「そんなもの、しまってしまえ」

本年度最初のアラスター・ムーディ教授による闇の魔術の防衛術のクラスだ。

「教科書だ。そんなものは必要ない」

皆教科書をカバンに戻した。

「よし、それでは始めるとしよう。このクラスについては、ルーピン教授から手紙をもらっている。

 お前達は防衛術の基本をかなり満遍なく学んだようだな。−ボガ―ト、レッドキャップ、ヒンキーバンク、

 グリンデロー、河童、人狼、バンパイアなど。そうだな?」

はルーピンという名前にグサッと心の傷が再び、えぐられるのを感じた。

と同時にバンパイアのところで、ムーディの魔法の義眼がジーッと自分を見つめているのに気づき、ギクッとした。


「しかし、おまえたちは非常に遅れている。呪いの扱い方についてだ。そこでワシの役目は

 魔法使い同士が互いにどこまで呪い会えるものなのか、おまえたちを最低限まで引き上げることにある。

 ただし、わしがこのクラスを担当するのは1年限りだ。」


「なんだぁ、一年限りかぁ・・・。」

ロンがぼそっと言った。

「さよう、一年だけだ。ダンブルドアのために特別にな。・・・一年。その後は静かな隠遁生活に戻る。」

ムーディはしわがれた声で笑った。どこか親しみを感じさせるような笑みだった。


「では、これからすぐに取りかかる!まず、最初に魔法法律により、最も厳しく罰せられる呪文が

 何か、知っている者はおるか?」

ハーマイオニ―とロンの手が真っ先に上がった。

「えーと、服従の呪文です。」

ロンが答えた。

「ああ、その通りだ。確かお前はアーサー・ウィ―ズリ―の息子だな。お前の父親はこの呪文についてよく知っているはずだ。なにしろ


 一時期魔法省をてこずらせたことがあるからな。」



ムーディは教卓の引き出しを開け、ガラス瓶を取り出した。

中には黒い蜘蛛が三匹、がさごそ這いまわっていた。

「ヒッ!」

とハーマイオニ―の前に座っていたロンが悲鳴を上げた。

ロンは蜘蛛が大の苦手なのだ。


ムーディは瓶に手を入れ、蜘蛛を一匹つかみだし、教卓の上に置いた。


「インペリオ!!」


彼は杖を蜘蛛に向けた。



すると蜘蛛はおかしな動きをし始めた。

空中にピョンピョン何度も跳ね、見事な後ろ宙返り、横トンボがえりを何度もやってみせた。

ムーディが杖をグイと上げると、蜘蛛は二本の後ろ足で立ち上がり、華麗なステップを踏み、タップダンスをした。

皆、爆笑した。 とムーディを除いては。

彼女は幼い頃から、闇の魔術に対抗する様様な訓練を叩き込まれてきた。

11年間、彼女は城にほとんど幽閉されていた。

なぜなら、外出すれば、いつ例のあの人が殺し損ねた彼女を狙いに現れるかもしれないし、また、どこかで不気味にくすぶっている

デス・イーターの残党が彼女を発見し、例のあの人のもとへ引き渡す恐れがあったからだ。

そこで、少しでも自分で身を護るすべを身に付けるため、彼女は幽閉されていた期間を利用して伯母や他の吸血鬼連中から闇の魔術、及び、防衛術の訓練を施されたのだ。


だが、未だに彼女はこの服従の呪文に抵抗することができていない。

そのぐらいこの呪文はレベルが高いのである。




「おもしろいと思うのか?わしが、お前らに同じことをしたら今のように笑っていられるか?」

ムーディの厳しい声に笑いが一瞬にして消えた。


「完全なる支配だ!」

ムーディが低い声で言った。

「ワシはこいつを思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、水に溺れさせることもな!」

ムーディは手が震えだした をぎろりと見た。

「多くの魔法使いがこの服従の呪文に支配された。だが、服従の呪文と戦うことは出来る。

 しかし、これには個人の持つ真の力が必要で誰にも出来るものでない!出来れば呪文をかけられぬようにするほうがよい!!

 油断大敵!!」

ムーディの大声に皆飛び上がった。

その後、ムーディは残された二つの禁じられた呪文をやって見せた。


「磔の呪文、これが使えれば、拷問に「親指締め」もナイフも必要ない。」

「クルーシオ!!」

ムーディは杖を上げ、蜘蛛に呪文をかけた。

蜘蛛は七転八倒し、痙攣し始めた。

ムーディは杖を蜘蛛から離さず、蜘蛛はますますのた打ち回り、激しく身をよじり始めた。


「やめて!!」

ハーマイオニ―が悲鳴を上げた。その目線の先はネビルだった。

彼はガタガタと震え、恐怖に満ちた目を大きく見開いていた。


は手で顔をおおい、涙を流していた。

恐ろしい記憶が蘇る―――――――――――――――


「エイミー、仲間になれ!仲間になれば命だけは助けてやる!」

「嫌よ、あんたの仲間になるぐらいなら死を選ぶわ!」

「なら、壮絶なる苦しみを味わうがよい!クルーシオ!!」

「あぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――」


思い出した!この呪文はかつて例のあの人が母にかけたものだったのだ。


「やめて・・・もう・・やめて・・・」

彼女はぼろぼろと涙をこぼし、ムーディに懇願するように言った。

ムーディはネビルと の様子を見て、ようやく杖を蜘蛛から離した。

蜘蛛はまだヒクヒクと痙攣していた。



「よろしい・・他の呪文を何か知っているものはいるか?」

ムーディが三番目の蜘蛛を瓶から取り出しながら言った。

「アバダ ケダブラ」

挙手したハーマイオニ―が囁くように答えた。

「さよう、最後にして最悪の呪文。「アバダ  ケダブラ」・・・死の呪いだ」

ムーディは三番目の蜘蛛を教卓においた。

ハリー、 は不吉な予感が胸をよぎった。



「アバダ ケダブラ!」

ムーディの声が響いた。

目も眩むような緑の閃光が教室中に走った。

「し、し、死んでる・・・」

最前列に座っていたロンが悲鳴を上げた。

蜘蛛は仰向けにひっくり返り、あっけなく息絶えていた。

生徒はあちこちで声にならない悲鳴を上げていた。


バタン!

?」

ハーマイオニ―が悲鳴を上げた。

彼女はその場で気を失い、椅子から崩れ落ちた。







「大丈夫かい?」



彼女が意識を取り戻すと、目の前にはロン、ハーマイオニ―、ハリーの顔があった。


「気絶したんだ。私・・」

はソファから起き上がった。


グリフィンドールの談話室に彼女はいた。


「ムーディ先生が医務室にいくほどのことじゃないって・・君をここに運んでくれたんだ。

 じきに目を覚ますだろうって・・」

ロンが心配そうな顔で言った。


「ねえ、あの時間中、気絶したのは私だけ?あっ、ゴメン・・三人共、また迷惑かけてしまって・・」

は慌てて謝った。

「気にすんなよ・・ラベンダーやバーパティもさっきまで気絶してたんだから・・・」

ロンが言い、向こうではしゃいでいる二人を指差した。

「あの授業は確かに刺激が強すぎたよ。特に、君や、ネビル、僕にとってはね。」

ハリーが優しく言った。

「ネビル?何でネビルが?」

が不思議そうに尋ねた。

「彼、あの授業中ずっと震えてたのよ。その後、授業が終わってからも、しばらく落ち着きがなくて・・今はまあ、普通に戻ってるけど」

ハーマイオニ―が向こうでチェスをしているネビルを見て言った。




その後、 はロン、ハリーと共に談話室にこもって占い学の宿題をやり始めた。

(ハーマイオニ―は用事があるといって女子寮へ駆け上がっていったが)

「こいつはどうだい?来週の月曜、僕は咳が出始めるだろう」

ロンが面白そうに言った。

「うん、それ、イケルわね。」

がうなずいた。

「あの先生のことだ。とにかく惨めなことを沢山書け。舌なめずりして喜ぶぞ」

ハリーは羊皮紙を広げ、楽しそうに書き込み始めた。

「じゃあ、水曜は僕は火傷するだろう・・・」

「私は木曜、失恋する――ありえないわよ!馬鹿みたい!あの先生なんて思うかしら?」

「いいねぇ!僕は喧嘩でコテンパンにやられる」


しばらく三人はこれから起こる不幸な出来事を予言する作業に夢中になった。



しばらくすると談話室には人影がなくなってきた。


「できた!」三人は羽ペンを放り出した。

「私もよ!」ハーマイオニ―の声だ。




「スピュ―(反吐)?」

ハリーと はハーマイオニ―から手渡されたバッジをしげしげと見た。

ハーマイオニ―が持っている箱の中には色とりどりのバッジが入っていた。

「S・P・E・W!反吐じゃないわ!正式名称は屋敷しもべ妖精福祉振興協会よ!」

ハーマイオニ―がもどかしそうに言った。

それからハーマイオニ―のSPEWの話は延々と続き、三人は無理やり会員に入会させられた上、入会金の2シックルまで

払わせられるはめになった。



「ヘドウィグ!」

ハーマイオニ―の話がようやく途切れたところで、窓をノックする音が聞こえた。

「手紙を持ってる」

ハリーは急いで足に括りつけられた手紙を解いた。

「もしかして、シリウス?」

が聞いた。

「そうよ、何て書いてあるの?」

ハーマイオニ―が息を弾ませて聞いた。

羊皮紙に急いで走り書きした手紙はまぎれもなくシリウスの筆跡だった。



「シリウスが帰ってくるって?それに額の傷が痛み出したって、ハリー、ほんとうなの?」


が手紙の内容を読んで、驚いて聞いた。





「シリウスに言うべきじゃなかった!!手紙のせいでシリウスは帰らなくてはならないって思ったんだ!」

ハリーは の言葉を無視して、叫んだ。

「ハリー」

ハーマイオニ―がなだめるように言った。


彼は「もう寝る、また明日」と言って、男子寮への階段を駆け上っていってしまった。






「シリウスに傷が痛むのは自分の勘違いだった・・って書いて、返信したの?」

翌朝、大広間での朝食のとき、 は周囲に聞こえないように小声で聞いた。

「嘘よ、傷跡が痛んだのは勘違いじゃないわ、知ってるくせに。」

ハーマイオニ―がすかさず厳しく言った。

「そうだよ。だからどうだっていうんだい?」

ハリーが切り返した。

「僕のせいでシリウスがアズカバンに戻るなんて・・真っ平御免だ!」

ハーマイオニ―が反論しようとしたが、ロンがぴしゃりと止めた。

彼女はこの時ばかりは押し黙った。





それから数週間後、闇の防衛術のクラスではムーディが一人一人に服従の呪文を実際にかけ、どれだけ呪文に抵抗出来るか

試すと発表した。


「ダンブルドアが、これがどういうものかを、体験的にお前達に教えて欲しいというのだ」

ムーディの魔法の義眼がグルリと回転し、生徒を見据えた。

「では、これから各自、順に服従の呪文をかけるとする。ディーン・トーマス・・」

それからハリー達は呪いのせいでクラスメート達が次々と世にもおかしなことをするのを見た。

ラベンダーはリスの真似をし、ネビルは見事な新体操の技を次々と披露した。ディーンは国歌を歌いながら、片足ケンケン飛びで

教室を三周した。



「次、

ムーディが唸るように呼んだ。

皆がいっせいに注目した。

(絶対に今日こそは・・服従の呪文を打ち破ってやる。今までこの呪文だけが出来てないんだ。)

彼女はそう固く決心し、ムーディの前へ進み出た。

「インペリオ!服従せよ!」ムーディが呪文を唱えた。




体がふわふわと浮く・・。悩みも、忘れられない大切な人のことも霧の彼方に押しやられ・・・彼女の頭は幸福感で一杯になった。

(いい気持ち・・まるで空を飛んでいるよう・・・)

彼女はうっとりと目を閉じた。

(天国、ここは天国なんだわ・・花畑が、川が、天使たちが見える・・・)



「お前の母親は有名なピアニストだったな・・ワシは彼女を知っているぞ。あれほど美しい音色を奏でられるものは

 おらん。なら、お前も出来るはずだ。その美しい声を奏でられることが・・・さあ、歌うのだ。

 そして、舞うのだ。蝶のように軽やかに・・」

意識がもうろうとしている脳のどこかにマッド・アイ・ムーディの声が響いた。


「歌え・・そして蝶のように舞え・・・」


「はい・・・」

彼女はぼんやりと返事をした。




「ダメだ! もだ。完全に呪文にかかっちゃってるよ」

ロンががっくりして額を押さえた。

「しっかりしなさい! !!目を覚ますのよ!」

ハーマイオニ―が呼びかけた。

「あ、見て、 ったら歌う気だよ」

ハリーがぐぐっと身を乗り出した。


はルーマニア国歌を歌い始めた。

と同時に彼女の足は床から離れ、空中に浮いた。

そしてそのまま、教室中をひらひらと蝶のように舞い始めた。

呪文をかけられていない、まだ正気な生徒達はしばらくぼーーーっとして教室中を舞いながら国歌を歌う彼女を目で追った。


「エルフだ・・エルフだよ・・彼女はエルフだよ・・・」

誰かがうっとりと言った。

「なんて美しい歌声なんだ・・・」

「綺麗ねぇ・・・」

危ないことに何人かの男子、女子生徒が彼女の魅力とその歌声の虜となり、狂気に満ちた行動に走ったので、


ムーディは慌てて呪文を解いた。



「痛いっ!」

地面から二、三メートル離れて、ふわふわと飛んでいた は教室の床に落ちた。


「まさか・・これほどのものとはな・・・」

ムーディは教室の隅で未だに叫んだり、暴れたりしている生徒に目をやって、溜息をついた。


「え?え?な、なにが起こったの??」

床にペタンと座った は目をぱちくりさせた。

結局、その日、少しでも服従の呪文に抵抗出来たのは、ハリー只一人だけだった。




防衛術のクラス終了後−――――――――――


「ああ、おっそろしいこと・・・ が服従の呪文にかかった時・・・」

ハーマイオニ―が未だに をうっとりとした顔で見惚れている男子生徒を横目で見やりながら呟いた。

「ロン、いつまでスキップしてるのよ・・」

ようやく呪いから解けた が周囲の熱い視線(まだ呪いが解けていない生徒達からの)を時々感じて、恥ずかしさで顔を赤くしながら言った。

「え?僕スキップなんかしてないよ!」

ロンは元気よく言った。

「ムーディ先生は昼食時までに呪いの効果が消えるって言ったけど・・」

ハリーは一歩おきにスキップをしている相棒を見ながら言った。

「彼は当分無理みたいね・・」

ハーマイオニ―が肩をすくめた。

「それにしても、 の歌声、あんなに綺麗だったなんて・・・」

ハリーがぼんやりと夢見るように言った。

「ああ・・誰か助けて・・恥ずかしくて・・人前で歌うなんて・・・今日一日、廊下を歩けないわ」

がハリーの様子を見て、両手でガバッと顔を覆った。

「はいはい・・今日は皆さん、悲惨な日でしたこと・・」

比較的正常な、ハーマイオニ―がちょっとおかしい三人の様子に溜息をついた。





それから数日後、城の掲示板に三大魔法学校対抗試合のことを記した紙が張り出された。

「10月30日、ボーバートン、ダームストラングの選手団が到着するんだって!授業は三十分早く終了し・・」

ロンが張り紙を読み上げた。

「じゃあ、魔法薬学の授業が三十分短縮!?万歳!!」

とハリーは大喜びした。


「知ってるかな?セドリックの奴?」

「掲示板のこと教えてやろうな」

掲示板を四人の隣りで見ていた、ハッフルパフのアーニ―・マクミランが、ジャスティン・フレッチリ―に話しているのが聞こえた。




「セドリック・ディゴリ―?ハッフルパフのシーカーの人?」

が驚いて言った。

「きっと対抗試合に名乗りを上げるんだよ!」


ハリーが言った。

「あのウスノロがホグワーツの代表選手?」

ロンが馬鹿にしたように言った。

「そんな言い方ないでしょう?あなたはあの人がクィディッチでグリフィンドールを破ったから嫌いなだけでしょ」

ハーマイオニ―が突っ込んだ。

「それにあの人、監督生で優秀な学生なの」

ハーマイオニ―はきっぱりと格が違うんだということを言い切った。

「君はあいつがハンサムだから、好きなだけだろ」

ロンが皮肉って言った。

「お言葉で・す・が、私、誰かがハンサムだというだけで好きになったりいたしませんわ」

ハーマイオニ―がつっけんどんに言った。


「ロックハート!」

ロンが叫んだ。

とハリーは思わず、吹き出した。




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