彼は木の梢がさわさわと揺れるだけの静かな森林に彼女を運ぶと、ブナの木の根元にそっと下ろした。
それから彼は彼女の衣服をまさぐり、黒のサッシュベルトにぶら下がっている氷柱の短剣、背中にしょっていた
鴛鴦斧などの武器を奪い、黒く太い鎖で彼女を木の幹に縛り付けた。
それから燃えるような緑の芝生の上を走っていき、どこかへ行ってしまった。
オレンジ色の夕焼けが美しく辺りを染める頃、再び彼が戻ってきた時は、彼女は黒の鎖を解こうと懸命になっているところだった。
「私をどうするつもり?」
彼がゆっくりと近づいてくると彼女は高飛車に言った。
「海賊の回し者でないお前をどうこうするつもりはない」
「なら武器を返して!」
「それは断る」
「えいっ!」
その返事に怒った氷の精は、彼目掛けて少々きつい氷のアースの渦を放った。
窮鼠猫を噛むとはこの事だ。
拘束されていない片手から、発せられた氷のアースをもろに食らった黒騎士は仰向けにひっくり返った。
「二度目は確実に当てる。武器を返せ!」
氷の精はきつく命じた。
「何と荒い技だ。あらかじめ武器を取り上げていたが、まだこんな技を隠していたとはな・・」
彼は驚愕し、左肩に突き刺すような冷痛を感じて起き上がった。
「武器を返せ!」
彼女は先ほどからそれしか言わない。
「分かった。だが、一つだけ俺の質問に答えてくれ」
黒騎士は、あのとげとげとげしい強力な氷の渦を二度食らうのは危ないと
本能的に感じたらしい。を懐柔しようと試みた。
「なぜ、俺がヒュウガだと見破った?」
「お前の仲間のあの五人は微塵も気づいていないようだったぞ」
「あなたの体から発せられるその香り。それだけはごまかせない」
は、黒く太い鎖で自由に動けないながら身ながらも冷淡に言った。
「香り?」
「私が、あの五人とあなたにあげたスノードロップの花のこと」
「それはあなたの体にもしっかり染み付いてる。特殊な花だから何年経とうと色あせないし消えない」
「お前だったのか・・この花の妙な香りをつけたのは。前からずっと気になってはいたが・・」
黒騎士はマントをいじって納得したようにうなずいた。
「さあ、ヒュウガ・・なぜ、リョウマ達にあんな真似をしたのか話して」
はじっと黒騎士の目を見つめ、さっきまでの冷たい仮面のような表情を
取り崩して優しく語りかけた。
「残念ながら俺はヒュウガではない」
黒騎士は彼女からさっと顔を背けると、ぴしゃりと言った。
「ここまで来てなぜ嘘をつくの?」
にはそこまで否定する理由が全く理解できなかった。
「嘘ではないし、本当でもない。第一、俺は人間ではない。ヒュウガは俺の中で生きている」
黒騎士は拳を強く握り締め、搾り出すように真実を吐露した。
「何ですって?」
の目が驚きのあまり普段に二倍にも見開かれた。
「名乗るのが遅れたな。俺は黒騎士ブルブラック。お前の仲間が戦っている宇宙海賊共には恨みがある」
彼は急に紳士的な口調で語りだした。
「話せば長くなるが、3000年前、サンバッシュに深手を負わされた俺はあの地下空洞に潜み、
そこへ偶然落ちてきたヒュウガを、自らの体に取り込んで再起を図った」
「じゃ、あの時、ゼイハブの地割れで落っこちてきた彼を利用したの?」
は自分の耳が信じられなかった。
「復讐の為には手段を選ばん。俺は連中にたった一人の弟を殺され、故郷を滅ぼされてから変わった」
黒騎士はどこまでも冷たく言い放った。
「あなたがこの間助けたリョウマはヒュウガの実弟よ。彼は今も兄が生きていると信じてその帰りを待ってる」
には故郷を失う痛みが嫌というほど理解できた。あの懐かしい緑のすがすがしい匂いのする銀河の森・・・でも、今はもうない。
「残念ながらそれは出来んな。俺は奴らを根こそぎ倒すまでヒュウガを開放するつもりはない」
だが、残酷にも黒騎士はの話をさえぎった。
「ここまで話したからにはお前にも協力してもらう」
「先ほどのすさまじい氷の渦といい、俺が見たところ、お前は普通の人間ではない。何者だ?」
「私は。銀河の森に住む氷の精霊。見た目は普通の人間と変わらないんだけど・・」
「なるほど、精霊か。あの五人とはどうりで出来が違ったわけだ」
黒騎士は、むっつりとして自分の質問に答えるにちょっと笑ってしまった。
「あの五人の人間は少しは出来るが、宇宙海賊どもを倒すには役不足だ」
しかし、すぐにいつもの高圧的な口調に戻ってに言った。
「私が協力せずに、ここから逃げて、この事をリョウマ達にぶちまけると言ったらどうするの?」
はまだ彼に屈服したわけではなかった。違う方向から彼を攻めた。
「その時は実の兄弟再会は決して望めないだろうな・・」
黒騎士は感慨深げに、黒く力強い指を顎にやって考え込むように言った。
「俺は永遠にヒュウガを解放するつもりはないだろう・・・」
「人でなし!」
そのあまりにも身勝手な動機にはかっとなって叫んだ。
「だったら協力するんだ」
「お前なら私の足手まといにならず、海賊どもを十分に圧倒する力を持っている」
黒騎士は、怒りではちきれんばかりの彼女をなだめすかすように言った。
「ヒュウガをそんな風に利用するなんて・・リョウマはどんな思いで・・」
は酷く胸を痛めて呟いた。
「復讐はすでに始まっている」
だが、黒騎士はもうの言葉に耳を傾けることなく、鈴つき投げナイフを眺めて
物思いにふけっていた。