「あと五分!」
試験官ーフリットウィック先生の声で二人は飛び上がった。
彼はクシャクシャな黒髪の男の子の側を足早に通り過ぎた。
「お父さんだ!!」
途端にハリーの目が輝き、頬が紅潮した。
その時、ふわふわとわけもなくあちこちを漂っていた
も同時に声を上げた。
「やだ、シリウス!」
彼女は頬に手をあてて、はしゃいだ。
心なしかいつもよりほんのりと頬が赤い。
ジェームズ、その四列後ろに座っているシリウスを二人は歓喜の声を上げてすぐさま側に近寄っていた。
ジェームズはハシバミ色の明るい目、真っ黒なクセ毛の髪の毛の持ち主で陽気な口元は
どことなく人をひきつける要素を持っていた。
一方のシリウスは秀でた額、すっと整った鼻筋、油断のならないグレーの透き通った瞳、皮肉とユーモアをたたえた
唇、ノーブルな黒髪の魔法界名門貴族の血統を示すものがはっきりと表れた、なかなかハンサムな男の子だ。
それが必ずしも嘘でない証拠にそのすぐ後ろに座っている女の子が流し目で一生懸命、彼の気を引こうとしていた。
その女の子の横二つ目の席にーー途端に
が歓声を上げて両手を広げ、その人物に飛びつこうとした。
リーマス・ルーピンだ!ほっそりとした知的な顔に鳶色の髪、冬の池のような落ち着いたアドリアン・ブルーの瞳の男の子だ。
「可愛い・・あ〜先生ったら今はつんと澄ました顔してるけど、こ〜〜んな可愛い時期もあったんだ。
よし、この次会ったらこのこと持ち出してからかってやーろうっと。」
はくすくすと手を叩いて笑いまくった。
ハリーはその様子を見て、ルーピンと彼女の親密さに改めてがっくりと胃袋が落ち込む気持ちがしていたのだが・・。
ところでシリウスの視線はさっきから答案用紙を通過し、無遠慮に三列後ろの女の子を見つめていた。
ハリーはいち早くその様子に気づき、肩を叩いて彼女に知らせた。
「何なの?」
その視線に気づいた女の子が顔を上げて小声で言った。
「助けてやるよ」
彼女と視線が合うと、シリウスはどこか動物的な感じのする真っ白い歯を見せて、かすかに笑いかけた。
「ダメよ」
「いいから使えよ」
女の子は男の子が投げたクシャクシャに丸めた羊皮紙を見て、顔をしかめて返そうとしたが、男の子はジェスチャーで「さっさと書き込めよ」
と合図した。
エイミー・ロブサートは綺麗な茶目っ気たっぷりのブラウンの瞳、それにふさふさと腰までとどく素晴らしい栗色の髪の持ち主で、輝くばかりの美人である。
「これが君のお母さん?」
「うん、すっごく綺麗な人ね〜〜」
ハリー、
はしばらく魂を抜かれたようにその場に立ち尽くして女の子に見とれていた。
数十分後、試験終了の鐘でフリットウィックは羊皮紙を回収し、その後、がやがやと生徒が席を立ち始めた。
「エイミー遊びに行こう。」
早速シリウスが席を立ち、つかつかと歩いてきて甘い声で彼女を誘った。
「ダメ・・このあと・・そのちょっと用事があるの。」
エイミーは恥ずかしそうに顔を赤らめ、肩に回された腕を振り解きながら言った。
「用事?誰と?」
シリウスは馬鹿にしたような声で笑い、しつこく彼女にまとわりついた。
「じゃあね。」
彼女はそっけなく彼を振り切ってぱたぱたと急ぎ足で、ごったがえする生徒の群れの中へと消えた。
「ねえ、エイミーは?」
リーマスが席を立って、変身術の本を片手にシリウス、ジェームズのもとへ駆けてきた。
「誰かさんとデートだってよ。」
シリウスはまるで美味しい肉を取り逃がした犬のように、くやしそうに吼えた。
「まあまあ、そうむくれなさるな。とにかく外、行こう。」
取りなし役のジェームズがむくれるシリウスの背中を押し、大広間の出口へと向かわせた。
「残念だなぁ。僕、彼女に二問目の答え出来たかって聞こうと思ったのに・・。」
いつのまにか彼らの側にいたピーターが小声で呟いた。
「あ〜〜お母さんったらあんなに急いでーーどこ行くんだろ?」
、ハリーは必死になってエイミーやジェームズ達を急いで追っかけた。
五人は廊下を歩き続け、玄関ホールを抜け、校外へと抜け出た。
当然、これはスネイプの記憶なのだから彼も試験羊皮紙に没頭しながら、五人の後から行くあてもなくついてきている。
ジェームズ達は湖の傍にあるブナの木陰で立ち止まった。
涼しい風がそよそよと吹き、シリウスは真っ先に木陰へでんと体を大の字にして寝転がった。
ハリー、
がふわふわと空中に浮きながら、後ろを振り返り、スネイプがちゃんとついて来ているか確かめた。彼は脂っこい黒髪の陰気な弱弱しい男の子だ。
彼はジェームズとは反対側の潅木の茂みに腰を下ろした。
羊皮紙に没頭し、試験問題を読み続けている。
エイミーはブナの木から少し、離れたカシの木の下でのんびりと木にもたれ、くつろいでいた。
見事な栗色の髪はディアディム型(つる状の貴金属性髪飾り)のヘアバンドで固定されている。
時折、彼女から不可解な笑い声が漏れてきた。
ハリー、
は変に思って、木に近づいてみた。
思ったとおり、彼女は一人ではなかった。
あのーー二人が大広間で最初に出会った男の子、デニス・チェン・
と一緒に木陰に座って、談笑していた。
「試験は出来ましたか?」
「え、あ、あの-い、いーえ。私、あんまり頭がよくないもので」
「そうですか。僕もいまいちでしたよ」
「でも、あなたはーとても頭がいいからちょっとやそっと出来が悪かったったってーー落第点取るなんて心配したことないでしょ!」
「いいえ。けっこうはらはらしましたよ。でも、あなたには頭には変えられない素晴らしいものが一杯ある。
たとえばーその、この美しいメロディーを奏でる手なんか・・僕はこの髪の毛の下にある頭脳より、
あなたが時々見せる自然で生気溢れるいきいきとした表情のほうが好きですよ。」
そう物憂げなゆったりとした声で囁きながら、デニス・チェンは彼女のふさふさした見事な栗毛を撫でた。
「あのー休暇は何か予定あるの?」
エイミーはパッと頬を赤らめ、もじもじと地面を見つめながら言った。
「ソウルに帰るつもりです。ここ何年か全く帰ってなかったものですから。母はイギリスにいますが、
父は会社があるので向こうへ単身赴任してるんです。」
「まあ、そうなの。私も今年は姉さんのところへ帰らなきゃ。」
「ハンガリーですか?それともイギリス?」
「今年はイギリスの屋敷で過ごすわ。」
「では、梟便を出してもいいですか?僕はどのみちこちらに新学期まで帰られないと思いますので。」
「えっ、ええ。もちろん、いいわ。あのーあなたの住所を教えてくれる?」
「ソウル市ープロキオン・レコード社、一階事務所。これさえ書けばじゅうぶん届くと思います。」
そこでエイミーは声を落とし、周りに聞こえないぐらいの声で彼の耳に口を寄せ、ぼそぼそと呟き始めた。
「ねえ、あのーー次の魔法ラジオネットワーク出演はいつごろ?」
「大晦日です。特別番組を組むらしいから。」
「なんていう曲を歌うの?」
「それは秘密。楽しみに待ってて。」
そう言うとデニスは素早く「チュッ!」という音を立てて、エイミーのこめかみにキスした。
「あっ、あいつーーあんなとこに!あの盗人猛々しい中国人野郎!!」
今まで優雅に寝転がっていたシリウスがその様子に気づき、ガバッと起き上がり、悪態をついた。
「あ〜ほんとだね。そうか、愛しの姫君のお相手はあいつ、グリフィンドール卿様様だったんだ。これは、これは異な事。」
ジェームズもちょっと眉根に皺を寄せ、皮肉っぽく言った。
「やめなよ。シリウス。この間、喧嘩を吹っかけてぼこぼこにされたばかりだったじゃないか。」
リーマスが慌てて、袖を巻く利上げ、やる気まんまんで憎き恋敵に立ち向かって行こうとするシリウスを引き止めた。
「いや・・この間の借りを返してやる。」
「パッドフッド、やめろよ。おまえ、この間は先生が見てたから途中で止まったもののー見ろよ顔にまだ痣が残ってるぜ。」
ジェームズはいきり立つ猛犬をどうどうとなだめ、代わりに「いい奴がいるぜ」
とにやけて潅木の茂みを指差した。
「なるほどーースニベルス様だ。」
途端にシリウスの口元がめくりあがり、不愉快な笑いがこぼれた。
ハリー、
は嫌な予感がしてデニス、エイミーから目を逸らし、後ろを振り返った。
「よう、スニベルス元気か?」
ジェームズが大またで茂みを掻き分けて、腰を下ろして熱心に羊皮紙に向かっているスネイプに大声で呼びかけた。
「エクスぺリアームズ!!」
スネイプはまるで攻撃されるのを予測していたように杖を振り上げようとしたが、ジェームズがそれより先に杖を振り上げて
ぽ〜んと杖を吹っ飛ばした。
「おいおい慌てるなよ。インべディメンタ!」
今度はシリウスが落ちた杖に夢中で飛びつこうとしているスネイプを妨害の呪いでかる〜く吹っ飛ばした。
「試験はどうだったい?スニベリー君。」
今やその騒ぎに他の木陰や、湖で騒いでいた生徒の群れが振り返って見た。
リーマスは眉根を寄せてけしからぬことと、至極不愉快な顔で騒ぎを見つめ、彼と一緒に座っていたワームテールは
意地汚い野次馬根性丸出しで、よく見ようとルーピンの周りをじわじわ回りこんだ。
「先生、何やってるのよ。お願い、止めさせてよ。」
はルーピンの態度に、驚き、そして失望し、誰かこの状況から救い出してくれるものがいないかと狂ったように周りを見渡した。
その間にシリウスとジェームズは、呪いの効果で起き上がれず、地面でばたばたともがいているスネイプに好きなだけ、からかって楽しんでいた。
「おい、おいチェン。」
アジア系の男子生徒が近づいてきて木陰で、騒ぎなどなんのその二人だけの世界に浸っているデニスに声をかけた。
「お前の出番だ。あんな鼻持ちならない野郎、ぶっ飛ばしてやれよ。一発がつーんとな。」
「何が?」デニスが不思議そうな顔で聞いた。
「あのなぁ。お前の大事な友人がくたばってるぞ。お二人のデートのジャマをするようで悪うございますがね。」
その声でやっと現実にかえって数メートル離れた木陰で起こっている出来事を理解した
デニスはムッとした表情で、すくっと立ち上がり、芝生を猛スピードで刈っていった。
「このお調子者。」
「アイテッ!」
ぺしっとエイミーがヤンテと呼ばれている浅黒い男子生徒の頭を叩いた。
「あなたは喧嘩が見たいだけでしょ。」
「ま、まあ、そういうことです。へい。」
エイミーは現場に向かって細い肩をいからせながらずんずんと歩いた。
ヤンテという男の子はとにかく騒ぎが好きで、デニスを焚きつけて自分の気に食わないシリウス、ジェームズと喧嘩させるのを
楽しんでいる一人なのだ。
「スコージファイー清めよ!」
スネイプはその頃、口からピンクのシャボン玉を噴出し、げほげほとむせていた。
ジェームズは悪態と呪いを一緒くたに吐いたスネイプに「口が汚いぞ」
とからかい、呪いをかけたところだった。
「ポッター!」
「ん?」
ジェームズがげらげらとその様子に爆笑していたとき、いきなり彼の肩を誰かが掴んだ。
彼が声を上げるまもなく、強烈な右フックが彼の左頬にクリーン・ヒットした。
「ジェームズ!!」
シリウスが叫んだ。
ジェームズは杖を取り落とし、突然の痛みに唇から血を流し、頬を片手で押さえていた。
「こいつ!」
「やめなさいよ!」
いつのまにか湖のほとりにいた女の子が飛んできて、怒りのうなり声を上げ、デニスに杖を向けたシリウスに
大声で怒鳴った。
「ああ、元気かい、エヴァンズ・・」
ジェームズの手が途端に髪に飛び、声が快活で深く大人びた調子にに変わった。
たっぷりとしたストロベリー・ソーダのような肩まで流れるような赤毛に、エメラルド・グリーンのアーモンド形の目ーー
そう間違いなく彼、ハリーの眼だ。
ハリーの母親、リリー・エヴァンズ嬢だ。
リリーはよどみなく、シリウスがデニスに呪いをかけられないよう間に割って入り、ぎろりと血走った眼で
悪童二人を睨みつけた。
「彼にかまわないで。」
彼女はぴしゃりと言った。
「ああ、エヴァンズ、僕の傷のことは心配してくれないのかい?」
ジェームズが唇から血を流し、子犬のような目で、リリーに訴えかけた。
「いい気味だわ。あんな卑怯な真似するからよ。」
リリーはフンと鼻を鳴らし、徹底的に大嫌いだと言う眼でジェームズを睨みつけた。
「彼があなたに何をしたの?」
「わからないかな?むしろ、こいつが存在する事実そのものがね。」
リリーとジェームズが言い争い始め、デニスとシリウスまでもがお互いを罵り始めた。
「つくづく運がいいな。中国人野郎。いや、純血たるグリフィンドール卿様様かい?」
「黙れ、グリフィンドールの鼻つまみ野郎。最近、弟君はどうした?愛しい弟に会うためにスリザリンに入れてくれるようどうして交渉しなかったんです?」
二人は憎しみのこもった目でお互いを睨みつけ、いつのまにか杖を双方とも引き抜いていた。
エイミーははらはらとその場に立ち尽くし、両手をもみしぼりながら事の成り行きを見守っていた。
その間にスネイプはじりじりと杖のとこまではっていっていた。
「エヴァンズ、僕とデートしてくれたらスニベリーに呪いをかけるのをやめるよ」
「そうだぞエイミー、この腐れ中国人野郎と付き合うのを止めたら、君のご友人には手を上げないと約束しよう」
そのころ、ジェームズ、シリウスからリリー、エイミーに停戦協定の条件が持ち出されていた。
「シリウス、誰がなんといおうと私はこの人と付き合いますからね!」
「あなたよりも巨大イカとデートしたほうがよっぽどましよ!」
エイミーはあまりにも理不尽な条件に腹に据えかねて、かんかんになって群集に聞こえるようわざと大声で言ってやった。
一方のリリーもあきれはてて、見下げた調子で叫んだ。
「ちくしょう!」
ジェームズが呟いたとき、サッと閃光が走り彼の右頬にパックリと割れ、血がほとばしった。
彼はくるりと振り向き、素早く杖を上げた。
二度目の閃光が走り、スネイプは空中にまっさかさまに浮かんでいた。
ローブが顔に覆いかぶさり、やせこけた足と灰色に汚れたパンツがむき出しになった。
「降ろしなさい!!」
リリーが叫んだ。
群集はぴいぴいと口笛を吹いてはやし立てていた。
「あいよ、承知しました」
ジェームズはつまんなさそうに言うと、スッと杖を下に向けた。
スネイプは地面に落ち、くしゃくしゃと丸まった。
彼は素早く立ち上がって、杖を構えた。
だが、それより先にシリウスが「石になれ!」と唱えたので、彼は硬くなってその場に銅像のように倒れた。
「お前!」
デニスが怒り狂って叫んだ。
シリウスの嘲った笑いが消えるかいなかに、デニスは素早い身のこなしでくるりと大きく一回転し、
高く足を蹴り上げ、彼の左頬めがけて強烈なテコンドーの形(回し蹴り)を繰り出した。
シリウスの意識は一瞬にして吹っ飛んだ。
彼はどさりといういやーな音と共に、声も立てずに地面に吹っ飛んで倒れた。
「おお・・出たぞ!!」
群集の囃し立てが、ぴたりと止み、ヤンテはデニスの見事な蹴りに舌を巻き、根が生えたようにその場に立ち尽くしていた。
「イカスぜ。デニス。いや〜奴さん助けてっていう暇もなかった!」
ヤンテは「素晴らしい蹴りでしたね!」とエイミーに嬉しそうに声をかけようとしたが、彼女はぱっと群集の群れをかきわけ、
ぴくりとも動かないシリウスの元へと走っていった。
「シリウス、シリウス、起きて、起きてよ!」
エイミーはぺちぺちと彼の頬を引っ叩き、涙声で叫んだ。
「大丈夫。こいつは気絶してるだけですよ。しばらく寝かしといたらじき眼が覚める。」
デニスは涼しい顔でそう言うと、スネイプのもとへ駆け寄り、ジェームズにかけられた呪文を解いてやった。
「スニベリー。ラッキーだったな。中国人野郎とエヴァンズが居合わせて」
ジェームズがくやしそうに息をつきながら、憎憎しげに言い放った。
「あんなけがわらしい「穢れた血」の助けなど必要ない!!」
リリーはむっつりとした顔で言った。
「結構よ。これからはジャマしないわ。それにスニベリー。パンツが汚いわよ。」
「エヴァンズに謝れ!!」
ジェームズがぴたりと脅すように杖を突きつけ、叫んだ。
「黙れ、ポッター。その汚い口を閉じろ。」
すかさずデニスが突っ込んだ。
「そうよ。あなたからスネイプに謝れなんていって欲しくないわ。あなたもスネイプと同罪よ。」
「えっー?」ジェームズが素っ頓狂な声を上げた。
「もう行きましょう。デニス。あなた方を見てたら吐き気がするわ。」
リリーはフンと顔を背けると、デニスにさっと腕を回し、すたすたとその場から連れ去ってしまった。
「あのーリリー。僕は先約がーーあるんですけど」
「いいから来て頂戴。ちょっと話があるの!」
リリーは活火山のように噴火し、ぷんぷん怒りながら玄関ホールへぐいぐい、デニスを引っ張っていった。