「ちくしょう!あ〜あいつめ、僕を殴るだけでは気が済まずに後から来てエヴァンズまで強奪するとは。ふてぇ奴だな。」

ジェームズは顔をこわばらせ、ううっと殴られた頬を押さえながらうめいた。

「あなたも見たでしょ。チェン。あいつは飛んだかっこつけだわ!箒から今、降りたばかりに髪をくしゃくしゃにしたり、

 つまんないスニッチで見せびらかそうとしたり、調子に乗って廊下で誰彼みさかいなく呪いをかけたりー

 傲慢ないや〜な優等生の典型ね!あ〜それにスニベリーもスニベリーだわ。あんな奴ほおっとけばよかったわね。

 地面に寝転ばせとけばよかったわ。そうすれば好きなだけ優等生お二人と遊べますからね!」


「セブルスの暴言はほんとにー悪かったよ。彼はー女の子としゃべるの苦手だから、ついつい心根のないこと言ってしまうんだ。

 僕から謝るから水に流してくれないかな?」


「ええ、いいわよ。ただし、一つだけお願いしていいかしら?今度のホグズミード行き、エイミーとじゃなく私と

 行ってくれないかしら?ね、たった一日だけでいいから。」


少し離れたところからリリー・エヴァンズの快活な笑い声と、デニスの困ったような声がシリウス、ジェームズ達のところまで

はっきりと聞こえてきた。




「なるほどー魅惑的なエヴァンズ嬢は僕がちょっと自惚れていると思っているな。」

ジェームズが顎に手を当て、フッフッフと不気味な笑い声を上げて言った。


「ジェミー(ジェームズ)何やってるの?ちょっと運ぶの手伝ってくれない?」

エイミーはふうふう喘ぎながらヤンテ、リーマスと協力して(ヤンテは物凄くいや〜な顔で運ぶのを渋ったが)魔法で緊急の担架を作り上げ、

気絶したシリウスを寝かせ、ざわついている群集を掻き分け、医務室へと運んでいくところだった。


「悪い、先に行っといてくれないかい。僕はちょっと片付けなきゃいけない用事があるからね。」

ジェームズはくるりと後ろを振り返り、実に爽やかな笑顔でエイミーに手を振った。

「もう〜〜早く来てちょうだいね〜」

エイミーはぶつくさ言いながら、今にも担架をわざと落としそうなヤンテを叱り付けているところだった。


「よ〜〜し」

ジェームズは徹底的に頭にきたという顔をした。

素早い閃光がスネイプに命中し、彼は悲鳴を上げながらまたしても逆さ吊りになった。

「誰か、僕がスニベリーの下着を脱がせたいのを見たい奴はいるかい?」

「やめろ、ポッター、降ろせ!降ろせ!」

スネイプはひきつった甲高い声で、野次馬根性むき出しで自分を嘲って見ている群集にむなしく叫んだ。



「大声あげたって無駄さ。中国人野郎もあのお調子者の相棒のヤンテ、それから君が最近、やたらご執心の愛しのロブサート嬢も皆、

 今頃は医務室だ。」

「さあ、どうする??」


ジェームズはくるくると杖を弄びながら、どこか影のある笑顔でにたりとほくそえんだ。


ジェームズがスネイプの下着を脱がせたかどうか、ハリー、 にはわからずじまいだった。





力強い大きな手がハリー、 の二の腕をぎゅっと掴んで、床に激しく投げ飛ばした。


「見たのか?」


「見たのだな?」


二人はいきなり夢想からハッとさめ、冷たく暗い、現実世界へと大人サイズのスネイプによって強制的に引き戻された。


「見たのだな?見たのだな?」


スネイプは床に転がっているハリーを無視して、恐怖と痛みで床から起き上がった彼女を威圧するように

睨みつけ、激しくせまった。



「あ、あの・・ごめんなさい・・」


スネイプは怯えきったダークブラウンの瞳の奥を憎しみをこめて睨みつけながら、ドアの隅へと

這いずりながら移動する彼女をじわじわと追い詰めた。

「出て行け!!」

「キャアッ!!」

ガンガラガッシャ〜ン!!


スネイプは怒髪天をつく怒りのあまり、彼女の側にあった薬品付けの瓶を素手で払い、床に落としてこなごなにした。

「出て行け!!」

ガシャン、ガシャン!!

スネイプは怒れる恐ろしい野獣のように、次々と手直にあった薬瓶を素手で叩き落し、雄牛のような唸り声をあげた。


「出て行け〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

は小さく悲鳴を上げ、雨あられと降り注ぐガラス瓶を避けながら出口のドアに向かって猛ダッシュした。

「出て行け〜〜〜!!見たことを喋ると命がないと思え!!」


「二度と貴様らの面など見たくない!!失せろ!!永久に失せろ!!」


ハリーは慌てて床から起き上がり、机に放置してあった彼女のマントをひっつかむと

死んだゴキブリの瓶が頭上で破裂するのを避けながら、開けっ放しの扉の向こうへと飛び込んだ。




待ってくれ!!」


ハリーは両手で顔をうずめ、恐ろしさと後悔で泣きながら階段を飛んで逃げ惑う彼女を全速力で追いかけた。


やっと立ち止まったと思えば、 は「おお、おお!!」

と叫んで、むせび泣くばかりだった。





ハリーの差し出した肩に彼女は黙ってもたれかけ、暗い廊下の隅で、座り込んで彼女は激しく泣きじゃくった。


彼は黙って、先ほどの出来事を反芻し、後悔と、悲しみと、憐憫と哀れみの気持ちに襲われていた。

彼には嫌というほど経験済みだった。


ーーー見物人のど真ん中で辱められる気持ちがーーー


そして、先ほどみたことから判断すると、ハリーの父親がスネイプからいつも聞かされていた通り、

どこまでも傲慢で無慈悲な輩だったからだ。




イースター休暇到来後、五年生は日夜勉強付けで、図書室との間を日に何度もいやいやながら往復していた。


言うまでもなくO・W・L試験が近づいているのだ。

ハリー、 はむっつりと不機嫌になり、膨大な量の書籍と格闘しながら

時々、勉強の合間に最近のスネイプとのトラブルを思い出してよけいに気がめいった。



二人は、その忌まわしい記憶が自分の体を腐らせ、じわじわと蝕んでいくように感じた。


ハグリッドもシリウスも、ハリーの父親がどんなに素晴らしい人だったかと

ハリーに何度も言ったではないか。


(ああ、だけどシリウスはとんでもない嫌な奴だったんだわ。失望したわ。

 あんな人にお父さんのこと、とやかく言われる資格なんてないわ!!そりゃあれではお母さんの心を

 まともにつかめないわよね。幾らお顔がハンサムでも。)



(それに先生も何よ!あれでは立派な見殺しをしたもんじゃない!!結局、先生も彼らと

 同じなんだわ。お父さんにいくら殴られて当然なんだわ!!)




「意気地なし、この意気地なし!!意気地なし〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


ばたばたばたんと大きな音を立てて分厚い本が談話室の隅へと物凄い勢いで飛んだ。


大丈夫?」


途端にロン、ハーマイオニー、ハリーがびっくり仰天で突然、狂ったように泣き笑いしながら大声で叫び始めた

彼女に駆け寄り、「水だ」「クッションだ」とか叫びながら、談話室の隅のソファに寝かせた。



「いったいぜんたいどうしたの?叫びだしたりして」

ハーマイオニーが理解不能な声で、「私を病人みたいに扱わないでちょうだい!!」と拳を振り回している彼女を

心配そうに見つめながら囁いた。

「試験のプレッシャーなんだ。アボット・ハンナと一緒の。僕もこの間、それに襲われた。

 そこで夜中に中庭に抜け出して「クワッド・スクリーム」を皆と一緒にやったんだ。」

ハリーが肩をすくめて説明した。

「ああ、ストレスがたまった受験生が真夜中に中庭に集まって皆で「ああああああ!!」とか大声で

 叫んでストレス解消するあれね。」

ハーマイオニーが納得したような顔で頷いた。

「その期間だけ、夜間の外出がOKになるんだ。ただし、解放区は中庭のみ。」

ハリーが続けて言った。


「そうそれ。ネビルのが一番大きかったぜ。おとといの晩はスリザリンの誰かが中庭に出て叫んでた。

 そうかー のはそれの室内バージョンというわけだな。」

ロンがいまだ気が動転している彼女に水を差し出しながら、うんうんと一人、頷いていた。


だが、ハリーだけは彼女のストレスの真の理由が分かっていた。

彼女は試験のストレスで気が変になったんじゃない。
 
たぶん、あの「銀の盆」で見た忌まわしい記憶のことを思い出したんだ。


ハリーも声に出しこそはしないが、あの記憶で胸が焼け焦げるような激しい痛みを実感していた。

そもそも父さんは、シリウスの怒りを静めるためにあんなことを始めたのではなかったのか??

のさっきの叫びは、ルーピンとシリウスのことだろう。

彼女は親切な行為にはすぐ感動し、悲しみには同情し、友情には厚かったが、その反面、裏切り者や背信者に大しては

じつに執念深く怒り狂うのをハリーはこれまでの経験から百も承知していた。


ルーピン、シリウスがたとえどんなに謝ったところでも、彼女はこれら背信者による過去の忌まわしい行為を

許さないだろう。


ハリーはデニス、リリーが割って入ったことを何度も思い出していた。

母さんや、彼女の父さんはきちんとした人だった。

リリーははっきりとジェームズを嫌悪していた。


もしかしたら、母さんはデニスに想いを寄せていたのかもしれない。

だって、エイミーから奪い取るように彼の腕を取ってさらってしまったもの。


ハリーはとかく理解しがたかった。

それが何故、憎い父さんなんかと結婚したんだ!?


彼が適わぬ恋だと巧みに諭して、リリーからデニスを引き離したんだろうか?


五年間、父親を思う気持ちがハリーにとってはどんなに元気づけられたか?


だがーー今は、 に自分の父親の実像を見られてしまった恥の感情と、スネイプに対する同情と憐憫と哀れみの

奇妙な感情がふつふつと胸からわきあがってくるだけだった。




そして試験の重大さと必然性を強調するかのように、イースター終了前に魔法界の職業紹介状が

閣寮に配られた。


それと共に、掲示板には「進路指導」と書かれた将来の職業、成績について寮監と相談する個人面談のお知らせがでかでかと


張り出された。



ハリーは月曜日の二時半に、 はそれより前の一時に面接と指定されていた。



「癒術はパスだ。」ロンがはっきりと宣言した。


休暇最後の週末の大部分を 達は、寮に無造作に積まれてある職業紹介状を読んで過ごした。


「聖マンゴ病院が募集してるんだけど、おっどろき〜〜NEWT試験で「魔法薬学」「薬草」「変身」

 「呪文」「防衛術」で「E」の方を採用いたします。」


ハーマイオニーは黙って、黙々と「マグル関係の仕事」と書かれた黄色のパンフレットに眼を通しているところだった。

「魔法銀行は君、どう?」

「ダメよ。数占いが必要だもの。私、とってないのよ。」

こちらの隅では、ハリー、 が血眼でパンフレットの山を掻き分けて相談しているところだった。

「あった!ディアヌ・クラウン・レコード。新人歌手募集要項。夏期休暇に行われる第一回新人歌手選抜を

 潜り抜けた○名を・・・」

は声を上げて、パンフレットをつまみ上げ、伯母の会社からの職業紹介状に眼を通し始めた。

「君、歌手になるの??」

ハリーが目をふくろうのように見開いて、自分のことそっちぬけで興味深々に聞いてきた。

「だってー他に特にやりたいことないしーこの間、伯母さんから歌手にならないかと誘われたの。

 ただし、その条件はこのオーディションに勝ち残ることだけど。オーディションに合格したら正式に

 ディアヌ・クラウン専属の歌手として活動してもらうって。」
 

「へぇ〜そうなんだ。」

彼は寝耳に水の話に驚愕し、熱心に読んでいた冊子にも力が入らなくなってしまったようだった。


「あ、このこと誰にもしゃべらないでね。秘密にしたいから。だって、オーディション、落ちたら

 パーで言い訳できないもの。」


はそう固く釘をさすと、彼にウィンクし、再び、レコード社のパンフレットに没頭し始めた。



そして迎えた月曜日の一時。


は真剣な顔で、眉根を寄せたマグゴナガルと向き合い、あれやこれやと議論を戦わせていた。

「本当にあなたは歌手になりたのですか?」

「はい、伯母の提案をずっと前から検討してたんです。腹はもうすでに固まっています。」

「遊び心や欲心ではこの職業は勤まりません。何しろ、魔法力よりも並大抵ならぬ体力が要求されますからね。

 それと強い精神力、コミニケーション能力、ファッションセンスを常に磨いておかなければなりません。

 それにこのショー・ビジネスの業界は変化や競争が激しいですからね。あなたは魔法業界でもトップの

 ディアヌ・クラウン・レコード社に入社するわけですから、大変な狭き門です。

 事実、ここ数年は数名しかディアヌレコード社に採用されてないと聞きます。」


マグゴナガルはそこでパタンと「魔法使いの就職ガイド」と書かれた本を閉じた。

「それでもいいのですか?」


「エヘン、エヘン!」

部屋中に大きな咳払いが響き渡った。

「何でしょう?先ほどからそのような大きな堰などして!」

マグゴナガルは話を急に裂かれた原因の、教室の後ろに座って悠々自適にクリップボードに何か書き付けている

アンブリッジに向かって叫んだ。


「いえね、ミネルバ、私、少し申し上げたいことがございまして。」

アンブリッジはくるっと振り返った が大嫌いな礼の馬鹿笑いを浮かべて、軽蔑したように言った。

「彼女は性格的に果たして歌手に向いているのかと思いまして。ディアヌ・クラウンのような

 大手レコード社に入るならまず一番に年長者に対する礼儀と、忍耐心が必要でしょう?

 私の授業で見る限り、彼女はそのどちらもありませんわ。それにレコード社のオーディションなど

 大変な難関ですわ。ミネルバ、あなたの言うとおりホグワーツから近年、一人も採用されてないんですよ!

 そんな難関をはたして社会の最低限のルールさえ、守れない彼女に・・」


「そうでしょうか?私の授業、そして他の先生方の授業では彼女は模範的な優秀な礼儀正しい生徒です。

 あなたの授業で彼女が礼儀にはずれるようなことをしたのは、理由があったからでしょう?

 ミスター・トーマスやミス・ブラウン、ミスター・ポッターが私に話してくれましたわ。あなたが他の歴代の優秀な先生方を

 侮辱なさったことを。それは新米の教師のあなたに許されることではありませんね。

 他の生徒の誤解も招きますし。不愉快です。そんなに信用できない顔をなさってるのなら他の先生方に

 彼女の授業態度についてお聞きしましょうか?」


マグゴナガルはアンブリッジの度を外れた発言に頭に来て、早口で機関銃のごとくまくしたてた。






「しかし、彼女には他に適任がございますでしょう?成績、闇の魔術の防衛術以外は、案外よく出来るようだし。

 私としてはー」


アンブリッジはそこでマグゴナガルの凝視に負けずに「エヘン」と大きな堰をし、ピンクの冊子の本を開いて

彼女に適切な職が載っているページを広げて見せようとした。



「ご親切には感謝しますわ。アンブリッジ先生。」

するとさっきから自分の進路に口を挟んでばっかりの態度に業を煮やした がくるりと後ろを振り返って

出来るだけの軽蔑と嫌悪をこめてぴしゃりと言った。

「でも私、もう他の職業以外、考えられないんです。どんなことをしても絶対に歌手になって見せますよ。

 そのときはアンブリッジ先生、喜んで拍手してくださいますわよね?」


マグゴナガルは冊子の影に顔を隠して「よく言った!」といいたげに笑いをかみ殺していた。

アンブリッジはまるで苦いコーヒーをまるごと喉に流し込んだような顔をし、

何も言えずにただっぴろい顔で彼女を憎憎しげににらみつけた。



「それでは 。魔法力は先ほどさほど必要ないといいましたが、だからといってO・W・L、および日々の

 勉強に気を抜かないように。進路相談は終わりです。」


彼女は大手を振って教室からスキップしながら出て行った。

 
 
 



 

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