の足止めのおかげで、昆侖と傾城王妃は馬を駆って王宮から脱出することが出来た。

無歓公爵が物凄い勢いで追跡を続けていたが。


「縛ったぞ!この王殺しの反逆者め!」


その頃、椰子の木が生い茂る亜熱帯に近いむしむしした森で、怪我を負って落ちのびていた光明大将軍は追っ手の

部下によってとらえられてしまった。


兵士達は口々に暴言と唾をいっしょくたに光明に吐きかけた。


「死ぬまでさらし者にしておけ!」

「まさか逃げれるとでもお思いか?」

「大将軍でなければとっくに獣の餌食にしてやるところだ!」


兵士達はこのあたりで最も高い椰子の木に縄をかけた光明大将軍をつるし上げ、さっさと何事もなかったかのように立ち去った。


天高くつるし上げられた光明が、縄をほどこうとむなしくあがいてるとどこからともなく強い風が吹き、

一人の女神が空を駆け抜けるようにやってきた。


「賭けはお前の負けだ。わしは王を殺していない」

光明は哀れみのこもった目で自分を見つめている満神に向かって言った。

両者はだいぶん前にある賭けをしていたのだった。


「あなたではなく、花鎧の主が殺すと言ったまでのことです」

彼女は余裕綽々と答えた。

「わしこそが真紅の花鎧の主だ」

「これからは違います。信じずともそれがあなたの運命なのだから」

満神は意味ありげな笑いを浮かべ、信じられない顔つきの光明に告げた。

「たとえ無実でもあなたは王殺しの罪を背負います」

「それが無極の奇しき定めなのです」


「たとえ、あなたが全てのものを失ってもね」

「花鎧は別の持ち主を探すはず」

「その者こそ、真の戦神として最も美しい傾城に愛されるでしょう」


女神はここで最も残酷な言葉をつきつけた。


「海棠の花が散り、太陽と月が同時に空に現れる時、二人はめぐり合う」


光明は眉をひそめてゴロゴロと雷鳴をとどろかしはじめた空を眺めた。


「たとえ、その者達が愛する者が別にいたとしても――これは避けられません」



「わしは信じないぞ―どうだ?お前、もう一度賭けをしないか?」

光明大将軍はさらさらあきらめきれずに突っ張った。


「花鎧と傾城はわしのものだ」


「その強気が好きだけど残念ね」


満神はスーッと音もなく彼から遠ざかりながら言った。


「もうすぐここにある娘の汗血馬が来るでしょう」


彼女はそういい残すと、真っ直ぐに光明を指差して天高く舞い上がって消えてしまった。


するとどうしたことだろう?


あれだけ将軍をきつく縛っていた縄がするすると解け、彼は地面へと緩やかに落下した。



驚いたことに全身の突き刺すような痛みも腫れもすっかりひいていた。



「行くぞ!」

昆侖は赤い醜い傷跡のあった箇所をさすり、嬉しそうに叫んだ。



それに呼応するように椰子の木の下から一頭の立派な毛並みを持った馬が歩いてきた。


が草と束の間の休息を与えるため、解き放った馬だ。


光明は何事も見逃さぬ目で、はっしと手綱をつかむと黒馬の背中に飛び乗った。


女主人と昆侖以外の者を乗せたことがなかった黒馬は憤慨して、乗り手を振り落とさんばかりに駆け出した。






一方、追跡者の公爵の軍につかまった花鎧の男―昆侖は傾城王妃を助けるため、崖から飛び降りていた。

公爵は今や、廃妃となった傾城を王宮の一室に監禁した。


は人目につかないように狐に姿を変え、王宮近くの森に隠れ、公爵の出方を伺っていた。



だが、崖から飛び降りて落命したと思われた昆侖はまだ生きていた。


あの女主人に一刻も早く会わなければ。


彼女はたった一人で今、どこにいるのだろう?


の名を呼びながら、三日三晩、椰子の生い茂る林の中をさ迷った昆侖は


再び光明に捕まってしまった。



王救出失敗と王妃監禁の知らせ云々を裏切り者の部下から聞いていた将軍の怒りはすざましく、謀反人の昆侖は殺されかけたが、


将軍の思いとどまりで難を逃れた。




その代わり「傾城王妃救出」をおおせつかったのだった。




「ひっ!」



王宮の一室で立て続けに悲鳴が上がった。


頑丈な鉄牢の入り口で、ぬかりなく傾城王妃の逃亡を監視していた兵士達は


次々と自分達を襲う青白い狐火にバタバタと倒れていった。


「何事!?」

うとうとと眠りに落ちようとしていた傾城はバッと跳ね起きた。



無歓の巨大な金の鳥籠に閉じ込められた廃妃は震えていた。


なにしろ目をひんむいたまま倒れている兵士の前に、九つに分かれた尾を持ち、青緑色の炎に包まれた

狐が現れたからだ。



「助けに来たと勘違いしないで。あなたが公爵様から離れてくれればこちらとしては都合がいいのだから」


傾城は今度こそ悲鳴をあげた。


何と彼女が瞬きをするかしないかのうちに、目の前の狐の姿が消え、変わりに美しい女の姿なったからだ。


「あなたはあの時―王宮の屋根にいた!」

傾城はうわずった声で叫んだ。


「そうよ」

彼女は冷たく言った。


「なぜ、私を助けてくれなかったの?あなたなら助けられたはずよ!」

傾城は理解できぬ顔で、 の衣をつかんでなじった。

「どこまでも身勝手なお嬢さんね。満神とあなたとの間の約束に私は介入出来ない。あのような結果を招いたのはあなたの運命よ」

は鍵のかかった鳥かごから突き出された、傾城のほっそりとしたむきだしの腕を羨望と嫉妬の思いで見つめた。

「満神を知っているの?いったいあなたは誰なの?」

傾城は夢を見ているように感じていた。

「ご覧のとおり、私はただの九尾狐よ」

玉漱は突然、人の気配を感じて呟くように言うと姿を消した。





























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