いつからだったのか忘れた・・扉を開ければいつでも彼女がいるようになったことを。
私がどうして彼女を側に置くようになったのか分からない。
終わりなき権力争いの中で、一日は長く、あまりにも過酷だった。
朝が来るたび思った。羽を休める場所が欲しいと。
「よくも騙してくれたな。私が傾城とお前の秘密を知らないと思うか?」
薄暗いじめじめとした王宮の地下牢で、公爵は冷たく言った。
「傾城!!放せ、傾城!!」
牢内に響き渡るような声で、喚く光明大将軍を尻目に彼は
先ほど捕らえた傾城前王妃の元へ向かった。
彼女はいつかのように、黄金色の巨大な鳥かごに閉じ込められていたが、
いつかと違って、体をぐるぐる巻きにされ、檻の鉄柵に縄の先端を結び付けられしっかりと固定されていた。
「まさに神の作りし好一対だな。だが、相手を間違えたようだ」
傾城は怒りのあまり、鳥かごに入ってきた公爵の目の前で唾を吐きかけた。
王妃にあるまじき下品な大人気ない仕草だと分かっていたが、そのためにいくらか気持ちがせいせいした。
彼は途端に爆発するような声で笑い出した。
「その笑いをやめてちょうだい!気味が悪いわ!」
傾城は歯をぎりぎりとかみ締めながら、言い放った。
「お前を笑っているんだ。酷く可愛そうだと思ってな。私の気持ちを素直に受け取っていれば
ここまでする必要はなかった。そうじゃないか?」
公爵は必死で笑いをこらえながら言い返した。
「今すぐ出て行ってちょうだい!顔も見たくない!」
傾城は激昂して叫んだ。
「最後にこれだけは言っておいてやる。お前は、両手で幸せを投げ捨てておいて、決して幸せにならないものを追い求めて
いるんだ。私とお前は似たもの同士だ。少し手を伸ばしさえすれば、私達は驚くほど幸せに暮らせるんだ。
それがいつまでたって分からないお前は馬鹿だ!」
それだけ言ってしまうと公爵は、怒りに胸をたぎらせる傾城を置いて立ち去った。
彼は失望と怒りに胸をたぎらせて、の部屋へ足を進めていた。
「何をやっているんだ?」
「兵士達が私を拘束したの」
はむっつりと顔をしかめ、懐剣で足を縛っている縄を切り落としているところだった。
「悪かった。私の計画の邪魔をしてもらいたくなくて足止めしたまでだ」
彼はちょっと笑いながら、つかつかと彼女の寝台まで歩いていくと身をよこたえた。
「疲れた・・」
彼は一言呟くと、枕に顔をうずめた。
「何かあったの?」
は公爵の艶やかな黒髪を撫でながら、何気なく尋ねてみた。
「お前は知らなくていい」
「私は今まで幻を追いかけていたのかもしれない」
「もう疲れた・・仮面の時間など私は欲しくはない」
公爵はたよりなげな子供っぽい目で、を見上げた。
「時々、お前が羨ましくなる」
「何者に縛られずに飛び回る姿が」
「私はあの女に縛られているんだ。あの女への独占的な愛情に」
「傾城の愛を手に入れるために、生きてきたようなものだ。私はあの女に恋をし、身も心も
狂った。あの女を手に入れるためには何でもした。だが、あの女は私の愛情などつゆ知らず、期待を抱かせ、いつも冷水を浴びせた。
あの女が今、誰を愛しているか私は知っている」
「将軍ではない。お前の護衛だった男だ・・将軍が傾城にどんな嘘をついたのかは知らない。
彼女はまだ、王殺しの真犯人を知らないんだ。その男に恋をし、将軍だと思い込んでるんだ。馬鹿な女だ。」
「だが、もう疲れた。傾城への愛は冷めつつあるんだ」
「あの女は自分を愛してくれる人間に対して、実に残酷な仕打ちをする。
私や他の者の気持ちを取り上げて、それを彼らの目の前で踏みにじるような女なんだ」
「私と同じ人間だからこそ、上手くいくと思ったが、全て無駄だったようだ」
「お前はあの女と違う。だから惹かれたんだ」
「ここ数ヶ月、じっくりと考えてみた。お前と側にいる時、私は冷酷な仮面を脱ぎ捨て、善人だった頃に戻ることが出来た。
傾城のことで狂う自分が薄れていくことに気づいた。疲れているとき、たまに思い返すだけだった。
そのうち、私に本当の愛を教えてくれたのは、お前だということに気づいた。両目を閉じても、開けても
お前のことだけ考えるようになっていた」
「何も考えられない・・あまりに唐突すぎて・・」
は彼の上に頭を垂れ、涙を隠した。彼の横顔はぴったりと彼女の胸に押し付けられていた。
彼女はしっかりと彼を抱きしめていた。
「どこにいても、何をしていても、傾城からに気持ちが傾くのを止められなかった」
彼の唇が優しく彼女に触れた。
お願いです・・満神・・このゆっくりとした時間を守って下さい。
はそう願いながら、彼と何度も優しい口付けを交わした。