スネイプは彼女を抱きかかえたまま、薔薇園に通じる小道を歩いていた。

辺りは潅木の茂みに囲まれ、クネクネとした散歩道が幾つも延び、大きな石の彫刻が並んでいる。

教授は をその一角のロココ様式に彫刻されたベンチに を下ろした。

「ここで待っていろ」

彼はぶっきらぼうに言うと、近くの噴水から容器に水を汲みその場でキダチアロエ、カミツレ、バラ水のエキスの入った少瓶をポケットから

取り出し何やら調合し始めた。

「これに足をつけておけ・・ニ〜三分立てば腫れが引くであろう。」

スネイプは薬水の容器を彼女の足元においてやった。

「それから、靴の・・底の破片は持っているか?」

「はい・・・」

「貸せ」

彼は彼女からヒールの破片を受け取ると「レパロ!」と唱えた。

欠けたヒールはあっという間に元通りになった。

「靴を脱げ」

「あ・・はい」

彼女はダンス靴を脱ぐと、彼によこした。


「レパロ!」

彼は靴底とヒールを器用につなぎ合わせ、再び呪文を唱えた。

「これでもう折れることはあるまい。」


スネイプは彼女の足元に靴をおいてやると、 の隣にドサッと座り込んだ。

「有難うございます!!」

は彼の手際のよさに嬉しくなって、にっこりと極上の笑みで礼を言った。

「礼にはおよばん」

教授は真っ赤になってフイと照れくさそうに横を向いた。

教授の言う通り、二〜三分たつと、ハリーに嫌というほど踏まれた足の痛みは跡形もなく消え、彼女はまた踊りたくなった。


スネイプは「もういいのかね?」と彼女に尋ね、 がダンスのステップを足で小刻みに踏んでいるのを見て、

杖を一振りし容器を片付けた。


その時、妖女シスターズが「美しき青きドナウ」の曲を演奏し始めた。

彼女の母国で村祭りの時によく演奏される曲だ。

はたまらくなってベンチから立ち上がろうとした。

すると横に座っていたスネイプに素早く手首を掴まれた。


「我輩とは踊ってもらえないのかね?」

彼は何か寂しそうな表情で を見つめた。

は途端に、いつもは大嫌いなこの教授がたまらなく可愛そうに思えてきた。

そういや―大広間で先生方皆がダンスしている姿を見かけたのに、この教授は誰とも踊っていなかった。

いや、もしかしたらダンス・パートナーにと誰からもお声がかからなかったのかもしれない。

そうこう考えてるうちに、 の手を教授が取り、柔らかな絹の黒服の腕を腰に回すとくるくる回しながら

ベンチから連れ去った。

(なんて危険で刺激的なんだろう?目の前のダンスの相手は、あのスリザリンの寮監―セブルス・スネイプなのだ。)

スネイプは軽やかにステップを踏み、ゆるやかに彼女をリードしている。

(ああ、でもそんなことはどうでもいいことだ。ダンスが踊れるなら、例え相手に角があろうと尻尾が生えていようと

 悪魔とだろうと踊ってみせる。)

彼女はルーマニアで十年間も幽閉されて育ったことがふと頭をよぎり、ダンス・パーティのわくわくするような熱狂に染まり、自由の喜びに酔いしれた。

「ずいぶんと楽しそうだな」

スネイプが踊りながら耳元で訊いた。

「先生も!」

はぐいと頭をそらせて朗らかに笑った。

スネイプはたいそう彼女にご執心でなかなか手を離してくれなかった。

(ああ、いけない。ハリーを待たせてたんだ。そろそろ戻らないと)


彼の腕に導かれ、ステップを踏みながら彼女はそわそわしはじめ落ち着かなくなった。

「ポッターか?」

スネイプが彼女の心を見透かしたように訊いた。

「え、ええ。」

彼女は途端に不機嫌になった教授の顔を見上げて、気まずそうに答えた。

 
「フン、なるほど・・先ほどの足の腫れはあいつの下手くそなダンスのせいだな。」


彼は鼻先でフフンと馬鹿にしたように笑った。


「ダンスの初心者は誰だって最初、ああなりますよ。」

は彼のことを馬鹿にされてちょっと腹が立ってきた。

彼女は途端にステップを間違えた。

危うく後ろに倒れそうになり思わず目をつぶる。


再び目を開けたとき、何と教授の顔が自分の至近距離にあった。


は急に心臓の鼓動が早く、激しくなるのを感じた。

スネイプの手は自分の腰に回され、自分は斜めに倒れかかり、彼がぱっと手を離すと地面に直撃してしまうような

状態で支えられている。


とても嫌な姿勢だ。(どうしたらいいんだろう・・・。)

満月の光が の綺麗な顔をぼんやりと照らした。

はらりとしなだれかかった黒髪に―上気したバラ色の頬に透き通るような白い首、そしてふくよかな胸。



スネイプは真剣に彼女を見つめている。決して目を反らさない。

その頬はこころなしか、ほんのりと赤い。


「あ、あの・・・」 はこの姿勢から早く解放されたかった。


「美しい・・・」


「はぁ?」


「お前は美しい。その角度から眺められると、どんな男でもお前の虜になるだろう。」


スネイプは何かに取り付かれたように、甘いバリトン・ボイスで彼女に囁いた。

「は、離してくれませんか?」

は突然の教授の言葉にぞくぞくっと背筋がさからなでられ、それがとても危険な響きに聞こえた。

(は、蜂蜜酒の飲みすぎだろう・・先生は酔っ払っているんだ。だ、だからこんなおかしなことをやっているんだ)

彼女は無理に自分に納得させて、何とかこの状況を切り抜けようと思った。

「あ、あの〜先生?酔っ払い過ぎですよ。だから・・ねえ。そろそろこの手を離してくれませんか?」

は相当苦しい笑顔を浮かべ、彼に言った。


「そうかな?我輩は正気だが」

彼は意地悪く微笑むと、彼女をグッと自分の近くに引き寄せた。

(しまった!スリザリンの本性発揮だ〜どうしよう・・何て意地が悪いの・・・逃げられない)

彼はまるで獲物を捕らえた蛇のように、彼女の腰にしっかりと手を回して固定し、片方の手を の顎にかけ、

顔を背けている彼女に自分のほうを見させた。

「さて―さて、我輩に捕まったのが悪かったな・・・。観念したほうがいい」

彼はますます、彼女をしっかりと抱き寄せ、強い力で動けないようにした。

そしてそのままゆっくりと顔を に近づけていった。





「セブルス」


その時薔薇の茂みから誰かの声がした。

「チッ!」

スネイプは軽く舌打ちすると、そっと彼女を地面に下ろした。


は大慌てで、トレインを引きずりあたふたとスネイプとは反対方向に姿を消した。

会場に戻ると入り口近くでハリ―、ロンが一緒に立っていた。

「やーっと戻ってきたかい!!遅いよ!次は四人一組で踊るカドリールなんだって!」

ロンが異常なほど元気よく言った。

「ごめんなさい、待たせて」

はちょっと機嫌を損ねているハリーに謝った。

「いいや,全然待ってなんかいないよ。そのかわりラストダンスは一緒にね」

彼は有無をいわせない調子で言った。

「ああ、そうだハーマイオニ―は?」

は扇を開きバタバタと仰ぎながら訊いた。

「クラムと一緒にどっかに消えちまったよ!それ以上聞かないでくれ!」

今度はロンがむすっとして機嫌が悪くなった。

「お〜い!姫〜〜カドリールだ!ロニ―もハリーも一緒にこっちへ来いよ!」

その時、ダンスフロアの中央部から、フレッドとジョージが同時に呼びかけた。

ダンスの音楽が始まり、早速「よろしいでしょうか?」というお声と共にジョージの腕が のほうにさしのべられた。

「ジョージ!」

は微笑した。

「ケィティはどうしたの?」

彼女はいつの間にかいなくなっている、彼のパートナーを首をねじって探しながら聞いた。

「あそこさ。」

ジョージはレイブンクローの上級生と踊っている彼女を指差した。

「今夜の姫はまばゆいばかりです。」

ジョージは真面目くさって に囁いた。

「ありがとう。ジョージもとても格好いいわ。」

は頬にとびきりのえくぼを浮かべて褒めた。

やがてパートナーの交代となり、ロンが の目の前に立った。



茶色のぼろぼろになった袖が彼女に差し伸べられ、 はそこに軽く手を置いた。

「ねえ、いいの?次でラスト・ダンスよ。こんなとこで私なんかと踊ってていいの?」

は心配そうにそっとロンの顔を見上げた。

「なんのことだい?」

彼はすっとぼけて、不器用な手つきで をくるくると回転させながら聞いた。

「ハーマイオニ―よ。彼女と全然踊ってないんでしょ?だったらラスト・ダンスの時ぐらい

 クラムからさっと、かすめとってやれば?」

「いいさ、好きにやらせておけよ。アイツはビッキ―が好きなんだ。ハリーや君の敵なのに

 イチャイチャしやがって。」

ロンはむすっとした顔で膨れて言った。


結局、ロンはラスト・ダンス直前まで と踊りつづけ、パートナーの交替でハリーが彼女の目の前に立つと

すごすごと引き下がり、隅のスツールに腰掛けて二人のダンスを楽しそうに見守った。


真夜中に「妖女シスターズ」が演奏を終え、ようやくパーティはおひらきとなった。

皆が盛大な拍手を送り、生徒達は玄関ホールに向かってぞろぞろと歩き出した。

は大満足だった。たった一つの不快なことを除いては――。

扇を片手にうきうきとした足取りでロン、ハリーと共に玄関ホールに出ると、クラムがダームストラングの船に戻る前に

ハーマイオニ―が彼にお休みなさいを言っているのが見えた。

彼女はロンに冷たい一瞥を与え、ひとこともいわずにロンの側を通り過ぎ、寮の階段を上っていった。

「おい、待てよ!!」

ロンは焦った顔で階段をかけのぼりハーマイオニ―の後をついていった。

とハリーはお互いに顔を見合わせ、速度を落とし少し後からついていくことにした。



「すごくいいにおいのする晩ね。」

が野ばらのすがすがしい匂いを胸一杯に吸い込みながら、言った。

「今日は最高の夜だったよ・・。」

ハリーは夢見るように呟いた。

「私も。とても楽しかったわ」

は満足そうに言った。


つやつやした黒髪に白い星が光り、パステルピンクのチャイナドレスから、清らかな腕や首やほっそりとした足首がのぞいている。

ハリーは息を飲む思いだったが、 がにこりとこちらに笑顔を向けるとフイと何気なく背を向けた。






(いつか僕のことを好きになってもらえるのだろうか)とハリーは不安に思って、胸がきゅんとなった。



「ええ、ええ、お気に召さないんでしたらね!」

「いえよ。なんだい!!」

二人が寮に戻るとロンとハーマイオニ―は火花を散らして口論中だった。


「今度、ダンス・パーティがあった時は他の誰かが私に申し込む前に申し込みなさいよ!!

 最後の手段じゃなくって!」

ハーマイオニ―はまっかっかになって叫び、「行くわよ!」と談話室の入り口に突っ立って成り行きを眺めていた

をグイと引っ張り女子寮の階段を駆け上っていった。


「お〜や〜す〜み〜〜」

女子寮から の声が降ってきた。

「まあ、的外れもいいとこだ」

ロンは真っ赤な顔でぼ〜〜っと言った。

「たいしたもんだよ、ハーマイオニ―は」






幸せの絶頂でめでたくダンス・パーティはおひらきです。




 

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