ミナは黙ってもう一発、うずくまっている彼めがけて手首を回転させ、緑の炎を放った。

ヴォルデモートは今度は、うずくまったまま床を転がり兆速で襲いかかってきた炎をよけた。


「さすがだな・・ワラキア公の血を引き継ぐだけある・・強力な闇の魔術・・そして、俺様を床から動かせるのはお前とダンブルドアだけだ。」

ヴォルデモートは床から起き上がり、くっくっくっと笑った。

「もうお前に家族を失わせはしない!おとなしく立ち去るのね。さもなくば私は容赦しないわ。」

ミナは黒いマントを翻し、今度は両手に緑と黒の炎をまとい、決然とした足取りで彼のほうへと

歩いていく。

「俺様に近づくとはお前ぐらいなもんだ。ミナ、お前には消えてもらおう。お前とダンブルドアが

 いられては俺様の仕事がはかどらん!!」


ボォォォォッ!ザシュッ!!


ミナの放った黒と緑の炎が竜巻のように、周囲の銅像を吹き飛ばし、ヴォルデモートが前にかざした銀の盾にぶつかり、

四方八方へと分散した。



「アバダ ケダブラ!!」彼は素早く杖を振り、叫んだ。



「ブラド夫人、危ない!!」


ハリーの悲鳴とミナがくるりと一階転し、黒マントの渦の中に消えたのは同時だった。






ここで意識を失っていた がハッと目覚め、床から起き上がった。


「伯母さん!!」

彼女はヴォルデモートと伯母が戦っている光景に悲鳴を上げ、一歩駆け出そうとした。

「行くな!」

ハリーが慌ててローブをつかんでひきとめた。



「お前が私に適うはずがない。混血め。ここがお前の墓場だ!!」


ブラド夫人はヴォルデモートからずっと離れたところに姿現しをし、恐ろしい、低い声で叫んだ。



途端に彼女の周囲に緑、黒、黄色の不気味な炎が躍り上がり、彼女の全身をあっというまに包んだ。


「スリザリンの王子よ。私にはむかうことは許さん!!」


彼女の甲高い、切り裂くような笑いが部屋中にこだました。



次の瞬間、完全に躍り上がる火竜の中に彼女の姿は完全に消えた。




天井ががらがらと崩れ、亀裂から大量の雷が降り注いだ。




ハリー、 は彼女のパワーの偉大さと恐ろしさに圧倒されて、その場に根が生えたように立ち尽くし、

この一大スペクタクルを観察していた。



二人がまばたきをした時、黒と緑の不気味な炎の渦が消え、かわりにそこには全長5メートルはあるだろう、

巨大なドラゴンが聳え立っていた。


「王子、私に勝てるかな?」


黒い比翼に鋭い鍵爪のドラゴンは、地上を震わすような唸り声を上げた。

「あれ・・あれがミナ伯母さん・・」

は彼女の変わり果てた姿に呆然として呟いた。




ドラゴンは両腕を振り上げ、ヴォルデモート目がけて黒炎を吐いた。


彼は間一髪、輝くシルバーの盾を取り出し、攻撃を塞いだ。

「次はどうかな?王子。」

ドラゴンはにやりと牙をむき出し、大きく息を吸い込むと先ほどの五倍の威力の黒炎を

吐き出した。


ズゴゴゴゴ!!!と火炎が盾を押しつぶすような衝撃音が二人の耳をつんざいた。



ヴォルデモートは火炎の凄い勢いに盾で防備したまま、数メートル後ろに吹っ飛ばされた。


「おのれ、ミナ・ブラド。吸血鬼ごときが俺様に逆らうでない!!」


瓦礫の下から血まみれで起き上がったヴォルデモートは、ぎりぎりと歯軋りし、憎しみを

こめた目でドラゴンを睨みつけた。




その言葉が終わるや否か、ドラゴンは兆速で地上を移動し、大地を震わすような音で

ヴォルデモートの前に降り立った。


ドラゴンは大きく口を開け、ヴォルデモートを噛み切ろうとした。

キィン、キィンとドラゴンの牙が上下に噛み合わせられる音が響いた。


ヴォルデモートはすかさず、シルバーの蛇がからまった剣を取り出し、ドラゴンめがけて振り回した。


ドラゴンの首が上下に激しく左右し、ヴォルデモートを剣ごとかみきろうと凄い勢いで追ってくる。

彼はじりじりと後ろに追い詰められ、シルバーの長剣を必死で振り回して抵抗した。




手に汗を握る攻防戦がじりじりと続いた。


「ダンブルドアはまだ来ないのか!?」

ハリーがいらいらして辺りを見回し、叫んだ。

「来ないわ!!それにルーピン先生はどこなの?なぜ、こないの!?」


も不安と伯母がこのままではやられるかもしれない恐怖に襲われて叫んだ。




グェェェェェエエエ!!!!


二人はハッと嫌な予感がして後ろを振り返った。




獣のこの世のものとは思えない雄叫びと、シルバーの輝く剣がしっかりと狙いを定めてドラゴンの

大きな腹を刺し貫くのを二人は目撃した。



「伯母さん!!!!」


「行くなっ!!ダメだ!!」


ハリーは絹を切り裂くような悲鳴をあげて、あちらへ駆け寄ろうとする を後ろから羽交い絞めにして必死で

引き止めた。



「嫌よぉおおおおおおおおお!!ミナ伯母さん!!!」


は涙声で喚いた。雲をつかむかのように両腕を力のかぎり振り回した。




ヴォルデモートは、それからぬかりなく地面に白目をむいて激突したドラゴンの上体に

飛び乗り、シルバーの剣を高く掲げ、ざっくりとドラゴンの首の上に振り下ろした。



「やめてぇえええええええええええ!!!」


その世にも恐ろしい光景に、 はとうとう半狂乱に陥り、甲高い悲鳴を上げて叫んだ。




「あぁああああああああああああ!!!」



彼女の大絶叫が館内に響き渡った。







「ここか!!」


バタン!!


蝶番が吹っ飛ぶような勢いでドアが開き、そこには恐ろしい形相のリーマス・ルーピンと

ぜいぜい息を切らし、今にも倒れそうなダンブルドアが走りこんできた。



「ヴォルデモート!」


「何てことじゃ・・」


二人は黒炎の燃えカスの上に、人間の姿に戻ったミナ・ブラドの哀れな残骸を見止めた。



「おおぉ・・遅かったか・・」

「ミナ・・ミナ!!」


ルーピン、校長の目から一気に大量の涙が流れ落ちた。

「リーマス、 、ハリーを頼むぞ。」

校長は涙にかきくれた顔で、ルーピンを見つめた。

「はい・・はい・・先生。」


ルーピンはこの世の終わりのような血の気の失せた顔で、再び気絶した彼女の元へ

向かった。


「先生・・ブラドさんが・・」

ハリーはあまりのショックな出来事に我慢できなくなり、床にくずおれた。

「あいつの剣に刺し貫かれて・・」

彼は激しくすすり上げ、嗚咽をもらした。

「すまない・・私が・・私が、もっと早く到着していれば!!」


ルーピンは床に空しく転がった の大理石のように冷たい体を抱きしめて、涙声で叫んだ。


「すまない・・ ・・許してくれ!!」


彼はハリーの見ている目の前で、彼女の髪、唇に激しく口付けし、救ってやることの出来なかったことに

さいなまれて、彼女を力強く息も止るほどに抱きしめた。





全ては皮肉な運命がたぐりよせる罠だった。



ダンブルドアの遅すぎる到着で今回の事件は幕を閉じた。

ヴォルデモートは彼の偉大な力に決闘途中で、貫通銃創の瀕死のべラトリックスを引っつかんで

逃げを決めた。





その後、知らせを聞いてかけつけてきたファッジ大臣は事態の全てと、自らの過ちを全面的に認め、


ダンブルドアに数々の非礼を謝罪した。




は今回の忌まわしい事件が引き金となり、頭部の過去に受けた古傷が悪化し、昏睡状態に陥ってすぐさま、

聖マンゴに搬送された。


フェリシティー・チェン、ニンファドーラ・トンクスは呪文が心臓より少しずれて突っ切っていたので

大事には至らず、彼女と同じく聖マンゴの集中治療室に送られた。




ミナ・ブラド、ジェニファー・アダムズ・ブラックの無残な遺体は近親の立会人のいない中、

慌しく、ファッジ大臣の指示によって聖マンゴの遺体安置室へと運ばれた。





今回、比較的無傷で澄んだのはハリー・ポッターだけのようだった。








「あんたは何にも分かっちゃいない!!」


魔法省から移動キーで、校長室に連れてこられたハリーは声を荒げ、座っていた椅子を蹴飛ばしていた。


「わしが何をわからないというのじゃ?」


ダンブルドアは静かに聞いた。


「僕や彼女の気持ちなんか、あんたにはわかって欲しくない!!」

ハリーは怒りに任せて今度はガラス細工の鳥を掴み、暖炉に向かって投げつけた。

「ハリー、そのように君が苦しむのは、きみがまだ人間という証じゃ。

 この苦痛こそ、人間であるという一部なのじゃ。」


「人間なんてもう止めたい!!」

「もううんざりだ!!あんたのお説教も、あんたの顔も見たくない!!そういう慈善ぶった顔で

 僕を見るのはやめてくれ!!頭がおかしくなりそうだ!!そうなったっていい!!

 やめたい!!何もかも終わりにしたいんだ!!どうでもいいんだ!!」


ハリーは狂ったように叫び、その辺の銀器や陶器を引っつかんでボンボン暖炉に投げ込んだ。


「出してくれ!!今すぐここから出してくれ!!さもないとーー僕はーー」

ハリーは杖をぴたりとダンブルドアのこめかみに突きつけ喚いた。


「だめじゃ。わしの話がすむまではな。」

彼は静かに腕を組み合わせて言った。

「シリウス兄妹、ブラド女伯爵が死んだのはわしのせいじゃ。」


しばらくしてダンブルドアはきっぱりと言い切った。


「全てわしのせいじゃ。今回の事件のことについてはのう。」


ダンブルドアは深く頭を垂れた。


「ハリー、座ったほうがいい。長くなる話じゃよ。」


ダンブルドアは疲れきった顔で椅子を勧めた。




ハリーは全ての事を修行僧のように悟り、廊下をとぼとぼと歩いていた。

クリーチャーが仕組んだ二重の罠、彼がシリウス兄妹殺しの原因を作ったのだ。

なんと驚くべきことに、彼はシリウスとルシウス・マルフォイの細君のニ君に仕えていた!

彼が、シリウスに関する情報(彼が、 に好意を抱いていること、また、ハリーを義理の息子のように
 
可愛がっていることなど)を彼女に暴露したのだった。



そして、予言の球に隠された真実と自分の関係。

ハリーは胸が張り裂けそうだった。




今、気がつけば の伯母であるミナ・ブラド夫人を(自分の母と年齢が近いせいであろう)

母のように慕っていた。

それにシリウスの妹はーーあのグレーの嘲笑的に光る瞳が好きだった。

実の姉のような存在だった。

彼女がかぼそい手に拳銃を握り締め、憤怒に満ち溢れた顔で命がけで自分と を助けに来てくれたとき、

はっきりと感じた。


あんな細身の体のどこに勇気が隠されているかー僕には分からなかったな。


ハリーは短く口笛を吹き、力なく微笑んだ。




「ポッター、お前は死んだ。」


悲しくもはかない空想に身をめぐらせていたとき、いけすかない声がナイフのようにハリーの意識を切り裂いた。廊下の暗がりからドラコが現れた。


「黙れーお前にとやかく言われる筋合いはない。」

ハリーはぎゅっと黒い眉根を吊り上げて、静かに告げた。

「お前らのせいだぞ。父上はお前らのところにいたマグルの女に、瀕死の重傷を負わされたんだ。

 つけを払ってやる・・お前らを地獄に落としてやるぞ。あの忌々しい吸血鬼め。

 今度こそ見納めだ。」


マルフォイの顔が怒りのあまりまだらになった。握り締めた拳がぶるぶると震えている。


「黙れーお前こそ彼女をこんな目に合わせてーただで済むと思うなよ。必ず地獄へ送ってやる。

 煉獄の炎でじわじわと体を焼かれるのがいいだろうな。どうだい?」

ハリーは怒りが頂点に達し、マルフォイの首を掴んで、近くの壁に乱暴に叩きつけた。


「いいか。無事にここにいれると思うな。彼女に何かしてみろ。いつでもお前を殺ってやるぞ。」

ハリーは短く低い声でつぶやくと、手を離し、ドラコを床に突き放した。


そしてすたすたと何事もなかったかのように廊下を歩いていった。














「もしもし・・牧師館ですか?」

「はい、そうですが・・」

「イ・ヤンテ牧師はいらっしゃる?彼の姉です。」

「はい、代わりました。どうしたんだ。姉さん。」

「シリウス・ブラックが死んだわ。」

「・・・・」

「彼はー奴の罠にはまって殺されたわ。おととい、魔法省である事件が勃発してね。」

「私にはもう関係ない。数年前に断ち切ったんだ。忌まわしい魔法界とは関わりたくない!私の

 妻や家族を巻き込まないでくれ!!」


「わかってるわ。でも、連絡したほうがいいんじゃないかって。」

「すまない・・声を荒げてしまって・・だが、本当なんだな・・信じられん・・ああ・・なんて事だ・・神よ、彼の魂が安らかにならんことを。」

「セブルス・スネイプはどうした?」

「え?」

「彼は今、どこにいる?」

「どこって・・ホグワーツだけど。」

「わかった。また連絡する。」

ガチャ・・。

「もしもし!もしもし!」



電話は途中で切られた。
















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