「傾城、早く逃げなさい・・」
朦朧とした意識の中で大将軍は言った。
彼女はそろりと向きを変え、一歩踏み出そうとしたが、刺客に素早く行く手を塞がれた。
「兜を渡すまでは先にいかせん。早くよこすがいい」
「どけ!私に命令するな!」
次の瞬間、ぶちぎれた
は右手に隠し持っていた扇を取り出し大きく振り下ろした。
刺客の肩を不気味なエメラルド色と黄色の炎がかすり、あわや大やけどを負うところを刺客は免れた。
「早くお逃げ下さい!
様!」
次の瞬間、
の攻撃でひるんだ刺客に昆侖が飛びかかり、その場は酷い混戦と化した。
「早くお逃げ下さい!私のことは気にしないで!!」
刺客とつかみあいながら昆侖は怒鳴った。
その場で起こった悪夢のような出来事は彼女を震え上がらせ、彼女は慌てて手綱と鞭を握って、その二つで夢中に
なって馬の背を叩いた。
馬は突然飛び上がり、カッと血のような目を見開いた。
彼女は恐怖で夢中で馬を急がせた。
黒馬は転がるように走り、その間も背後にせまる足音を聞きつけて、彼女はいっそう夢中になって
馬をせきたてた。
もしまた、あの刺客に捕らえられるぐらいならもう一度冥府に戻るほうがましだと思った。
どのぐらい時間がたっただろう?
昆侖は刺客との勝負をつけ、しきりにうわごとを呟く光明大将軍の怪我の手当てをしていた。
「腕の立つ刺客だったな・・」
大将軍は水でしぼった布を用いて、額や腕についた血を懸命に拭う昆侖を
感心しきって眺めていた。
「お前のおかげで助かった。お前はよい奴隷だ」
「お言葉ですが光明様、私は今や奴隷ではありません。ある方の護衛なのです」
「先ほどわしが逃がした傾城のか?こやつ、なかなか面白いことを言うな!」
大将軍は愉快そうに大口を開けて笑ったが、傷口が傷むらしく、すぐに顔をしかめた。
「先ほどお逃げになった方は傾城様ではございません。私がお仕えする女主人様です」
「ほう!ではわしの見間違いというのか?」
大将軍はその言葉にはっきりと意識が戻り、痛む箇所をさすりながら昆侖の手を借りて起き上がった。
「はい、先ほど光明様はほとんど意識がなく、しきりにうわごとを呟いてらっしゃいました」
昆侖はおそるおそる言ってみた。
「ふうむ!そういうことか。で、お前の女主人を傾城をと取り違えたというわけだな!」
大将軍は顎に手を添えると納得したようにうなずいた。
「昆侖、お前に頼みがある」
彼は額から大量の脂汗を流していた。
「今からお前は私の代わりに城に行き、北の公爵の軍に包囲された王を救い出してくれ」
「えっ?」
昆侖は一瞬、将軍が気でも狂ったのかと思った。
「わしのこの身体ではとても行けんのだ。頼む。お前の女主人とはそれから再会しても間に合うだろう」
「王城は馬に乗っていけばすぐそこだ」
「わしの鎧を身に着けて行け。口を利かねば誰も邪魔するまい」
昆侖の腕の中で将軍はぜいぜいあえぎながら命令した。
昆侖はこの大将軍の命令に困惑した。
一刻も早くあの女主人に会いたい。だが、怪我人の頼みをむげに断ることが出来るのだろうか?
この人はかつて、私の前の主人だった老人の上官だ。
自分と同じ奴隷を大勢死に追いやり、異民族との戦に勝利した冷酷な男。
前の主人はこの男の為に殺されたのだ。
昆侖は複雑な気持ちの渦が胸の中で蠢くのを感じた。
だが、根が優しい昆侖は結局、この頼みを断ることが出来なかった。
「光明様。いったい王とは誰のことですか?」
昆侖は王城に行く決意を持って、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「武器を持たぬ人のことだよ」
王宮云々のことなど何も知らない昆侖に、大将軍はふっと笑って教えてやった。