遂に殺生丸と犬夜叉一行が、奈落の城をつきとめて攻めてきた。
殺生丸は人質に取られた連れの小娘と朔の夜につきとめた姫の匂いを
追ってのことだった。
殺生丸は闘鬼神を振り回し、触手を繰り出して攻撃する奈落をじわりじわりと
追い詰めていたが、彼の仕掛けた卑劣な罠にはまだ気づいてないようだった。
表舞台で決戦が繰り広げられている最中、姫はこっそりと円柱に
隠れながら彼らの目のとどかぬ場所へ出てきた。
「殺生丸様、あなた様の完全なる妖怪のお力・・この奈落が食らわして頂きます」
そう奈落がしたり顔で言ったときには遅すぎた。
殺生丸の全身を切り刻んだ奈落の深緑色の肉塊が襲い、
彼はあっというまに身動きできぬありさまになってしまったからである。
「あわわわ・・殺生丸さまぁ〜!!」
「こ、こんな・・これは一大事!!」
奈落の肉塊に完全に覆われてしまった殺生丸を、手も足も出ない
ありさまで見守っていた忠実な部下は、今度は自分のほうにも奈落の肉塊
が向かってきたのに気づいて人頭杖を傾けて攻撃した。
「あっち〜あぁ〜なんでわしばっかりこうなるの〜!?」
「助けて〜やめてっ!!」
だが、逆に噴出した火炎放射に凶暴化した人頭杖に追っかけられ
彼はそこらへんを逃げ回るありさまだった。
「情けない、あれが殺生丸様のたよりがいのある部下の姿かしら・・」
「どーみても逃げ回ってるようにしか見えないけど・・」
姫は、あきれかえって必死に熱を帯びた奈落の肉塊から逃げる邪険の姿を
円柱の影から見ていた。
「あちっ、あちっ、やめて〜っ!!」
「しょうがない、助けてやりましょう。見苦しいし、うるさいし」
「邪険、伏せなさい!!」
そう言って姫が氷龍叉戟(氷の矛の正式名称)を一振りすると、小さな冷気弾が
発射され、「はいっ!て、誰?」と不思議そうにべちゃっと地面に
張り付いた彼の頭すれすれに冷気弾が飛んでいき、肉魂めがけて
ぐしゃりと命中した。
しゅうしゅうとドライアイスのような音を立てて、肉塊は溶けてしまい
邪険はおそるおそる目を開けて周囲をこらしてみた。
「氷・・あら、溶けちゃった。って、あれ・・お前は確か、半妖の小娘・・」
「こら、誰が半妖だと、誰が・・一言多いのはこの口なの、え?」
「す、すみませんでした・・一言多かったようで」
「わかればよろしい。ところで礼ぐらい言わないの?」
「お願い・・離してちょうだい、ワシ、もう死ぬ・・」
「ああ、殺生丸様、もう、だめ・・」
目の前に氷龍叉戟をたずさえ、相手を骨の髄まで凍らせるような笑みを浮かべた
姫に口角を思いっきりひっぱられた邪険は、すっかり弱りきって倒れてしまった。
「まあ、この気絶した馬鹿はほっといて・・」
姫は自ら藁で編んだ手作りの草履をはき直しながら、氷龍叉戟を
携えて体勢を立て直すと、彼女は一点をきっと見据えた。
(この冷気弾で、邪険を襲った肉魂が溶けたということは殺生丸様を包んだあの巨大肉魂も溶けるかもしれぬ)
「ならば、奈落、覚悟!!」
彼女はたたっと駆け出すと、三つ又の氷龍叉戟を振り回し、巨大な冷凍光を繰り出して放った。
冷凍光は見事、殺生丸、隣の犬夜叉を包んでいた巨大肉魂を溶かし、闘鬼神を盾に冷凍光の
放射光から身を守った殺生丸のりりしい姿が現れた。
(なん・・だと、殺生丸と盗人呼ばわりしていた犬夜叉を助けたのか・・しかもこのわしの肉魂を溶かしよった・・この女、半妖のくせに敵に回ると
何と厄介な・・やはり、早めにこちら側に取り込んでおくべきだった)
奈落は驚愕のあまり目を大きく見開き、愛しい女がこうも簡単に盗人側に寝返ったことに地団太踏んでいた。
「こら、てめえ!あやうく俺まで溶かされるとこだったじゃねえか!!」
鉄砕牙をたてにこちらも溶かされないよう身を守った犬夜叉はかんかんに怒っていた。
「相変わらず乱暴な言葉遣いね、犬夜叉。礼ぐらい言わないのか?お前は私から四魂の欠片を盗もうとした奴。
いまだ恨みは晴れていないことを忘れるな」
「うぐうっ」
犬夜叉は姫のもっともな言葉に怯み、くやしそうに吼えるだけしかできなかった。
「奈落、お前のやり方にはつくづく嫌気がさしていた。妖怪退治屋の娘とその弟を操って殺し合わせたやり方、
まことに外道の所業だった。妖怪と見ればみさかいなく殺す退治屋の連中は大嫌いだが、
お前に比べれば、まだ可愛いもの。奈落、今日限りで私を閉じ込めるのは終わりにして差し上げよう。さっさと地獄に帰るがいい!!」
姫の目がさっとアイスブルー色に輝くと、氷龍叉戟から特大の冷気光が繰り出された。
奈落はなんとか結界の警備にあたっていた魑魅魍魎の妖怪を呼び集め、それを盾にして攻撃から身をまもった。
「閉じ込められていたか・・ほう、貴様、人間の娘を監禁する趣味があるのか」
「りんといいといい・・」
「殺生丸、どーいうことでぇ?誰か人質にとられてるのか?」
犬夜叉は鉄砕牙を片手に首をかしげた。
「黙っていろ、犬夜叉、こやつは私の問題だ」
(むしろ、口出ししたくないぜ・・)と犬夜叉はあきれかえって心の中でつぶやいた。
殺生丸の毒爪がぎりりと鳴らされ、次の瞬間、闘鬼神が振り下ろされ、
すさまじい青い光が奈落の体を切り裂いた。
続いて「貰った!」とおおはしゃぎの犬夜叉の鉄砕牙の黄色い光が炸裂し
奈落の体を粉みじんにした。
上半身だけのこった体で、瘴気を撒き散らした奈落はほうほうのていで退散した。
「殺生丸さま、お連れの小娘を早く迎えにいかれたほうがいい」
という腹立ち紛れにはなった言葉を残して。
「お前にききたいことが沢山あるが、話はあとだ」
「え、ええーっ!?」
戦い終わった殺生丸は闘鬼神を腰帯におさめ、姫の衣をひっつかんで
背中につかまらせると飛び立った。
どうにかこうにか城のはなれにたどりつき、奈落に操られた琥珀がりんを切り殺す前だったところを、犬夜叉がぶん殴り、
殺生丸が首を締め上げて助けたのだった。
「行くぞ」
「は〜い、殺生丸さま」
「あの、殺生丸様、私はついていってもよろしいのですか?」
「置いて行かれたいのか?」
「あ、はい・・」
「ほら、お姉さんも早く!」
無邪気なりんに手を引っぱられ、後ろ髪をひかれる思いで
姫は犬夜叉に一瞥をくれると駆け出していった。
「あいつに助けられたんだよな、気にくわねえけどよ」
あとに残されたかごめに向かって犬夜叉は言った。
「えっ、だって、あの人、奈落の仲間じゃ・・それに犬夜叉、あの人斬ったし・・」
かごめは驚いて聞き返した。
「違うみたいだぜ、奈落があいつを上手いこと乗せてけしかけてたみたいだ」
「あいつは奈落を心底嫌ってる。奈落に閉じ込められたなんだといってやがった」
「ところであの人といい人間の女の子といい、殺生丸の何なのかな?」
「さぁなぁ〜しかし、あいつも変わったよな、人間のガキと半妖の女連れて歩くなんてな、
昔はどっちも毛嫌いしてたくせによ〜」
犬夜叉は夜空に大きく輝く真ん丸お月様をながめながら至極不可解につぶやいた。