数分後、急遽シリウスが白色磁器のストーブで沸かしてくれた紅茶を は頂いていた。

「あ〜美味しい〜体が暖まるわ」

彼女は上品にカップに口付けし、その香りと味を楽しんでいた。

「眠れないのか?もしかして何か心配事でもあるのか?」

シリウスがちょっと心配そうな顔で聞いてきた。彼はブランデー入りのコーヒーを飲んでいた。

「ううん、そんなんじゃないの。」

彼女はそこでかちゃりと音を立てて、カップを受け皿に置いた。

「部屋が寒すぎて眠れないの・・・他の皆はわりと平気で寝てるけど」

は部屋着の端をかきあわせると、ブルルッと寒そうに頭を振った。

「確かにな。うわ〜こんなに手が冷えてるぞ。すまないな〜家の暖房システムが効かなくて」

シリウスはそう言うと、ガウンの袖から突き出ている彼女の手をうやうやしく取って確かめた。

「あ・・ね、ねえ、それよりシリウスあの〜しばらくここにいていい?部屋に帰ってもどうせ眠れないと思うの」

は彼が自分の手に触れたことに恥ずかしくなり、その動揺を悟られまいとするあまり少し声が上ずった。

「あ、ああ・・いいよ。す、好きなだけいたらいい。でも眠らなくて明日大丈夫か?」

彼女からの思いがけない頼みに彼は驚き、言葉が急にうまくしゃべれなくなってしまったようだった。

「ありがとう・・」

はその返事に安堵し、部屋着のしわを伸ばしてシリウスのほうへちょっとにじりよった。

カウチのスプリングがギシギシと音を立てて緩んだ。

その後、双方ともに適当な話題が見つからず、気まずい沈黙が流れた。


「シリウス、大丈夫?まさか・・昼間のこと気にしてるの?」


そんな彼の様子に気づいた彼女が心配そうに彼の顔をななめ下から探るように見上げてきた。


「え!あ、あ、ひ昼間のこと?さあ・・今日の昼間、な〜にがあったかなぁ??お、思い出せないな〜忘れてしまったよ!」

シリウスは突然の彼女の質問に、面くらって、わざとらしく咳払いをしたり、手を振ったりして困ったように天井を眺めた。

「嘘つかないで・・やっぱり気にしてるんでしょう?」

はぐいと顎を上げて、真っ直ぐにシリウスの澄んだグレーの瞳を見つめた。

「スネイプ先生は挑発しようとあなたを炊きつけただけだわ!あの先生はハリーにも同じようなことをやってるもの。

 そうやって、相手が怒るのを楽しんでるのよ。ねえ、誰もあなたを役立たずなんて思ってないわ!

 あんな陰険な人のいうことなんて気にしないで・・私の伯母やモリーさん一家はあなたのこととても勇敢で・・」


「やめてくれ!!」

シリウスの癇癪球が炸裂した。

「頼むからそんなことを言って俺を慰めるのはよしてくれ!!そうさ、俺は役立たずさ!あの陰険野郎の言うとおりさ!

 ハッ!現に事実じゃないか!私はただのお飾りの騎士団員さ。俺がいったい何の仕事をしてる?

 何の?言ってみてくれ!!情報収集か?巨人族の説得か?ハン、それともデス・イーターの皆殺し任務か?

 なあ、言ってくれよ、 嬢様〜俺はここに閉じこもって母親の霊と話をしてるのが関の山の男じゃないってことをな〜」


ブランデー入りコーヒーでほろ酔い気分になったシリウスは、皮肉っぽく笑い、両手を広げて致命傷を負った動物のように

うなりながら部屋中を歩き回った。


先ほどから彼女のあとをつけ、ドアの数インチの隙間から一部始終を見聞きしていたハリーは始めてみる彼の自暴自棄ぶりに

驚愕しその場から一歩も動けなくなった。


「じゃあ私はとんだお邪魔だったってわけですね」


はふうっと大きなため息をつくと、ソファから立ち上がり、腰に手を当ててうんざりとシリウスを見つめた。


彼女はむっつりとしていた。


「ブランデーに溺れている人とまともな話をしようなんて気はおきません!どうぞ〜ご勝手にーシリウス・ブラック。

 なすがままに〜溺れ死ぬなり、なんなりなさって下さい〜どう〜ぞご勝手に!もうこのどんよりとした空気にはうんざり

 だわ!いいかげんに目を覚ましたらどうなんです?うじうじ、うじうじ、やめてよ!騎士団の鼻つまみ者だの

 ぐだぐだーーごたくを並べないでよ!これ以上私たちを心配させないで!ハリーがあなたの「むっつり発作」で

 どれだけ心配してると思うの?もう沢山、もう結構だわ!それでは公爵様、お暇させていただきます。

 どうぞごゆっくり!」


彼女は思わず自制心を忘れ、癇癪を起こした。そしてこのところたまっていた鬱憤を晴らしまくった。

彼女の言葉の一つ、一つが鋭い鞭のようにシリウスに向かって振り下ろされた。









「待ってくれ・・・」

数秒後、彼はふらふらと彼女に近づき、後ろから真っ白な部屋着の裾をつかんで彼女を引き止めた。

「行かないでくれ・・私がーー私が悪かったよ。自分の悲しみの中に閉じこもって・・・君の気持ちなど考えたことなかった。

 もううんざりしているだなんて・・言わないでくれ・・なあ、 。悪かった。もう愚痴など言わないから・・

 なあ、機嫌を直してここにいてくれ・・明日には君はいなくなってしまう。だからそれまでここにいてくれ。

 お願いだ。今日残りわずかな時間だけでも ・・」


シリウスは哀れっぽく鼻を鳴らし、後ろから大きな手を伸ばし、彼女を優しく抱きしめた。



・・」


数秒間二人は根が生えたようにその場に立ち尽くした。


「わかったわ・・公爵様の頼みとあらば・・聞いて差し上げましょう」


!」彼の顔がぱあっと明るくなった。


彼女はくるりと抱きしめられたまま、振り返り、彼の顔を見ていたづらっぽく微笑んだ。



「さあ、そうと決まれば今日も残りあとわずか!ただしゃべってるだけじゃ物足りないな〜」

シリウスはそう言うとソファにどっかと腰を下ろし、部屋の隅々を見渡した。

「わあ、カッコイイオートバイじゃない!これーあなたの?」

その時、部屋の隅にただこともなげに、立てかけられただけの黒いイギリス製のよく磨きこまれた単車を発見して

は歓喜の声をあげた。

「いやーそいつはレギュラスの持ち物さ。母上が形見にとっておいたんだ。オートバイ、待てよ・・」

シリウスは手を顎に当てて考え込んだ。

「カッコイイ・・これで一度空を飛べたらなぁ・・・。」

は愛しそうにそのオートバイを撫でていた。



「アクシオーオートバイよ来い!」

途端にピンと彼の頭の中で何かがはじけた。次の瞬間、彼は杖を振り上げ、オートバイを自分の傍に呼び寄せていた。

「どうだい?よければ一緒に乗って飛んでみないか?」

シリウスは誘うように彼女の顔を、深々と覗き込みいたずらっぽくグレーの瞳を輝かせた。

「正気なの?あなたはまだ逃亡中の身よ。」

はびっくりして眉を寄せ、彼を上目づかいに見上げた。

「むろん正気さ。牢獄を抜け出して外の世界を見るんだ。ねちねちした看守の野郎を欺いて!」

そのねちねちした看守が誰のことかピンと来た は、おかしくて笑ってしまった。

「ほんとに行くの?」

それでも彼女はこんなこと誰かに見つかったらと不安を隠せないでいた。

「行くよ。さあ、行こう」

彼は目を輝かせ、オートバイにまたがって彼女に手を差し出した。


「はああ・・いいわ。乗せて!」

彼女は数秒ためらった後、彼にうやうやしく片手をあずけた。

「OK!行こう。」

「わあ〜、楽しみ!」


そこでブルルルとエンジンがかかり、彼女はひらりとオートバイにまたがった。

虹色の煙を撒き散らし、オートバイは開け放たれた三階の窓から一気に大空にむかって急上昇した。

「ああっ!」

の腕が危うくずり落ちそうになった。

彼女は慌ててしっかりとシリウスにしがみついた。



「しっかりつかまれよ。」

彼はヘルメットをかぶり、にやりと笑って呼びかけた。


!ちょっと二人とも!」

突然の予想せぬ事態にハリーは部屋に乱入し、慌てて開け放たれた窓のところまで走った。

「ああ〜遅かったか・・」

彼はがっくりとうなだれた。



オートバイはスウーーーッと滑るように飛び、シリウスはエンジン音を小さくし、閑静な市街の上を横切った。


「こんなの初めて!」


はシリウスの腰にしっかりと巻きつきながら、歓喜の吐息をもらした。

「綺麗・・市街が星くずみたい・・」

それからオートバイは市街の上をくるくると旋回しながら、あちらこちらをめぐり巡った。

はうっとりと夢見る表情でシリウスの肩に顔をのせた。


「さあ、雲を突き抜けるぞ!!」

彼はハンドルをしっかり握り、ギュッとアクセルを思い切り踏んだ。



オートバイは今や大都会ロンドンの上空に向かって一気に上昇した。

「素敵・・こんな世界が現実にあるのね・・」


二人はここちよい風を肌に受けながら、むくむくと膨らんでいる入道雲の中を真っ直ぐに突き抜けた。


シリウスはオートバイを上昇させたり、下降させたりしながらふわり、ふわりとそびえたつ真っ白な入道雲の中を突き抜けたり、

出たりを繰り返した。


夜空には散々と星がちりばめられ、入道雲の中は微風で は気持ちよくて目を閉じた。


「信じられない・・」

「でもこれが現実だ」

の呟きにシリウスは燃えるような黒髪をなびかせ、答えた。

雲は羊毛のようにふわふわして、彼らが通り抜けると綿菓子のようにちりじりになって分散した。



「しっかり目を開いて!今から急降下するぞ!!」

シリウスはハンドルを下に向け、一気にアクセルを踏んだ。



「行くぞ〜!! 、目を開いてるか?テムズ川だ!」

「じゃ、あれはバッキンガム宮殿?」


オートバイは真っ白な綿雲の中を急降下し、ズボッという音とともに地上に降り立った。

夜のロンドンの街は幻想的なたたずまいだ。

住宅街の明かりがポツポツとついており、大聖堂やビックベン、国会議事堂やロンドン・ブリッジは

月の明りを受けてきらきらと輝いている。


オートバイは深夜のテムズ川を、虹色の水しぶきを立てながら静かに進んで行った。

あれから何時間たっただろうか。

二人はふわりとグリモールド・プレイスのバルコ二ーに降り立った。


シリウスは に手を貸して先にオートバイから降ろしてやった。

「とても素敵なドライブだったわ」

は極上の笑みで彼を見上げながら言った。

「それはどういたしまして 嬢様。」

シリウスはうやうやしくヘルメットを取り、腰をかがめ、お辞儀をした。

「ありがとう。シリウス。もう寝るわ。おかげで今夜はいい夢が見れそう・・」

も茶化して片足を引いて、お辞儀した。

彼女はゆったりと足を進め、ドアのところまで行った。

それから後ろを振り返り、「今日のことは秘密ね、お休みなさい」と彼に告げて出て行った。










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