「その男が奴隷なのは分かったけれど、彼女はなぜ水先案内人なの?」
傾城は
が昆侖の目を自分の裸から逸らせている隙に、
クリーム色の絹の衣を羽織りながら尋ねた。
「公爵に囚われたお前を助ける介添えをしてくれたのだ」
「介添えですって?」
傾城は首を傾げた。
「ああ・・私をこっそりと城内まで手引きしてくれ、追っ手の兵士共が放つ矢を魔術で
花に変えてな・・」
その別荘の主、光明大将軍はその時のことがよほど可笑しかったらしく
懐から紺碧の花を取り出して見せた。
「助けに来たと勘違いしないで。あなたが公爵
様から離れてくれればこちらとしては都合がいいのだから」
傾城の頭に、
が宣戦布告として放った言葉がよぎった。
「あの奴隷・・あなたが刺客に襲われた時に助けてくれた男ね」
光明が「よく来た」と歓迎する意を見せて、二人を屋敷の中に招き入れてしまうと、傾城は駆け寄ってきて嬉しそうに言った。
「命の恩人じゃない」
「うむ・・そうか?」
光明は傾城のキラキラした水晶のような瞳が、屋敷の方に向けられるのにちくりと嫉妬の痛みを感じた。
「奴隷なら当然の務めだと私は思うが」
「まぁ、意地悪を言うのね!」
傾城はクスクス笑って、彼の肩を叩いた。
朧
月夜に照らされたススキが繁茂する縁側で、杯を怪しげな手つきで酌み交わしながら
と光明は意気投合していた。
「娘、そなたはどこから来たのだ?」
光明はすでにほろ酔いで上機嫌だった。
「楽浪郡からとでも申しましょうか?」
彼女は適当にいいつくろうと、彼の杯に酒を注いだ。
そして、縁台の下で従僕よろしく控えている昆侖にこっそりと耳打ちし、「傾城の寝具を支度をしておやり」と命じて
その場から立ち去らせた。
酒と
の美しい歌声に光明は、へべれけに酔っ払っていたが
は顔色一つ変えずに、どんどん飲み続けていた。
「しかし、それにしても公爵はよくそなたをすんなりと逃がしてくれたものだ」
「昆侖とあなたを襲った刺客がいるでしょう。二人が上手く逃がしてくれました」
「何?あいつがか?」
ガッシャーン!
ろれつが回らなくなった光明は誤って杯を落としてしまった。
「さぁ、もう一杯お飲みくださいませ」
は眉一つ動かさずに砕け散った杯を片付けると、新しい杯に酒をついで
光明に勧めた。
「う〜ん、流石の奴もそなたの美しさに血迷ったか?なるほど、見れば見るほど美しい娘だ。
そなたは。また、なに、傾城とは違う美しさがあるな」
相当いい気分になった光明が、腕を伸ばし顔に手をかけようとしたのを
彼女は巧みに逃れるともうそろそろ潮時だと感じて立ち上がりかけた。
「おいおい、待て、待て」
だが、ぐったりと床に落ちかかった将軍に絹のドレスの裾を掴まれて動けなかった。
「つまらないことを言うな。今夜は飲み明かそうではないか」
光明はにたりと笑ったが、次の瞬間、ばたりと床に伸びて動かなくなってしまった。
はほっと安心して、紺碧色の絹ドレスの裾を一まとめにすると
そっとその場を立ち去った。
「上手く彼女に話しかけられた?」
酔っ払った光明を、何食わぬ顔で傾城の部屋に送り届けた
は
客人にあてがわれた寝室に昆侖を呼びつけた。
「いえ・・」昆侖はしどろもどろに言った。
「ああ・・せっかく将軍を酔い潰して機会を作ってあげたのに」
金縁の鏡に向かって、熱心に長い黒髪を梳かしながら
はがっくりしていた。
「好きですの一言も言えてないのね?」
「はい」
彼はいそいそと女主人の寝具の支度をしてやりながら言った。