど。」



二時間後の休憩時間にハーマイオニー、 は試験問題羊皮紙を見ながらお互いに正答のチェックを行っていた。



呪文学の実技試験では、 はまずまずの出来だったと思った。


というのは浮遊呪文、特に成長呪文は非常に上手くやった。


成長呪文では何の変哲もないインゲン豆を魔法で決められた時間に、巨大な

つるに成長させ、感心した試験官からボーナス点を頂いた。


ただ、まずかったのは「変色呪文」が全く出来ず、灰色の猫がちっとも

課題の黄色に変わらなかったことだ。


テーブルの上に載せられた年寄りの猫は、馬鹿にしたようにあくびをして大広間から逃げてしまい、

おまけに運の悪いことに広間の入り口に突っ立って試験を監視していた、スネイプの顔めがけて

ジャンプし、彼に恐ろしい顔で は睨みつけられた。




後にハーマイオニーに語ったところによると「その日は本当に死ぬかと思った」らしい。



さて、闇の魔術の防衛術は(お世話になったルーピンに喜んでもらいたくて)絶対に

満点を取ろうと彼女は意気込んだ。


筆記試験は完璧に解答した。


実技試験ではボガート追放呪文と試験官からの


ボーナス点獲得の課題の「守護霊呪文」を完璧にやってのけた。


大広間を真っ赤に燃え盛る炎に包まれた、グリフィンが雄牛のような勢いで広間を駆け抜けると

試験官全員が感激して拍手してくれた。




金曜日、ハリーとロンは一日休みだったが、ハーマイオニー、 は「古代ルーン語」の試験を受験していた。




がさ、猫を黄色に変えられなかったんだって。」

「でも、彼女は他のが出来てるから大丈夫だろ。」

「うん。だけどちょっと落ち込んでた。その猫が大広間を逃走して

 スネイプに襲いかかったらしいんだ。スネイプに殺されるかと彼女、本気で思ったんだってさ。」


ハリー、ロンは二人の試験が終わるまで、談話室でチェスをして時間をつぶしていた。

「スネイプは を殺そうとなんて本気で思わないよ。僕ならありえるけど。

 彼は彼女を何でか分からないけど気に入ってる。」

ロンはえいっとハリーのナイトを叩き潰しながら言った。

「うん。僕もそう思う。」


ハリーはその真の理由にうすうす気づいてはいたが、ロンには話さなかった。

「ハーマイオニーは半狂乱さ。僕が試験はどうだったって聞くと

 一問、二問、ミスったなど大慌てだ。」

ロンは駒を三列先に進めながら言った。

「あいつは絶対に試験には落ちないよ。一年の時、呪文学で百二十点だ。あれにはぶったまげたね。」

だって負けちゃいないさ。噂では今回、魔法史と闇の魔術の防衛術は満点らしいよ。

 すごい生徒がいるって試験官がおったまげてたのを部屋を出るとき聞いたんだ。」





「ルーピンがさぞかし喜ぶだろうな。ハリーや彼女みたいな優秀な生徒を持って」


ロンがにやにやして言った。
 


魔法薬学の試験は思ったとおり最悪だった。


筆記試験はまずまずの出来だったが、実技試験では完全に頭が吹っ飛んでしまい、


薬の調合を何回も間違えた。


は泣きそうな顔でフラスコにコルク栓をし、試験官のもとへ提出した。


「だって、普段の授業の時よりもミスったのよ!もうとにかく頭がパニックになっちゃって。」

は半狂乱でハーマイオニーに話していた。


「何でスネイプがいないときのほうがダメなんだだろう?」

今にも泣き出しそうな彼女を見ながら、ロンとハリーは小首を傾げた。





魔法生物飼育学ーこれは にとってかなり有利なものとなった。


はナールの針にちょっと刺された他は、火蟹のえさやり、小屋の清掃、病気のユニコーンに

与える食事の選別などはやすやすとこなすことが出来た。






占い学では水晶球を冷静に観察して判断し、試験官のマーチバンクス教授に

「近いうちに死人が出るかもしれない。」

とうっすらと水晶球に映った三人の手をつないだ骸骨に怯えながら、詳しく描写してみせた。



は何かとてつもなく嫌な予感がしながら、北塔の螺旋階段を下りていった。


あの予言がもし、本当ならばー誰か、私たちの身辺の者に死が足音を立てずにせまっているのだろうか?


そう考えただけで、どっと脇の下がねばっこい脂汗が出た。



何かの警告だろうか?まさか、ヴォルデモートが私かハリーを殺しに来るとか?いやいやここにいる限りそれはありえない。

でも、何故三人なのだろう?


初夏の太陽が彼女の顔をぎらぎらと照りつけ、彼女の意識がゆっくりと薄らいだ。


彼女は次の瞬間、蝋を轢いたばかりの螺旋階段から、そのまま後ろ向きに転落した。


ごろごろと何かにつかまろうとしながら、一番下まで転げ落ちた。



?」


「おい、馬鹿っ、しっかりしろ。階段から落ちたのか?」



数分後、北塔から偶然、試験が終わって降りてきたスリザリンのドラコ・マルフォイが


異変に気づいて慌てて、階段を駆け下りてきた。


「誰か、誰か!!助けてくれ!!誰か!!誰もいないのか!?

 女生徒が階段から落ちたんだ!!」


ドラコ・マルフォイは彼女の血色の悪い顔に真っ青になり、大声で狂ったように助けを求めた。



「どうしたのかね?試験はもう終わったのか?」


その声にマーチバンクス教授を引き取りにきたスネイプが息せき切って駆けつけてきた。


「先生!!助けてください!!彼女、階段から転落したんです!!」

マルフォイは半狂乱になって、横でぴくりともせずに転がっている彼女を指差した。

「おまえが見つけたのか?」

「はい、さっき降りてきたらこんなふうになってて。」


ドラコは涙声で説明した。


「医務室へ我輩が運ぼう。お前はマグゴナガル教授に報告しに行ってくれるか?」


「は、はい。わかりました」


マルフォイは二つ返事で引き受けると、うさぎのように飛んで北塔の階段を駆け下りていった。




スネイプは片手を彼女の肩に、片手をひざの下に入れて静かに持ち上げた。



「首の骨は折れてないな。だが、腰を強打している可能性はあるな。」



スネイプはで出切るだけ早足で彼女を抱きかかえて、医務室へと運んだ。









「階段から落ちたのは急性貧血が原因ですね。

 骨折はありません。ただ、腰を強打してます。数日は痛みますね。」


マダム・ポンフリーは彼女を横向き、縦向きに動かし、骨の具合を素手で触って調べて言った。


「ただこのぶんだと夜の試験には参加出来ませんね。本人が目を覚ましてもしばらくは

 自由に体を動かせないでしょう。」


マダム・ポンフリーはひどく残念そうに呟いた。


「ここで受けさせることは出来ませんか?」

スネイプはいちおう言うだけ、言ってみた。

「無理でしょう。夜は天文学の実技試験です。彼女を動かすことは出来ません。」

マダム・ポンフリーは断固として首を振って答えた。

「ああ、グリフィンドールはそうでしたな。」

スネイプはその事実を思い出してぶっきらぼうに答えた。



マダム・ポンフリーが去ってしまうと、カーテンが引かれたベッドの側に

スネイプは座り込んで彼女を眺めた。



の疲れきった顔に、彼は手を伸ばした。


彼女は苦痛の表情を浮かべていた。



彼は彼女の顔に出来た苦悶の皺を手で消してやろうとした。


その時、彼女は苦しい中から一言、二言ぶつぶつ呟き始めた。





「彼はもうすぐ死ぬだろう。私の妻とその侍女も後を追うだろう。スリザリンの蛇よ。

 気をつけよ。お前の行動一つで彼らの運命は左右される。気をつけよ。気をつけよ。

 けがわらしいお前の手が血を流すのだ。愚かな男よ。今すぐ罪を悔い改めよ。

 さもなくば、お前は私が直接手を下してやる。わかったか!この裏切り者!!

 私は全てお見通しだ!セブルス・スネイプ!!!」



彼女の目がぱっちりと開かれた。


その目は毒々しい赤に染まり、口からは二本の牙が突き出し、野獣のような唸り声を上げた。




スネイプは驚愕して、慌ててベッドから飛びさすった。


「お前は裏切り者・・お前は裏切り者・・彼女に触れるな。お前の手には

 すでにべったりと拭うことの出来ぬ血がついている。彼女を汚すな・・汚すな。」




もはや彼女の声ではなかった。

深い響きを持つ男の声で、彼女はベッドに起き上がり血走った眼で彼を真っ直ぐに指差していた。



「悔い改めよ・・悔い改めよ・・・よいな・・よいな・・・よいな。」



そして彼女は再び、ベッドに倒れ、意識を失った。









 

















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