「リ、リーマス・・・き、聞いてくれぇ・・シ、シリウスはわ、私を殺そうとしたんだ・・

 き、君なら信じてくれるだろう!」

ぺディグリュ―は何とも情けない顔でルーピンの膝に取りすがった。

「ああ、そう聞いていたよ」

ルーピンの声は絶対零度の冷たさになり、取りすがるぺディグリュ―を物凄く嫌な顔をして、引き離した。


「こいつはジェームズ、リリー、エイミー、デニスを殺したんだ!今度は私を殺そうとしている。お願いだ・・

 リーマス、助けておくれ!!」

なおもルーピンの膝にとりすがろうとするぺディグリュ―をブラックはこれ以上無い、憎悪の目で睨みつけていた。

「話の整理がつくまでは君を殺しはしない」

ルーピンが膝に取りすがるぺディグリュ―を引き剥がしながら言った。

ぺディグリュ―はドアの方へちらと視線を反らせた。

「シ、シリウスはヴォルデモートのスパイだ!だ、だからあの難攻不落のアズカバンを抜け出せたんだ!!

 れ、例のあの人がこいつに何か術を教え込んだんだ!!た、頼む、し、信じてくれ、リーマス!!」

脱出口があのドア一つしかないと分かるとぺディグリュ―は狂ったように弁明し始めた。


「ヴォルデモートが私に術を?ハン、ふざけるな!!よくもそんなことをぬけぬけと!!」

ブラックのドスのきいた声にハリー、 、ハーマイオニ―、ロンはヒィッと小さく身を縮めた。

「私がいつあのろくでもない闇の陣営に下った?しかし、迂闊だった。なぜ私はもっと早くお前をあいつのスパイだと

 見抜けなかったのか。おまえはいつも、自分の面倒を見てくれる親分にくっついているのが好きだったな?

 私とリーマス、それにジェームズ、ああそれからもう一人いたな・・デニスが来てからは私達より、お前は奴の後をくっついて

 回っていたなぁ・・デニスはお前が私達の中で一番、害がないと思って親しくしていた」


はブラックの話を聞いて、父親がこんな男と親しくしていたのと思うと、くやしくて腹が煮え繰り返った。

また手ががくがくと震え、目がしみて来た。

ハーマイオニ―が横から、崩れ落ちそうになる彼女をそっと支えた。

それからブラック、ルーピンとぺディグリュ―の間では激しい議論が交わされた。

秘密の守人にピーターがなって両家を例のあの人に売ったこと、

例のあの人の状態、なぜ、スキャバーズがハリーと同じ寝室にいて彼を傷つけなかったのかということ、

ブラックがアズカバンを脱獄できた真の理由。

次々と溢れ出る新事実。話を聞いた四人はかなり困惑していた。なんて迷宮極まりない出来事だろうと。



「信じてくれ・・ハリー、お嬢さん・・」

話にようやく区切りがつくと、ブラックはハリー、 をあの透き通った綺麗な目で見た。

二人共、今度は目を反らさなかった。

「信じてくれ・・ハリー、お嬢さん・・・私は決してジェームズ、リリー、エイミー、デニスを裏切ったことはない。

 確かにデニスは嫌いだが、それでも私は彼らを裏切るぐらいなら死ぬ方がましだ・・」

ハリー、 は互いに顔を見合わせた。

もう二人共意思は決まっていた。

信じるか、信じないか、二つに一つだ。

ハリーは黙って頷いた。彼は声が出ないようだった。

「ようやくほんとにあなたを信じられる・・今までは、半分あなたを疑ってたけど・・」

は溢れ出そうになる涙をこらえながら、嬉しそうに彼の手にそっと触れた。

ブラックは二人の反応に心から喜びをかみしめたようだった。



「ダメだ!!」

ピーターは二人が完全にブラックの味方についたことが分かると、ブラックの側ににじり寄り、彼の囚人服の袖をつかんだ。

「シリウス・・私だ・・ピーターだ・・君の友達の・・」

「けがわらしい!!触るな!!私のローブは十分に汚れてしまった。この上お前の手で汚されたくない!!」

ブラックはそういうと、ピーターを足で思い切り蹴飛ばした。


「リーマス!!」

ピーターは今度はルーピンの方へ向き直り、許しをこうように跪いた。

「き、君は助けてくれるだろう?」

「もうやめた方がいい・・ピーター、見苦しいよ・・」

ルーピンは穏やかな口調で言うと、シリウスを見た。

「すまない・・リーマス、君に迷惑をかけてしまって・・」

ブラックは言った。

「気にするな・・パッドフット。私も君に謝らなければいけないことがある。私は一度だけ君を例のあの人のスパイだと

 疑ったことがある・・許してくれるかい・・」

ルーピンは袖を捲り上げながら言った。

「もちろんだ・・ムーニー」

ブラックはかすかに微笑んでから袖をまくり始めた。

「一緒に殺るか?」

「ああ、そうするよ」

ブラックとルーピンは杖を振り上げてじりじりとピーターに迫った。



「ロン!助けてくれ!!私はいい友だっただろう?お願いだ・・私を殺させないでくれ!」

ピーターは何とか助かろうと、目にも止まらぬ速さでロンの側に駆け込んだ。

「自分のベッドにお前を寝かせてたなんて!!」

ロンは思いっきり不愉快な目でピーターを睨んだ。

「やさしい子だ・・こんな私に情けを・・・ご主人様・・」

ピーターはロンの方へ這い寄ったが、ロンは折れた足を必死にねじり、ピーターの手の届かないところへ遣った。


「ああ、お嬢さん!!やさしい、賢いお嬢さん!!あなたなら助けてくれますよね?」

ピーターは今度はハーマイオニ―の側に駆け寄り、彼女のローブをひしと掴んだ。

「やめて!」

ハーマイオニ―は顔を思いっきりしかめ、ローブを引っ張り、ピーターの手の届かない所まであとずさった。

ピーターは震えながら、跪き、ハリー、 に向かってゆっくりと顔を上げた。





「ああ、 ・・君はお母さんに生き写しだ!!ハリー・・君もお父さんに生き写しだ!!

そっくりだ・・」


「やめろ!ピーター!!」

その声を聞くと、ブラックとルーピンは恐ろしい形相でピーターを凄い力で二人の側から引き離し、床に叩きつけた。

「ハリーやお嬢さんに話しかけるとはどういう神経だ?」

「ハリーやお嬢さんに顔向けができるか?二人の目の前でジェームズとエイミーのことを持ち出すなんて、どの面下げて

 出来るんだ!!」

ブラックは大声で怒鳴った。


「わ、私は私は怖かった・・あの闇の帝王はあらゆるところを征服していた。あ、あの方にし、従うしかなかったんだ。

 じゃないとシリウス・・私がこ、殺されかねなかったんだ!!」

全ての望みを失ったピーターは哀れっぽくブラックに訴えた。

「それならお前がいっそ死ねばよかったんだ・・」

ブラックが声を震わせた。

「なぜあの善良なエイミーやジェームズ、リリーが死ななければならず、このろくでもなしのお前が生き残った!?

 え?デニスもお前に比べりゃ死ぬ必要はなかった・・あいつはエイミーを庇って、真っ先に無残な死を遂げた!!

 私は友を裏切るぐらいなら死を選ぶ!」


「その通りだ・・お前は気づくべきだったな・・ヴォルデモートがお前を殺さなければ我々がとどめを指すと・・

 ピーターさらばだ・・」

ルーピンが静かに言った。


「やめて!!」

ハリー、 が駆け出して、ピーターの前に立ちはだかった。

「殺しちゃだめだ」

ハリーは言った。

「そうよ、早まらないで!」

までもが言った。

、何を言ってるんだい!?」

ルーピンが驚いて叫んだ。

「ハリー、こいつのせいで君のご両親は殺されたんだぞ!!」

ブラックが吠えた。


「こいつに最もふさわしい場所がある・・それはアズカバンだ。あそこほどこいつにふさわしい場所はない」

ハリーが言った。

彼が彼女の顔を見たので、 は黙って頷いた。

「ハリー、 ・・ありがとう・・君たちはこんな私に・・」

ピーターは交互に頭を深く下げ、二人に礼を言った。

「やめろ、おまえのためにやめたんじゃない!勘違いするな!!」

ハリーははき捨てるように言い放った。

「ああ、 ・・君は美しく、慈愛に満ちている。ほんとうに何といったらいいか・・」

ピーターの自分に対する賛美の言葉にはムッと胃がひっくり返る思いがした。

「それ以上いったら殺すわよ!けがわらしい!そんな言葉なんか聞きたくないわ!!

 私がハリーの意見に同意したのはこんな卑劣な奴の為じゃない。先生やシリウスさんが殺人者になるのがたえられなかった

 から、ただそれだけよ!」

彼女はかんかんになって、杖をピーターの額に突きつけた。

杖からは今にも火花が飛び出そうだった。

「ありがとう、 。とりあえず危ないからその杖を下ろしなさい」

ルーピンがギョッとして彼女の腕を慌てて下げさせた。

「なあ、リーマス、こいつ縛っといたほうがいいと思うが・・」

ブラックがピーターを睨みつけながら言った。

「ああ、シリウスそうした方がいいね」

ルーピンが軽く頷くと、シリウスはすかさず、杖から細い紐を出し、ピーターをぎりぎりときつく縛り上げた。

「おい、ピーター。もし変身でもしたら・・やはり殺す・・」

ブラックが杖をピーターに突きつけながら唸った。

「ハリー、 、それでいいね?」

ルーピンが横から言った。



「あの、スネイプ教授はどうしましょう?」

ハーマイオニ―がベッドを指差しながら言った。

「もちろん連れて行かなきゃ・・」

ルーピンがスネイプの状態を調べながら言った。

「いっそここに置いていくか?なあ、お嬢さん?」

ブラックが横にいたにいたずらっぽく言った。

「駄目ですよ、シリウスさん。ここに置いといたら後でどうなるか分からないですよ」

が意味ありげな発言をした。

「そうか?それは残念だ。しょうがない・・こいつも連れて行くか」

ブラックはそういうと、杖を振り上げ、スネイプを空中に浮遊させた。



「ルーモス!」

、ハーマイオニ―、ハリーは杖に明りを灯した。

トンネルを出るのが一苦労だった。辺りは完全に闇に包まれていたからである。

先頭は足の折れたロンを両側から担ぎ、歩くハリーとシリウス。

その次にハーマイオニ―、が続き、ルーピンは最後尾でピーターに縄をつけて歩かせていた。

スネイプは後からブラックのかけた魔法により気絶したまま、彼らの後をだいぶんうしろから浮遊してついてきた。

「すまないな・・普段の私は行儀のいい犬なんだが・・」

ロンに向かってシリウスは何度も自分のしでかした足の怪我を謝っていた。

「僕、足を切断することになるかもしれない・・」

ロンは傷口の広さを見て、悲しそうにうめいた。

「大丈夫よ、ポンフリー先生ならその傷ぐらい治せるわよ!」

ハーマイオニ―が後ろから明るく声をかけた。



シリウス、ロン、ハリーはようやく暴れ柳の穴の外に出た。

柳の木はルーピンがここに来る時、回転を止める木の幹のこぶを押していたので静かに風にたなびいていた。

シリウスはロンを担ぎ上げ、暴れ柳から少し離れたところに彼を下ろした。

ハリー、ハーマイオニ―、がそのすぐ後に出てきて、ロンに付き添った。

シリウスはふらふらと何かを見つけたように歩き出した。

ハリーはシリウスの後をついていこうとしたが、ロンがいるので踏みとどまった。

「ロンのことは私に任せて」

ハーマイオニ―はそんな彼に優しく促した。

「あなたも行ったほうがいいわ、 。」

ハーマイオニ―がこっちを見ているシリウスに気づいて彼女をこづいた。


シリウスはホグワーツ城が見えるところにいた。

月の光を受けて美しく城は輝いていた。

二人 はシリウスの下へ駆け寄ってきた。

「ここは美しいところだ・・自由の身になってもう一度ここへ来たい」

シリウスは城を見上げて呟いた。蒼い目が月光を受けてきらきらと輝いた。

「きっと来れますよ」

が後ろからスッと彼の隣りに来た。

「僕も。シリウスがここへ来られる日を楽しみにしています」

ハリーも彼の左隣に来て嬉しそうに言った。

シリウスはとても嬉しそうに微笑んだ。

「ピーターを引き渡せば、あなたはようやく自由を手に入れられることが出来るのね」

は嬉しそうに彼の顔を見上げて言った。

「そうだ・・私はどれほどこの時を待ったか・・」

シリウスは嬉しそうに言った。

「ところで、ハリー、あの・・か、考えてくれないか・・・私の汚名が晴れたら・・もし、君が・・別の家族が

 欲しいというなら・・私と一緒に暮らさないか?いや、こんなことを言うなんてとても厚かましいことだと思う!

 君は今の叔父さんや叔母さんと暮らしたいと思うし・・」

シリウスは恥ずかしそうにどもりながら言った。

「な、何をいうんですか?僕、叔父や叔母と一緒に暮らしたいなんて今まで思ったことはありません!

 だいたい叔父や叔母は僕をのっけから邪魔者扱いしてるし!!僕はあなたとともに

 どこか静かなところに住みたい。大空が果てしなく広がり、燃えるような緑のあるところに!」


「そうしたいのかい?本当に?」

シリウスがハリーに驚いて尋ねた。

「ええ、本当です!!」

ハリーははっきりと答えた。

二人の側では嬉しさの余り、両手で顔を埋めて嬉し泣きしてしまった。

(この人といればハリーはやっと幸せになれるのだ。彼ならハリーのいい父親になれるだろう)

彼女は二人を見上げてそう思った。

シリウスは今や心の底から笑っていた。

笑うと10歳近く若返った顔が見えた。

が水晶球で見た男性はこの人だったのだ。

自分と同じ黒髪、透き通るような蒼い瞳。快活に笑うハンサムなその姿。

この人だ!間違いない。彼女は心の中で密かに納得した。




「あ、ルーピン先生!」

後ろからハーマイオニーの悲鳴があがった。

嫌な予感がして三人は振り返った。

シリウスは真っ先に駆け出した。

「ロン!」

、ハリーも慌てて駆け出した。

「リーマス!!」

シリウスが叫んだ。


「どうしましょう!あの薬、脱狼薬を飲んでないんです!!危険よ!!」

ハーマイオニ―がリーマスの前に立ちはだかったシリウスに呼びかけた。

「逃げろ!早く!私に任せて、逃げろ!!」

シリウスが後から追いついてきた二人に向かって叫んだ。



恐ろしい雄叫びが聞こえた。ルーピンが満月の光を浴びて、徐々にその姿が変形していくところだった。


「リーマス、落ち着け!君は人の心を失ってはいけない!!」

シリウスが変形していく友に飛びついた。が、ルーピンは理性をとっくに失っており、彼を両手で簡単に遠くに投げ飛ばした。

恐ろしい音が鳴り、ルーピンの頭が伸び、背中が盛り上がり、全身に毛がみるみるうちに生え出した。

鍵爪が生え、ついに変身が完了した。

恐ろしくて逃げ遅れた四人はじりじりと一箇所に固まった。

ルーピンが立っていた場所には狼人間がいた。




「ル、ルーピン先生・・」


勇敢なハーマイオニ―が恐る恐る呼びかけた。

狼人間はじっとハーマイオニ―を見た。

そして弱弱しく鳴いた。

「お願いだからいい子にして・・」

ロンが震えながらうめいた。

しかし、彼の怯えきった声を聞くと狼人間はまた遠吠えをした。


彼は牙を向き、腰を低くした。

芝生を刈る音がした。

遂に狼人間が四人に飛びかかった。

ハーマイオニ―はロンを突き飛ばし、ハリーはを突き飛ばし、二手に分かれ、地面を転がった。

狼人間は目標物を失って地面に激突した。

「こっちよ、おいで!!」

はロン、ハーマイオニ―に狼人間が襲いかかろうとしているのを見て、後先考えず、彼の背中に木の枝を投げつけた。

狼人間は思わずこちらを振り向いた。

そして 、ハリーにねらいをつけじりじりと近づいてきた。

「ハリー、私が彼をひきつけるからその間にロンのとこに行って!」

は叫んだ。

「何いってるんだよ!?君一人だと殺されるぞ!」

ハリーは狼狽して叫んだ。

だが、彼女 は返答する前にもう猫の姿になっていた。

彼女は牙を剥き、すごい唸り声を上げて狼人間を威嚇した。

狼は突然現れたネコにたじろいだようだった。

一瞬の隙をついて彼女はジャンプし、狼人間の顔を引っかいた。

狼は突然の攻撃に悲鳴を上げ、その場にうずくまった。

彼女はすかさず、ハリーがまだ近くにいるので二回目の攻撃を加えるため、狼人間に飛びかかった。


だが、二度目の攻撃は狼に読まれてしまい、彼女は狼のするどいパンチで吹っ飛ばされ、地面に思いっきり叩きつけられて意識を失った。

ハリーは恐ろしさのあまり、その場から動けない。

彼女の変身は解け、人間の姿でその場に横たわっていた。


狼は素早く、倒れた彼女の下へ駆けていった。

彼女が身動きひとつしないで横たわっていたのを確認すると、狼は爪を光らせ、彼女の前にかがみこんで

とどめをさすために腕を振り上げた。

バシッ!

ハリーだ。彼は慌てて近くにあった太い木の棒を拾い、後ろから狼の頭を思いっきり殴りつけた。


狼は悲鳴を上げるとハリーの方を向いた。

ハリーはぶんぶんと木の棒を近づいてくる狼目がけて振り回した。

狼が飛んでハリーに襲い掛かった。

彼は下敷きにされ、狼が自分を噛めないように木の棒を狼の牙に押し付けた。

だが、木の棒は簡単に食いちぎられてしまった。


ハリーは慌ててその場から逃げようとしたが、狼が後ろからハリーの衣服のフードを噛んで引っ張った。

嫌な音が響いた。

意識を失った彼女が息を吹き返し、またしても木の棒を拾い、

後ろから狼の背中を思いっきり殴りつけたのだ。

狼の矛先は に向かった。

彼女は棒を構え、向かってくる狼の肩、腰、頭を所構わず殴りつけた。

「いやああっ!!」

が狼に飛びかかられた。

彼女は狼に押さえつけられ、身動きが出来ない。

牙を向いて、狼が彼女を噛もうとした。とっさに彼女は右手で持っていた棒を牙に押し付けた。

狼が慌てている隙に彼女は身をよじって狼から逃れようとした。

だが、狼はそれを見逃さず、棒を凄い力で噛み切り、彼女の衣服のフードに噛み付き、そのまま彼女を振り回した。

ポ―ンと彼女は投げ飛ばされ、地面に落ちた。

が顔を上げると、そこにはすかさず飛んできた狼の恐ろしい姿があった。

狼は起き上がろうとする彼女を前足でドンっとつくと、地面に押し倒した。

は声にならない叫びを上げた。

狼はにしっかりと身動きできぬ様、覆い被さると、彼女の首下に恐ろしい唸り声を上げて、牙を近づけた。

「誰か・・助けて・・」

は気が遠くなった。思わず目を瞑った。


大きな吼え声とともに何か黒い物体が横から乱入してきた。

それとともに狼は彼女の上から消え去った。


は恐る恐る目を開けてみた。彼女の目の前には大きな黒犬が彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた。

狼は犬の体当たりで、景気よく吹っ飛ばされ、体勢を少し離れたところで立て直そうとしていた。

犬は短く吠えるとに向こうに行けと合図した。

次の瞬間、狼が黒犬目掛けて飛び掛ってきた。

はハリーのところへ慌てて走っていき、ロン達のもとへ向かった。


狼と犬はがっちりと互いの体に牙を突き刺しあっていた。

肉が裂け、血が飛び散った。

「シリウス!!」

二人はロンとハーマイオニ―の下へ駆けていく途中で、鋭い悲鳴で後ろを振り返った。

犬が、狼に軽々と吹っ飛ばされている。

地面に倒れた黒犬はそれでも立ち上がり、ハリー達のところへなおも向かおうとする狼の首に思いっきり噛み付いた。

狼は甲高い悲鳴を上げ、もんどりうって土手を犬とともに転がり落ちていった。


ハリー、 はシリウスに逃げろと警告されていたのに、この壮絶極まりない戦闘に心を奪われその場に立ち尽くしてしまった。

ぺディグリュ―、ロン、ハーマイオニ―は少し離れたところでこの血なまぐさい修羅場を目撃していた。

ぺディグリューは恐ろしさの余り、顔を覆い、その場でガタガタと小刻みに震えていた。

ハーマイオニ―はしっかりとロンを抱きしめていた。

彼の足の傷は疼き出し、もう一歩も歩くことが出来ない危険な状態だった。

その間にぺディグリューは側に落ちていたルーピンの杖をこっそりと拾おうとしていた。



「ハリー、 、ぺディグリュ―が!」

ハッとそれに気づいたハーマイオニ―が大声を上げた。

「待て、ぺディグリュ―!」

ハリー、 はその声でハッと我に返り芝生をメチャクチャに駆け、森へ逃亡を図ろうとしているピーターの下へ向かった。

「エクスペリアームズ!!」


ハリーが杖を取り出してその先をぺディグリュ―に向けた。


杖が景気よく彼の手から吹っ飛んだ。

だが、すでに遅かった。


ピーターは二人に に嫌な微笑を浮かべ、手を軽く振ると、するすると変身し、あっという間に小さなネズミの

姿になってキーキー言いながら、タタッと地面を蹴り、物凄い勢いで暗い闇へと姿を消してしまった。

「シリウス、ぺディグリュ―が逃げた!!」

ハリーは大声で叫んだ。

弱弱しい泣き声が闇に響いた。

「シリウス!」

が悲鳴を上げた。

視線の先には至る所から血を流し、喚き、徐々に人間の姿に戻り、嫌な音を立てて土手を転げ落ちていくシリウス。


狼が凄い勢いで、ロン、ハーマイオニ―、 シシ― 、ハリーの下へ走ってきた。

爪をとぎ、四人に襲いかかろうとじりじりと間を詰めてくる。

後ろには暴れ柳、四人は一ヶ所に固まった。


「ス、スネイプ先生!?」

「先生、どうして!?」

四人は口々に悲鳴を上げた。

は目を疑った。

先ほどまで伸びていたスネイプが起き上がり、サッと四人の目の前に飛び出して狼の直接攻撃をもろにくらったのだ。

腹からタラタラ血を流しながら、スネイプは後ろ向きに倒れた。


「先生っ、しっかりしてください!!」

は自分の目の前に倒れてきたスネイプを抱きとめながら悲鳴をあげた。


狼がじりじりと近づいてくる。

四人は絶望した。



遠く悲しげな声が森の奥から響いた。

狼はサッとその声の方向にに振りかえって、四人から目を反らした。

また、その声は森の奥から響いた。

完全に気をそがれた狼は芝生を駆って音源の方向へと走り去った。

「シリウスが大変だ!」

ハリーは狼が走り去るとすぐに彼の倒れた方向へ駆け出した。



「待って!!」

は嫌な予感が頭をよぎり、スネイプをそっと木の根元に寝かせると、彼の後を追った。

「馬鹿者、どこへ行く!?戻ってこい!!」

後ろからスネイプの苦しそうな声が追いかけてきた。


「ハリー、シリウスが!かなり怪我してる!」

「こっちだ!」

は物凄い勢いでハリーに追いつき、二人はごつごつした地面を駆け、からみあう枝を潜り抜け、走りに走った。

森は深く、行く手を闇が遮った。








、ハリーは急斜面を駆け下り、滑り、枝に顔を引っかかれながら、むちゃくちゃに駆けた。

とうとう森を抜け、湖に出た。

シリウスが岸辺に身動き一つせずに横たわっていた。


「シリウス!!」

が彼の傷だらけの姿に悲鳴を上げた。二人は慌てて、彼の側に駆け寄った。

二人は彼に必死で呼びかけ、揺さぶった。

「ああ・・お嬢さん、ハリー、無事だったのか・・」

シリウスはうっすらと目を開けた。

「ああ・・こんなに酷い傷が・・・」

が涙を流しながら、狼の爪に何度も引き裂かれた傷に触れた。

「シリウス・・何てことだ・・僕達をかばってこんなんことに・・」

ハリーがぼろぼろと涙を流しながら彼にすがりついた。

「ああっ、やめろ・・」

突然、シリウスが目をはっきりと開け、ガタガタと震えだした。


が悲鳴をあげた。

湖の水面がだんだんと凍りついていく。

空に暗雲が立ち込めた。満月が雲に完全に隠れ、全ての音がやんだ。


、上・・」

ハリーが一点を指差し、声にならない叫びを上げた。

が空を仰ぎ、悲鳴を上げた。

吸魂鬼だ。大勢が真っ黒な塊になって、湖の周りからこちらにぞろぞろと近づいてくる。

ブラックが悲鳴を上げた。一番近くにいた吸魂鬼が彼のエネルギーを吸い取っていくところだった。

「エクスペクト・パトローナム!」

ハリーは杖を掲げ、すかさず叫んだ。

だが、守護霊が出ない。

彼は極度に怯えている。

彼の側にも吸魂鬼がせまっていた。

ハリーの鋭い悲鳴が上がった。彼のエネルギーを吸魂鬼が吸い取ろうとしていた。


「エクスペクト・パトローナー―ム!!」

はもう迷っている暇はなかった。杖を掲げ、大声で力の限り叫んだ。

銀色の細い閃光がほとばしり、ハリーのエネルギーを吸い取ろうとしている吸魂鬼に直撃した。

吸魂鬼はその場から、驚いて分散していった。

「ハリー、助けて!私一人の力じゃ長くは持たないの!」

は冷や汗と恐怖と必死に戦い、懸命にパトローナスを作り出し、一人、また一人と側に来る吸魂鬼を弱弱しい光で、撃退していた。

!!」

彼女のおかげで正気に戻ったハリーは杖を掲げて再び叫んだ。

「エクスペクト・パトローナム!!」

杖先から銀色の細い閃光がほとばしり、 彼女の側に何人も近づいていた吸魂鬼を押し返した。


鋭い悲鳴が上がった。

二人が弱弱しいパトローナスを作り出して、懸命に自分達の半径わずか1メートル以内を死守していた隙を拭って、

別の何人もの吸魂鬼がブラックの体を通り抜け、彼からエネルギーを吸い出していた。

「シリウス!!」

ハリーは叫んだ。

彼は地面に崩れるように落ち、ぐったりとして遂に動かなくなった。

ああ、もう駄目だ。

二人は同時に思った。

最後の頼みのパトローナスの光が完全に消えた。


それと同時に何十人もの吸魂鬼が二人の側へどっと押し寄せ、二人の体を通り抜け、次次と生命エネルギー、幸福な

思い出などを奪っていった。

腐ったような息がかかった。二人 は吸魂鬼が自分の上に覆い被さっているのを薄れる意識の中で見た。

虚ろな眼窩とかたちの無い穴、無数の雑音。

もう自分の力ではどうすることも出来ない。

、ハリーは自分をすっぽりと包んでいる果てることのない霧の中で思った。







突然、目もくらむような光が二人を照らした。

だんだん強く、明るく、こちらに近づいてくる。

薄れゆく意識の中で 、ハリーは力を振り絞り、なんとかその光の正体を見極めようとした。

何かが、吸魂鬼を追い払っていた。

二つの物体が、大勢の吸魂鬼の周りををすごい勢いで駆けていき、彼らを追っ払っていた。

二人はその物体が、湖の向こう岸に駆けて行き、止まるのを眺めていた。

一つは眩く輝く銀色の物体、もう一つは燃えるような炎の塊のような物体。

はそれを見て、かすかに微笑んだ。

彼女は先ほどまでの緊張が解け、とても穏やかな気持ちになってきた。

瞼が重い。今はこのまま眠りたい。

ハリー・・もう彼の意識はないのが分った。

シリウス、私達助かったのよ。

彼女の意識はそこで途切れた。

彼女はシリウスの上に覆い被さるように倒れて動かなくなった。


彼らの真上には美しい満月が、湖を照らしていた。







彼女は夢を見ていた。

何千本もの天井から垂れ下がる、ろうそくの眩い光。

大広間のステンドグラスは煌々と輝き、広間の中央にはあの若く、ハンサムなシリウス・ブラックが自分の母親であるエイミー に向かって

輝くような笑顔を浮かべ、片手を差し出している。

そして、その周りのテーブルにはハリー、ハーマイオニ―、ロン、フレッド&ジョージその他グリフィンドール生、先生方

がいて、皆ニコニコと溢れるような笑顔で二人を暖かい拍手で迎えてくれた。

エイミー は周囲に、ブラックに向かってにっこりと優雅に微笑みかけ、衣擦れの音をさせながら彼の方へ歩み寄っていく。

それから、 彼女は彼の肩にそっと手を回し、満面の笑みで彼に向かって微笑んだ。

彼はにやりと笑うと、そっと彼女 の腰に手を回し、優しく、その唇にキスをした。


「シリウス・・お母さん、良かった・・幸せすぎて目が回りそう・・」

はクスクスと口元に思わず、笑みが浮かんでくるのを押さえきれなかった。

「何がそんなに幸せなのか聞かせてもらいたいものだが・・」

「ス、スネイプ教授!?」

彼女は絶対零度の声にぞくっとして、嫌でも夢から覚めてしまった。


「ここは?」

「医務室だが・・お前は湖で気絶しているところを我輩が運んでここへ連れてきた」

彼女は医務室の清潔な白いベッドの上に横たわっていた。

そして、ベッドの側の椅子に腰掛けていたのは、普段よりさらにご機嫌斜めのスネイプ教授。

額に青筋が何本も浮かんでいた。

「あ〜、ご迷惑おかけしてすみません。先生も怪我してるのに・・」

は普段大嫌いなこの教授がこの時は気の毒に思えた。

彼は無理してベッドから起き上がろうとする彼女をベットに押し戻した。

「寝てるがいい。無理をするな」

彼はまだ機嫌が悪い様で、 とは目線を反らして話をする始末だ。


「あ、先生!ハリー達はどこです?」

「余計なことは心配するな・・ちゃんと我輩が運んでやった。それよりお前は安静が必要だ。おとなしく寝るがいい」

彼は彼女が大嫌いなグリフィンドールの生徒のことを持ち出すと、さらにイライラして機嫌が悪くなった様だった。

「あっ、そういえば・・シリウス・・彼は、彼は今どこにいるんですか!?」

彼女はハッと思い出し、スネイプの機嫌の悪さも忘れて慌てて彼に尋ねた。

、君は我輩を徹底的に怒らせたいのかね?それに今の言い方では我輩、君があの男とずいぶん親しいように

 感じたが・・聞き違いかね?」

彼はふと学生時代、エイミーがシリウスとまるで恋人のように(実際は違うが)親しくしていたのを思い出し、

ムラムラと心の底から嫉妬の炎が突き上げてきたようだった。


しかし、スネイプの活火山が今にも爆発しそうなのを彼女は無視して、さらにこう言った。

「ねえ、どこにいるんですか!?教えて下さい!!」

彼女はスネイプの服の袖を掴んで、彼を真っ直ぐに見据えた。

「教えてやろう・・彼は我輩が捕まえ、この城の最上階に監禁している。もうすぐ吸魂鬼が彼に「キス」の執行をする!」

スネイプは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、彼女にひどく嬉しそうに告げた。

「何ですって!?駄目よ!彼は無実なんです!!無実の人間をあいつらに引き渡すなんて駄目です!!すぐに止めさせてください!!」

はその言葉を聞くと、彼の服を掴み、狂ったように叫んだ。

「何をいう!? !気でも狂ったか!?お前の母親はそうだった!いつもあの男の味方だった!!まさか、お前まであの男を

 庇うとはな・・いいか!あの男は殺人鬼なのだぞ!そうか・・お前はあの男に錯乱の呪文をかけられたのだな・・いやはや

 ブラックは彼女に見事に術をかけたものだ・・。気づかなかったな・・」

スネイプは始めは烈火のごとく怒り狂っていたが、言葉の最後では彼女の顔を気の毒そうに見た。


「彼女は錯乱なんかしてません!!」


「ハリー、そこにいたの!?」


向かいのベッドのカーテンが開いて、ハリーが、大声でスネイプに告げた。






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