は恐ろしくて、暗い廊下を疾走していた。

「ああっ、やめろぉっ!!」

彼女が大理石の階段を駆け下りている途中で、グリフィンドール塔からロンの悲鳴が上がった。

「ロン!!」

彼女はビクッとして、さらに速く階段を駆け下りた。

「開けて下さい!マグゴナガル先生!!開けて下さい!」

は1階の変身術の教室のドアを開け、更に奥の私室のドアを激しく、拳で叩いた。

「こんな夜更けに何事ですか?」

赤いタータンチェックの寝巻き姿のマグゴナガル教授が、寝ぼけ顔でドアを開けた。

「先生!!シリウス・ブラックが出たんです!グリフィンドール塔に侵入しました。私見たんです!」

は早口でまくしたてた。

「ほ、本当なのですか?」

マグゴナガル教授は彼女の肩をつかんで揺さぶった。先生の顔色は今や幽霊よりも青かった。

「早く、早く、来てください!!ここへくるまでにロンの悲鳴が聞こえたんです!!」

彼女はマグゴナガルの腕をグイッと引っ張って、教室の外に連れ出した。





「ウィ―ズリ―、ロン・ウィ―ズリ―はいますか?」

数分後、談話室にマグゴナガルとが息せき切って駆け込んできた。

「は、はい、僕はここに・・」

彼は小さく手を挙げて無事を知らせた。

談話室にはロンのほか、騒ぎを聞きつけて飛び起きたハリー、ディーン、シェーマス、パーシー、双子、ネビル、

そして、何人かの女子生徒が居た。

皆、揃いも揃って青ざめていた。

「つい今しがた彼女が、私にブラックがグリフィンドール塔に侵入したと伝えにきました。皆さんが起きていることを

 見ると本当のようですね。

彼女 はここにくるまでにウィ―ズリ―、あなたの悲鳴を聞いたそうですが、何があったのですか?詳しく説明なさい」

マグゴナガルは冷静に、生徒を怖がらせないようにしゃべった。

「は、はい。先生、僕、目が覚めたら、シリウス・ブラックが、ナイフを持って僕の上に立ってて、それからあいつはベッド脇の

 カーテンをナイフで切り裂きました。僕が悲鳴を上げたら、あいつは何もせずに逃げていったんです」

ロンは少し震えながら話した。


「 あなたもブラックを見たといいましたね?先ほどは慌てていて詳しく聞けなかったのですが、どこで

 見たのですか?」

ロンの話の次にマグゴナガルが発した言葉に、談話室に集まっていた生徒達は目を真ん丸に見開いて、の方を一斉に見た。

「談話室でです。私、眠れなくて、ここに何となく下りてきたんです。そしたら、入り口からシリウス・ブラックがナイフを持って

 侵入してくるのに出くわしたんです。彼はナイフをちらつかせて、私に「声をださなければ、危害は加えない」そう言いました。

 それから、彼は男子寮の階段を駆け上っていったんです。私はその後、先生のところへ・・」

は少し嘘をついた。猫を探しに談話室に下りてきたなんてとてもこの状況ではいいにくい。

だいたい猫は夜行性なんだから、寝室からいなくなっても不思議じゃないからだ。

「まあ、なんたること。ウィ―ズリ―、 、怪我はありませんね?」

マグゴナガルは目に涙を浮かべて、二人に尋ねた。

「はい、大丈夫です先生。僕のベッドのカーテンが少し切り裂かれただけです」

ロンは言った。

「ご心配かけてすみません。ご覧のとおり、私は怪我はしてません。」

も元気そうに言った。

「それにしても、ブラックはどうやって肖像画の穴を通過したのでしょう?」

マグゴナガルは最後の疑問を集まった生徒たち投げかけた。

「あの人・・太ったレディの代わりにきた人、真相はカドガン卿に聞いてください!」

ロンはまだ震えが止まらないらしく、憤慨して侵入者を通した愚かな見張り番に向かって叫んだ。


マグゴナガルは早速、肖像画のところまで行きなにやらカドガン卿に尋ねていた。

「だ〜れ〜で〜す〜か?」

肖像画の穴から戻ってきた先生の形相は鬼のように恐ろしかった。声が耐え難い怒りに打ち震えている。


「入室時の合言葉を、紙に書き出して、その辺に放っておいた底抜けの愚か者はどこにいるんです?」

皆、その場で恐ろしさの余り固まった。



はこの先生より、シリウス・ブラックの方がまだましなんじゃないかと密かに考えた。

今の形相でシリウス・ブラックと立ち合えば間違いなく彼女が勝つだろう。

そのくらい今の先生は恐ろしい。


小さく悲鳴が上がった。

ネビル・ロングボトムが頭のてっぺんから、足の爪先まで、ガタガタ震えながら、そろそろと手を挙げていた。



その夜、グリフィンドール塔では誰も眠れなかった。次の日、マグゴナガルが談話室に来て、皆にブラックがまたもや逃げおおせたと伝えた。

カドガン卿はクビになり、別の場所に移された。そして、再び、寮の入り口には太ったレディの肖像画が掛けられた。

ロンはあっという間に英雄になった。

あの夜の出来事は確かに彼にとっては身震いするほど恐ろしかったが、ロンは聞かれれば誰にでも、嬉しそうに一部始終を語った。

はあれからシリウス・ブラックの顔が目に焼き付いて離れなくなっていた。

(あの狂気をはらんだ瞳が私を見るとき、どれだけ優しくなったか・・。でも、彼には今まで1度も会ったことがない。

 なのに、あの瞳にはどこか懐かしさがあった・・あの生ける骸骨のような姿の中で瞳だけが光を放っていた。

 あの綺麗な蒼い瞳はとても悲しそうだった。初めはナイフを所持してて恐ろしかったけど、今度会ったら

 瞳に隠された悲しみのわけを聞きたい。ああ、彼は本当に罪も無い人を殺しまくった殺人鬼なのだろうか?

 私にはどうしても信じられない。あれだけ沢山の人間を殺しまくったのならどうしてあれほど瞳の奥は澄んでいるのだろうか?)


、大丈夫?昨日の事件からあなたずーっと放心状態よ」

ずっと最近、口を利いていないハーマイオニ―が心配の余り声をかけてきた。

「聞いてるの、 ?」

ハーマイオニ―が大広間のテーブルで話しかけてきたが、彼女 はぼーっとしてテーブルの上の朝食に手をつけようとしない。

ロンはずっと離れたところの席で二年生の女子に昨夜の恐ろしい出来事を熱心に語っていた。

ハリーはロンの隣りにいたが、さっきから とハーマイオニ―の方ばかり見ていた。

彼女も昨晩、ブラックに襲われかけたので心配らしい。

(何故、ブラックは見ず知らずの私にキスしたんだろう?あんなに優しい仕草で・・)

はテーブルに肘をつきながら、ぼんやりと昨日の場面を思い出していた。

(なぜ?この前まではあんなにブラックのことを殺したいと思ってたのに・・あの人が両親を殺したのに・・どうしよう・・

 今は殺したいなんてこれっぽちも思わない・・実際に彼をこの目で見てから・・何かが違うような気がするのだ)

?どこ行くの?朝食全然食べてないじゃない!」

ハーマイオニ―はわけがわからずじまいだった。

「私は何を信じたらいいの?」

はそう小さく呟くと、ぼんやりと椅子を引いて立ち上がった。

「待ってよ、 、ねえ、聞いてる?」

ハーマイオニ―は食べかけの朝食をほっちらかして、慌てて椅子を引いて、大広間の入り口にふらふらと歩いていく彼女を

追った。

「おい、ハリーどこ行くんだよ!朝食食べ終わってないだろう?」

椅子を引いて、 すぐさま彼女を追いかけようとしているハリーにロンは声をかけた。

「ゴメン、ちょっと行ってくる」

彼はひとこと呟くと、入り口に向かって駆けていった。


「ねえ、どうしたのよ!しっかりしなさいよ!夕べ何があったの?」

階段のところでハーマイオニ―が を掴まえ、問いただした。

「キ、キス・・」

「はぁ?」

「キスされたの・・」

彼女はぼんやりと呟いた。

「キ、キスって!?ま、まさか、シリウス・ブラックに!?」

ハーマイオニ―は雷に打たれたような顔をして、後ろにこけそうになった。

「なぜ!?まさかあなたとブラックは知り合いなの!?」

ハーマイオニ―はワナワナと唇を震わせた。

「違うわ・・全然会ったことないのよ・・なのに・・」

はそっと呟いた。

ハーマイオニ―は大ショックで、それ以上、詳しく彼女から聞きだそうという気にはならなかった。

ハリーは階段の下の陰の部分で女の子達の会話を聞いてしまい、ハーマイオニ―よりも更に大ショックを受けていた。

彼はその場にヘナヘナとくず折れ、頭をかきむしった。


だが、その出来事を吹っ飛ばすような事件が訪れた。

魔法生物飼育学の授業中、フロバーワームの世話をしている最中にハグリッドが四人を手招きして一目につかない場所に連れて行ったのだ。

「これ、読んでみろや・・」ハグリッドはハーマイオニ―に湿っぽい羊皮紙を渡した。

「ビ―キーが負けた!?」 が羊皮紙を覗き込んで悲鳴を上げた。

「お前さんがたがいろいろ資料を調べて、それを俺にメモに書いて送ってくれたが、俺は法廷で上手くしゃべれんかったんだ。

 メモはぼろぼろになっちまうし、日付は忘れるし・・情けねえ、皆俺が悪いんだ!委員会はルシウス・マルフォイのいいなりだ」

ハグリッドの目から大粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。

「控訴があるじゃないか、まだ、諦めないで!僕たち準備してるんだから!」

ロンが熱をこめて言った。

「ロン、そいつはだめだ。さっき言っただろうが、委員会はマルフォイのいいなりだ・・

最初から公平な裁判なんぞなかったんだ。俺は残された時間をビーキーに思いっきり楽しませてやりてぇ・・」

ハグリッドはそれだけ言うと、踵を返し、ハンカチに顔をうずめて小屋に向かって走っていった。






「見たか、あの泣き虫!」

玄関ホールでマルフォイ達がしゃがみこんでゲラゲラと笑い転げていた。

「あんな情けないものをみたことがあるかい?バックビークは殺される!その時、あのウドの大木はどんな顔をするか

 見てみたいねぇ!」

マルフォイ、クラッブ、ゴイルはさっきのことを立ち聞きしていたのだ。

ちょうどハリー達はうかない顔をして、ホールの入り口まで歩いて来たところだった。

「この下劣な悪党、けがわらしい!よくもハグリッドのことを情けないだなんて!」

ハーマイオニ―、 はハリー、ロンが止める間もなく、彼らのとこへ大股ですっとんでいった。

「なんだ、穢れた血・・うわっ!何をする気だ!?」

女の子達は懐から素早く杖を取り出し、さっとマルフォイの喉に突きつけた。

「考えてることは同じね?」ハーマイオニ―が不敵な笑みを浮かべた。

「そうよ。あなたもね?」 もにやりと微笑んだ。

「や、や、やめてくれ、頼むから!な、僕が悪かった・・勘弁してくれ・・」

マルフォイは何とも情けない声をあげて二人に謝った。

とハーマイオニ―は顔を見合わせ、ドラコをにらみつけていたがしばらくして杖を下ろした。

「ハ、ハハハ・・」

マルフォイは安心したのか踵を返してハリー達のとこへ戻る女の子達を眺めた。

その時だ。突如、派手な音がしてマルフォイがどさりと倒れた。

「ちょ、ちょっと・・ハーマイオニ―!?」

はただもうびっくりして目をぱちくりさせ、彼女を眺めるばかりだった。

ロン、ハリーは口をあんぐり開けて驚いていたが、今、この場で拍手したい気持ちになった。

ドラコの顔に見事、ハーマイオニ―のストレートパンチが決まった。彼は突然の攻撃に後ろにあった石の壁に頭をぶつけたのだった。

ドラコ、クラッブ、ゴイルはただただ恐ろしくて、玄関ホールの中へ全速力でほうほうのていで逃げていった。



「いい気味!」

ハーマイオニ―はパンパンと手を叩いて嬉しそうに叫んだ。

「最高だよ!」

「君、すっごいいかしてるぜ!」

ハリー、ロンも興奮して、彼女の元へ駆け寄ってきた。

「ああ、あの時の金髪の顔ったら!思い出したら涙が出るわ!あなたって最高の魔女よ!」

は大感激してぐっとハーマイオニ―を抱きしめた。

「あの時はごめんなさい、ファイアボルトのことであんなに怒鳴ったりして悪かったわ」

はしばらくして抱擁を解き、彼女に深く頭を下げた。

、いいのよ。私のほうこそゴメンなさい。つまらない意地を張ってあなたに冷たい態度を取ってしまって・・私のほうこそ許してくれる?」

ハーマイオニ―も頭を下げてきた。

「もう怒ってないから・・ね、これからもあなたは私の大事な友達でいてくれるでしょう?」

は照れくさそうに彼女の手を取りながら言った。

「もちろんよ!私だって、こんな大事な友達は他にいないのだから大歓迎よ!」

ハーマイオニ―は若干照れながら、でも、しっかりと言った。

ロンはこの場の融和ムードに浮かされて、ハーマイオニ―にスキャバーズのことを謝ろうか、否か一瞬迷ったが結局辞めてしまった。

ハーマイオニーもロンに謝りたかったようだが、辞めてしまった。

ハリーとは残念そうに顔を見合わせた。




「ねえ、ここがどうしても分からないんだけど?」

「どこが?」

「全部!」

「うわ、これはややこしいわね・・この薬物は確か液体に垂らすと・・完全に溶けてしまって・・でも、液体の色は

 変化しなくて一番簡単に人を毒殺できるのよね・・致死量は・・・」


「へ〜、そうなんだ、でさ、ここは?」


談話室でハリーと は額を突き合わせて、スネイプの検出できない毒薬についての厄介なレポートを書き上げていた。

ハリーは羽ペンをせわしなく動かす彼女 の横顔をちらと眺め、(本当にブラックに彼女はキスしたんだろうか?僕はまだ

彼女にキスをしたことないのに・・)とついつい余計なことを考えてしまった。

「どうしたの?さっきから手がお留守よ」

が不思議そうに声をかけた。

「ああっ、ゴメン、ねえ 。ハーマイオニ―はあれだけ沢山のクラスを取ってるだろう?

 マグル学、数占い、古代ルーン語、呪文学、占い学、魔法薬学、天文学。まだあるだろ?どうやって全部の授業をこなしてるんだろう?

 不思議だと思わない?」

ハリーは慌てて、一番初めに頭に浮かんできた話題を持ち出してごまかした。

「そうよね〜確かにいくら彼女でも無理があるわね。あれ?あんなとこで居眠りしてる」

は暖炉の近くの特等席で、机につっぷしてぐっすり寝ている彼女を発見した。

「全く、勉強好きにも程があるわぁ。」

は首をふりふり、ため息をついた。

パトローナス・チャームの練習はこれで四回目に入っていた。

彼ら はおぼろげながら、パトローナスの姿を形作れるようになっていた。

ルーピンは非常に喜んでいた。ここまで二人が出来るとは思っていなかったからだ。


その夜、は不思議な夢を見た。

シリウス・ブラックだ。ほの暗いところに一人でたたずんでいた。

生ける骸骨のような姿ではない・・溢れるような笑顔、とてもハンサムで格好よかった。

は彼に近づいていった。だが、彼はどんどん、どんどん遠く彼女から遠ざかっていく。

「待って!あなたに聞きたいことがあるの!」

が叫んでも気づかない。

「本当に私の両親を殺したのはあなたなの!?」

は自分の声で目が覚めた。

涙がこぼれ、全身に冷や汗をかいていた。

完全に目がさえてしまい、眠れなかった。

仕方なく、彼女はナイトテーブルにある動物バージョンのポリジュース薬の瓶を取り上げて飲み干した。

彼女はあっという間に白のペルシャ猫の姿になった。


そのまま彼女は密かに女子寮を抜け出し、グリフィンドール塔を出た。

そして、真っ暗な廊下を一人で歩き始めた。

一方、その頃、男子寮ではハリーが、ヘッドボードにもたれて面白そうに忍びの地図を眺めていた。


「ピーター・ぺディグリュ―?え、彼は死んだはずじゃ・・」

「あ、今度は が出てきた・・どういうことだろう?」

彼は忍びの地図に浮き上がってきた二つの名前に目が留まった。


ハリーはどうしても気になってしまい、真っ暗な廊下を杖に明りを灯し歩いていた。

忍びの地図はとピーターの足跡をくっきりとかたちどっていた。

ピーター・ぺディグリュ―がこっちへ向かっている。

彼はどきっとして立ち止まった。

しかし、心配も束の間、忍びの地図のピーター・ぺディグリュ―の名前はハリー・ポッターの脇をすり抜け、逆方向に立ち去った。

「あ、れ、どこにもいないじゃないか?」

ハリーは杖の明りを大きくし、辺りをきょろきょろと見渡した。

「坊主、明りを消せ!まぶしくて眠れんよ!」

廊下にある肖像画の人物がハリーに怒鳴った。

「すみません・・」

ハリーは少し明りを落とした。

再び忍びの地図を覗き込んだ彼は心臓が止まりそうになった。

今度はセブルス・スネイプが近くの角を曲がってこっちにやってくるのが分かった。

「ノックス!」

ハリーはギョッとして明かりを消し、「いたずら完了!」と忍びの地図に向かって呟いた。

「ポッター!!」急に辺りが眩しくなった。角を曲がってきたスネイプが明りをつけたのだ。

「何をしている?夜中に出歩くことは禁じられているはずだが・・」

スネイプはこめかみに青筋を立てていた。彼はハリーをじっと眺めた。

「ポッター、ポケットの中の物を出せ!」

ここでスネイプは妙にハリーのパーカーが膨らんでいることに気づいた。

ハリーはおずおずとポケットの中の忍びの地図を差し出した。

「これは何かね?」

忍びの地図を受け取ったスネイプは言った。

「羊皮紙です」

ハリーは平静を装って答えた。

「我輩にはどうもそう思えんが?よろしい、この羊皮紙の正体を現してやろう!ホグワーツ校教師スネイプ教授が汝に命ず!

 汝の隠せし情報を差し出すべし!」

そんなことで騙されなかったスネイプはにやりとして杖で軽く地図を叩いた。

すると、地図の表面にするすると渦巻状の文字が浮き出てきた。

それらを読み終わったスネイプの顔はゆがみにゆがんでいた。

「ハリーかい?」

その時、暗がりから、顔が傷だらけのルーピンが姿を現した。

その手には真っ白なペルシャ猫もとい、 を抱いている。

「おやおやルーピン、月の光を浴びてそぞろ歩きですかな?」

スネイプが嫌みったらしく言った。

「その猫は何かね?」

スネイプは目ざとく、彼の腕の中で毛を逆立てて威嚇している猫を見つけた。

「ああ、これ?さっきそこの廊下で拾ったんだ。誰か生徒の飼っている迷い猫だろうけど・・」

ルーピンは微笑むと、この凍りついた場をほぐそうと猫を彼の顔に近づけた。

途端に猫は牙を剥き、スネイプに向かって物凄い唸り声を上げた。

「おや?セブルスのことがあまり好きじゃないみたいだね?」

ルーピンはクスクスと笑った。

ハリーも思いがけず噴出しそうになった。

「ところで、ルーピン。ポッターがこんなものを持っていた。検査したところ、この地図には闇の魔術が詰め込まれているように

見受けられた。君の専門分野なので分析は任せよう」

セブルス・スネイプはひどく不機嫌な顔をして、羊皮紙を彼に渡した。

「ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ・・なになに・・」

ルーピンは地図の内容を読み上げた。

も彼の腕の中から覗き込んだ。



彼女は羊皮紙を覗き込んで、思わず爆笑しそうになった。ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ、この四人

はそろいも揃ってスネイプ教授に侮辱の言葉を投げつけていたからである。それも彼女 が普段思っていることを全部代弁してくれ

ていたのである。

「セブルス、私が思うにこの羊皮紙は無理に読もうとする者を侮辱するだけのものに過ぎないように見えるけど?子供だましだが、

 決して危険じゃないだろう?ま、とにかくこの件は私が預かろう。おいで、ハリー。君に話があるんだ。」

ルーピンは羊皮紙の内容を読み終えてから、有無を言わせずハリーを連れて、暗闇の向こうへ消えていった。

「明りを消せといっとるのが分からんのか?」

後ろから肖像画の人物がスネイプに怒鳴っているのが聞こえた。






「先生――僕」

防衛術の教室に連れて行かれたハリーは弁解しようと口を開いた。

「事情を聞こうとは思わない」

ルーピンは手厳しく言った。

「これが、どうやって君のものになったのか私は知りたくない。ただ、君がこれを提出しなかったのには、私はおおいに驚いている。

 残念だが、ハリー。これは返してあげるわけにはいかないよ。それにハリー、この次は庇ってあげられないよ。君のご両親は

 君を生かすために自らの命を捧げたんだ。それに報いるのに、これではあまりに酷いんじゃないか?

 たかがこのような物にために、ご両親の犠牲の賜物を危険にさらすなんてね」

ハリーは惨めな気持ちになり、深くうなだれた。

もルーピンの腕の中でちょっと考え込んでいた。

「ハリー、すぐに寮に帰りなさい。寄り道しようと考えてはだめだよ。私はこの地図の使い方を知っている。

 もし、どこかで寄り道したら・・全部この地図に足跡が残るよ」

ルーピンは机の上にある忍びの地図をトントンと杖で叩きながら、ハリーに釘を指した。



「先生・・」

二、三歩行きかけた所でハリーは急に立ち止まった。

「何かな?」

ルーピンは猫を机に下ろしながら言った。

「その地図にさっき、ピーター・ぺディグリュ―の名前が出ていました。彼は死んだはずなのに・・」

彼は厳かに言った。

「そんなはずはない・・断じてありえない・・彼は死んだ。それにこの地図は嘘はつかない」

ルーピンはぼんやりと言った。

「あ〜あと先生、それの猫だと思います。」

ハリーは最後に机の上にいる猫を眺めながらおずおずと言った。

(ハリー、助かったわ!これで寮に帰れる!) は心の中で感謝していた。

「そうだったのか・・じゃあこの猫、寮に連れて帰りなさい」

ルーピンは残念そうに言って、ハリーに猫を渡した。

猫はよほど嬉しかったのか、彼の腕の中でごろごろと喉を鳴らしていた。




グリフィンドール塔に帰ってから、彼女はようやく変身を解いた。

「彼って最高の先生ね・・ハリーのこと庇ってくれた上、あんなふうに厳しく叱ってくれるなんて・・スネイプ先生だったらああも公平に

いかないわよ。きっと理由云々の前に問答無用で締め上げられるだろうし」

は窓枠に寄りかかりながら、感慨深げに呟いた。

「僕もそう思う・・ああ、今夜は何て軽はずみなことをしてしまったんだろうな・・」

ハリーは頭を抱えた。

「もう寝ましょう。明日に差し支えるわ。今日のことは心のどこかにつなぎとめておけば、二度と同じ過ちを繰り返さないわ。」

は軽く言うと、「おやすみ」と呟き、女子寮の階段を上っていった。

「あ、聞くの忘れてたけど、 って何であんなところにいたんだ?眠れなかったのかな?」

ハリーの今になって浮かんだ疑問は闇に消えた。




翌日、ハリー、 は揃いも揃って呪文学の時間に居眠りをしていた。

ハーマイオニ―、ロンはそれぞれ隣になった相方を突付いて起こそうとしていたが、二人は机に突っ伏して寝息を立てていた。

昨日の睡眠不足が原因らしい。



午後からは授業がなかったのでハリー、、ハーマイオニーは談話室のテーブルに額をつき合わせて三年になってから急激に

増えた莫大な宿題の山をこなしていた。

「こんなに沢山の科目どうやってこなしてるの?」

が変身術のノートのおさらいをしながら言った。

「え、ああ、そりゃ一生懸命やるだけよ」

ハーマイオニ―が答えた。

「いくつかやめれば?」

ハリーが提案してみた。

「何言ってるの?そんなこと出来ないわ!」

ハーマイオニ―が古代ルーン語の辞書を探しながら言った。

「数占いって大変そう」

ハリーが複雑な数表を摘み上げながら言った。

「私だったら絶対に取らないわね・・でも古代ルーン語って面白そう・・」

がルーン語の教科書をめくりながら言った。

慌しい足音が談話室に響いた。

「見ろ!」

ハーマイオニ―のテーブルに、ロンが荒々しく近づいて大声を出した。

「スキャバーズが!見ろよ!最悪の事態が起こったんだ!」

彼はハーマイオニ―の前で激しくシーツを振った。

「これが何か分るか?奴の血だ!」

「スキャバーズは消えた!それで、床に何が残ってたか分かるか?」

談話室にいた他の寮生がロンのあまりの怒りようにいっせいに押し黙った。

「い、いいえ」

ハーマイオニ―の声は震えていた。

ロンはハーマイオニ―の翻訳文の上にオレンジ色の猫の毛を何本か投げつけた。

「こ、これってクルックシャンクスの毛、それにこのシーツの血痕・・」

がロンの恐ろしい形相に怖くなっておずおずと言った。

「そうだよ!あの性悪猫の毛だ!どうしてくれるんだ!?」

ロンは激怒していた。


それからハーマイオニ―とロンの仲は今まで以上に険悪になった。

とハリーはハーマイオニ―に意見こそしなかったが、状況証拠ではクルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったんだろうと

二人だけの時にこっそりと言い合った。

ロンはペットを失ったことで心底うちのめされていた。


はこの二人が仲直りすることはもう永久にないんじゃないかと一人やきもきしていた。

ハリーにそのことを言うと「今の段階では僕たちに出来ることは、そっとしておいてあげるしかないんじゃないかな?」という返答だった。



占い学では水晶玉の授業が始まっていた。


「水晶占いはとても高度な技術ですのよ」

トレロー二ー先生はそういうと、辺りを凝視した。

「まず、意識と、外なる眼とをリラックスさせることから練習を始めましょうね」

ロンはハリーの隣りでテーブルに突っ伏して居眠りをしていた。

「そうすれば、「内なる眼」と超意識とが顕れましょう。幸運に恵まれれば、皆様の何人かは、この授業が終わるまでには

 「見える」かもしれませんわ」

トレローニー教授は夢見る口調で言った。

そこで皆は実践してみた。

「何か見えた?」

ハリーが15分ほど経ってから隣りのテーブルのとハーマイオニ―に聞いた。

「まったく時間の無駄よ!もっと役に立つことを練習できたのに!」

ハーマイオニ―がブツブツと言った。

はじっと玉を覗いていた。さっきから何かが玉にうっすらと映りこんでいたのだ。

彼女は心の眼で見てみようとすっと瞳を閉じた。


・・・」

誰かが、誰かが私を呼んでいる・・玉の奥から声がする。

彼女はうっすらと瞳を開けた。

男性だ・・玉の表面にくっきりと浮かび出てきたのは・・黒い髪、蒼い目・・とても若いしハンサムだ・・どこか懐かしい感じもする。

はしばらく水晶球に視線が釘付けになった。

「ミス・ ?何か見えましたの?」

トレローニー教授が近づいてきて言った。

「え、はい・・何だかよく分からないけどぼんやりと・・」

すでにさっき一瞬映った男性の姿は消えていた。

はおかしいなと首を傾げた。

「やはりあなたには占い学という高貴な技術に必要なものがほとんど揃ってるようですわ。私、あなたが教室に

 現れた時から分かっていましたの・・優れた内なる眼と超意識・・まあまあこんな素質を持った生徒にお眼にかかるのは

 何年ぶりでございましょ?」

教授は嬉しそうに言うと隣りのハリーの水晶球を覗きに行った。



ハリーは途端に気が重くなった。案の定トレロー二先生は水晶球を覗き込んでこれまでと同じ予言をし始めた。

「ここに何かありますわ!まあ、ここにこれまでよりもはっきりと・・ほら、あなたの方に忍び寄り、だんだん大きく、死神犬

 のグリ・・」

「いいかげんにしてよ!」

ハーマイオニ―が大声をあげた。

「また、あの馬鹿馬鹿しいグリムじゃないでしょうね!」

斜めにいたラベンダーとバーバティが彼女を睨んだ。

トレローニー先生はハーマイオニ―の手を取り、悲しそうにささやいた。

「まあ、あなたにこんなことを申し上げるのはなんですけれど・・あなたはまだ若いのに心は老婆のようにしなびてる。

 はあ・・それにあなたには「占い学」という高貴な技術に必要なものが備わっていませんの・・まったくこのような俗な心

 を持った生徒に未だかつてお眼にかかったことはありませんわ」


「結構よ!ええ、もう沢山!結構だわ!やめた!私出て行くわ!」

ハーマイオニ―はカッとなり、唐突にそういうと、立ち上がり、自分のテーブルにあった水晶球を手で振り落とし、床に叩きつけた。

そして大股で教室を横切り、出口へ駆けていった。


「私、何か悪いこといいましたかしら?」


トレローニー教授が近くにいた に尋ねた。


イースター休暇には三年生はまたかつて無いほどの宿題を出された。

ネビル・ロングボトムはほとんどノイローゼだったし、

シェーマス・フィネガンは談話室で「もうすぐ、聖パトリック祭も近いのにこの量はきついぜ!」と吠えた。

聖パトリック祭とはアイルランドの守護聖人の祭りで、ホグワーツでは今年三月十七日に久方ぶりに行われる。

シェーマスはアイリッシュ(アイルランド人)なのでこの祭りが開かれるのをとても楽しみにしていた。

「昔、父さんの頃に一回やってたんだけどさ。その時の校長がアイリッシュだったんだと思うけど」

シェーマスは目を輝かせてあれやこれやと聖パトリック祭のことについてディーンに喋っていた。



「ねえ、 、今、タロット占いをラベンダーとやってるんだけどあなたも参加しない?」

談話室で とハーマイオニ―が宿題をやっているとバーバティが声をかけてきた。

「え〜う〜ん・・今、いそがしいんだけどね〜」

は羽ペンを動かしながらごにょごにょと言った。

「いいじゃない〜やろうよ〜ね、ちょっとだけだから、さ、一枚引いて・・」

ラベンダーの押しに はしょうがないなぁという顔をしたが、彼女が両手で握っている沢山の裏向きカードの中から、

一枚引いてやった。

「はい、引いたわね、そのカードは現在あなたが悩んでいること表しています。さて、何かな〜」

バーバティはの引いたカードを取り上げ、表向きにした。

「あら、恋愛のカード?やっぱり私達の思ってたとおりだわ!」

ラベンダーはカードを覗き込むと嬉しそうに言った。

「え?違うわよ〜たまたまこのカードが当たったのよ!」

は真っ赤になって否定した。

「しかもこの引いたカード運命のカードだわ!へ〜あなたには誰か運命の相手が近づいてきてるんだわ〜」

ラベンダーがカードの模様を見て驚きの声をあげた。

「ま、とりあえずそのカードあげるわ。自分で持っててもいいし、誰か好きな人にあげてもいいわよ!」

パチルはそういうと、 の手に無理やりそのカードを押し付けた。

「馬鹿馬鹿しいわ」

ハーマイオニ―が隣りで小さく呟いた。

「そんな非科学的なもの当たるわけ無いじゃない・・」

ハーマイオニ―はまたも呟いた。

だが、 はしばらくそのカードをじっと眺めていた。



しばらくしてようやくファイアボルトが厳密な検査を無事クリアし、ハリーの手元に戻されてきた。

「ハリーよかったな!これで次のレイブンクロー戦に出られるぞ!」

ウッドがクィディッチの練習中に近づいてきて嬉しそうに言った。

ロンもスキャバーズのことを束の間忘れて、箒の試し乗りをさせてもらっていた。

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