「おお、神様!あの子達、何でこんなことになったのかしら!?」
猛スピードで田舎道を走り抜けるスポーツカーでは、ミナが寝耳に水の状態に半狂乱に陥っていた。
「フェリシティー。慌てて我々は出てきてしまったが、いったいあの二人に何があったんだ!?
それに騒ぎを知らせに来たスネイプの野郎はどこだ?まさか、知らせるだけ知らせて雲隠れしたんじゃないだろうな?
あの野郎、そうだったらただじゃおかないぞ!!いくらハリーを目の敵にしてるとしてもだ!!」
フェリシティーの隣にまるで鬼のような形相で座った、シリウス・ブラックは今にも誰かをぶっ殺しそうな
勢いで言った。
「向こうへいくまでに手短に説明しないと、あなたはどうやら気が治まりそうにないようね。」
涼しげなアドリアン・ブルーのリーディング・グラスを、サッと片手ではずし、
フェリシティーは前方車のトラックを追い抜くため、ググッと思いっきりハンドルを左に回し、
風のように素早く前に躍り出た。
「うわっ!」
その拍子にシリウスはガタンと揺られ、後ろの座席シートに思いっきり腰をぶつけた。
「リーマスはちゃんとついてきてる?」
フェリシティーはしっかりと前方を見つめたまま、大声で聞いた。
「大丈夫だ!」
すぐにニ、三メートル後ろから大声で返事が帰ってきた。
「説明して大丈夫なの??」
フェリシティーは真っ青な顔で前方を見つめたまま、動けなくなったシリウスに呼びかけた。
「ああ。頼むよ。」
「スネイプの話だと、彼も詳しいことはよく分からないらしいんだけど、ハリー君とウィーズリーさんの息子、娘さん達が
あの糞忌々しい女の部屋に忍び込んだらしいわ。あなたに連絡を取ろうとしてね。
そしたらそこへ、あの女とスリザリン生が部屋にやってきてハリー君達を捕まえたらしいの。
スネイプが部屋に来たときは、あの女は「真実薬」を彼に要求して、ハリー君に誰と連絡を取っていたのか
吐かせようとしたわ。もちろん、スネイプは薬を渡さずに部屋から出て行こうとしたわ。
その時、ハリー君が変なことを口走ったらしいの。「あの人が、パッドフッドを捕まえた!あれが隠されている
あの部屋で、あの人がパッドフッドを捕まえた!!」ってね。アンブリッジもスリザリン生も
彼が寝言でも言ってるんじゃないかって思ったらしいけど、スネイプはすぐにピンと来て
騎士団本部に連絡してシリウスが無事にそこにいるかどうか、連絡取次ぎ係のジェニファーから聞き出したわ。
彼はあなたと直接話がしたかったそうだけど、あなた、その時出られなかったらしいわね?
いったい何やってたの?」
フェリシティーはここで非難するような目つきで、シリウスを睨んだ。
「ヒッポグリフのバックとビークが俺の知らない間に脚に酷い怪我をしたんで、手当をしてたんだ。」
シリウスはくやしそうに頭を抱えてうめいた。
「だから、ジェーンがあとで変なことを言ってたんだ。スネイプの野郎が俺が今、家にいるか?って
聞いてきた。っていうことをだ!!ああ、俺ときたら!!何であの時、不自然に思って
ハリー達が危ない目にあっていることに気づかなかったんだ!!ああ、何てことだ!!」
シリウスはそうわめくとダスト・ボックスに何度も頭をぶつけた。
「結局、あなたははめられたんだわ。私たち全員もよ。馬鹿よね。騎士団のメンバーは
身動きできないよう、ヴォルデモートの罠にはまったのよ。そのヒッポグリフが怪我をしたの
あまりにも不自然ね。考えたくないけど、例えば本部に誰か裏切り者がいて、そいつに怪我をさせられたとか。
だって、ヒッポグリフはその時、あなたの部屋に閉じ込めてたんでしょう?
家の中でそう簡単に出血するような怪我が出来ると思う?」
フェリシティーは長年のスパイ独特のかんと、推理でバックとビークの怪我について暴き出しみせた。
「もういいよ。そのことについてはあんたの言うのが正しいだろうな。さっきの続き、言えよ。
ぜ〜んぶ俺が悪いんだよ。見事にあいつにはめられたんだからな。」
シリウスは両手を振って大きなため息をつき、がっくりと座席に深くもたれかかった。
「ハリー君達は、それからー部屋でその後、何が起こったか誰にも分からないけど
アンブリッジと森に出かけたまま帰ってこなかったらしいわ。スネイプはすぐに私のところに
連絡して、すぐに騎士団のメンバーのところへ行ってくれって伝えて、行方の分からないダンブルドアに何とか連絡してみると
おっしゃったわ。私はロンドンのミナの屋敷にかくまってもらってたんだけど、そこからすぐに車を飛ばして
あなたたちのとこへ駆けつけたのよ。それから後はー見たままよ。」
フェリシティーはそこでぴたりとしゃべるのをやめた。
「スネイプ先生はあなたに本部に残るようにおっしゃったけどーああ、結局こうなるのね。今更止めないけど」
フェリシティーは悲しそうに微笑み、それにおおいかぶせるようにクラクションを鳴らし、前方に連なる車の群れをびゅんびゅん抜かした。
「俺がーおめおめと本部に残って、ハリーや
を見殺しに出来るわけないだろ?
行くときはメンバーと一緒だ。スネイプの言うことなどいちいち耳を傾けられるか!」
シリウスは不適な笑みを浮かべ、彼女に断言した。
は現在、魔法省の内部に潜入し、片手に杖を構え、ひっそりとした白壁の建物内を歩いていた。
「お〜い!お〜い!誰かいないの?」
そして彼女は歩きながら呼んでみた。
だが、返事はなかった。
一階のガード魔ンが座っていたデスクがちらりと目に入ったが、ガード魔ンはむろんのこと
誰かが出てくる気配すらなかった。
「お〜い!誰か〜!誰か〜!」
再び、声を振り絞って呼んでみたが、彼女の声だけがただっぴろい大理石のホールに響き渡るだけであった。
彼女は途方に暮れて、ぺしゃんとその場に座り込んだ。
彼女はやみくもにここまできて後悔した。
こんなただっぴろい魔法省をどうやって探索すればいいのだ?
ああ、あの差し出し人不明の手紙!!
もっとちゃんと読んで、状況を理解してからいけばよかった!
あんな不振な手紙、あの時は気が動転して、信じてしまったが、
今、落ち着いて考えてみれば、おかしな点が多々あった!
「ああ!」
と彼女は絶望し、頭を静かに垂れた。
涙がここまで一緒についてきた、一羽のカラスの上に静かに滴り落ちた。
ふと何気なく彼女はポケットに手を入れた。
試験直前に、ロン・ウィーズリーからもらった上手そうなヌガーの包みが入っていた。
「ロン・・・どこにいるのよ!」
彼女はくしゃくしゃになった顔でヌガーの包みを手のひらにのせて眺めた。
「あ、コラッ!何するのよ!!」
途端にさっきから彼女の周りをうるさく飛び回っていたカラスが、サッと彼女からヌガーをひったくり、
口にくわえて持ち去った。
だが、カラスはどことなく嬉しそうに見えた。
羽をみせびらかすようにばたばた動かし、彼女の頭上をひゅんひゅん、飛び回り始めた。
「そうか!お前、ロン達がどこへいったか分かるんだね?」
数秒後、さえきった彼女の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
カラスは彼女の言葉の意味が分かったらしく、さっきより一段と嬉しそうにカァカァやかましく鳴きながら、
「ついて来い」というふうに目配せし、美しい濡れ羽色の羽をこすりあわせ、ひゅーっとエレベーター・ホールのほうへ飛んでいった。
「でも何階にいったかはーまさか、分からないよね?」
はエレベーターの中で、カラスをしっかりと抱きかかえながら、苦笑いした。
だが、カラスの嗅覚は素晴らしく、彼女の手から離れて、ぱぱっとエレベーターのずらりと並べられた
ボタンのほうへ飛んでいくと、嘴でチョンと「九階」と書かれたボタンを突っついた。
「ほんとうにそこまで分かるの?」
彼女は半身半疑で、再び彼女の腕の中に戻ってきたカラスに言った。
カラスは得意げに彼女の顔を見上げて、カァカァと鳴いた。
「お前は本当にロンの匂いを知ってるんだね?もしかして、今まで餌とかもらってた?」
はお得意の、動物にしか分からない言葉で、ためしに語りかけてみた。
再び、カラスはカァカァと大きな声で鳴いた。
「神秘部です」
がらがらとエレベーターが大きな音を立てて停止し、格子扉が横に開いた。
その後、松明のゆらゆら揺らめくだけの廊下を通り抜け、カラスの後をついて行き、
彼女は黒い扉へとたどり着き、パッと開いた扉の中に入った。
「う、わっ!」
円形の大理石の床で彩られた部屋に出た時、突然ぐらぐらと部屋が振動し、回り始めた。
は転倒しないよう、とっさに床に伏せた。
ようやく回転が収まると、彼女は空中をじれったそうに旋回しているカラスとともに
カラスが次に指し示した黒い扉へと歩いていった。
幾つもの重い扉を通り抜け、彼女は何だかよくわからないが、気色の悪い脳みそがうようよ浮いている
ホルマリン漬けの水槽のある部屋、薄暗い長方形のがらんどうの部屋を渡り歩いた。
カクテル・パーティを開くのに十分な大きさの長方形の部屋には
奇妙な石造りのアーチがそびえていた。
年代もののアーチはヒビが入り、老朽化していた。
アーチには透き通るほど美しい、擦り切れたカーテンが静かに風もないのにゆらめいていた。
殺伐とした気分の
には、そのアーチが神秘的でどこか儚げなものに思えた。
彼女の目はいやおうなしにそのアーチにひきつけられた。
アーチの台座をのぼって、カーテンをくぐりたい、そんな衝動的な気持ちに襲われた。
だが、その時、カラスが催促するようにカァカァとやかましく
鳴いたので、
はハッと夢想から現実に返った。
きらびやかなシャンデリアが天井からぶら下がった部屋に、彼女はさらに進んだ。
大勢の人間が収容できそうな、つるつるの寄木ばりの床が光り輝くシャンデリアに
反射してきらりと光った。
「あいたっ!」
彼女は思わず拳で頭を揉んだ。
一瞬、鋭利な刃物で一突きにされたような頭痛に襲われたからだ。
彼女は痛さのあまりぎゅっと閉じた目を開けてみた。
すると、どこからか「美しき青きドナウ」の曲が流れてきた。
「何、これ?」
彼女はおそる、おそる声に出して呟いてみた。彼女の意識はゆらりと薄らいだ。
つるつるの寄木張りの床のホールで、誰かに抱かれて自分は踊っていた。
赤のベルベットのドレスに、ポーラ・スターの揺れるイヤリング、
そしてシャンデリアに反射して光る、グレーの嘲笑的な目。
「誰なの?」
彼女は真っ黒な仕立てのよい、夜会服に身を包んだ相手に尋ねていた。
「私だ。わからないのか?」
黒く長い髪を後ろで、一つに束ねた男は真っ白い歯を見せて微笑んだ。
「シリウス?」
「そうだ。」
彼は嬉しそうに言った。
「私、何故ここにいるの?」
「決まってるじゃないか。私がここにいるからだよ。」
真っ白な手袋につつまれた細い手を持ち上げながら、彼は彼女を一回転させた。
「でも、でも、私、今、大変なの。ハリーを助けに・・」
は次第に薄らぐ意識の中で必死に訴えた。
「そうか・・。」
彼は途端に酷くさびしそうな顔をして彼女を突き放した。
「では行っておいで。」
その瞬間、彼の唇が素早く彼女に重ねられた。
「さよなら。
。」
彼は短く、青ざめた顔でつぶやくと、だんだんと彼女の視界から姿を消した。
「待って!!」
彼女は途端に不鮮明な意識から覚醒した。
今の、何だったんだろう?
まるで幽霊でも見ているようだった!
彼は酷くたよりなげで、そう、片方の翼が折れたブラック・バードのような姿をしていた。
「さよなら」だなんて!二度と会えないような素振りだった!
まるで、シリウスが遠くに行ってしまうような予知夢・・いよいよ次回、彼女は罠の中へと突っ込んでいきます。