「お前・・大丈夫か?」
「ハヤテ・・」
「今、今・・リョウマがやってくれたみたい」
「風向きが変わった・・」
「ああ、そうだな・・あいつは成功したんだ」
ハヤテはをこの腕にかき抱き、苦渋に満ちた声で答えた。
(本当にいつもいつもお前は気まぐれで、俺が理解できないようなことばかりして・・)
(だから、俺はお前から逃れられ・・)
ハヤテは彼女をしっかりと抱きすくめて心の奥で叫んだ。
一秒でもいいからこのまま長く彼女の漆黒の髪をなでていたかった。
「、ハヤテ・・」
だが、向こうから彼らと同じ類の苦渋の声が響き、かつかつと黒革のブーツの音が近づいてきた。
「お前ら・・」
この時、瞳に疑惑の色をありありと浮かべたヒュウガが何を言いたかったのかついに二人は
理解することはなかった。
おそらく鋭い彼は今の一瞬で何もかも読み取ってしまったに違いない。
は急によそよそしくなったヒュウガの態度に気づいてそわそわと落ち着かなくなってしまった。
その後、自らの幻術を破られて激怒したイリエスを無事に滅することが出来たが、、ヒュウガ、ハヤテの間には微妙な空気が
流れ、しばらくしこりとして残ることなった。
「本当に一人で行っちゃうの?」
「ああ、ゴウタウラスの容態が悪くてな」
「俺が側についててやらないと」
「あいつは俺を必要としてるからな」
ある朝のこと。ヒュウガはダッフルバックの口を縛りながら、心配そうにまとわりついてくるサヤに説明していた。
「兄さん、それならこれ一緒に持ってって!」
そんな折、タイミングよくリョウマが袋一杯につめたオレンジを持って台所から飛んできた。
「何はともあれ、食事だけはちゃんと採らないと」
まるで夫婦のような会話を交わすリョウマにヒュウガは「大丈夫、俺なんかよりあっちの心配してやれ」
と余裕綽々の笑みを浮かべて言った。
「ゴウキ!」
「それに!」
「何やってんだ、二人とも?」
「何かあの二人の雰囲気おかしくない?」
ヒュウガが示した方向に、皆の目は否応なしに惹きつけられた。
ハヤテを筆頭にヒカル、サヤは窓に駆け寄り、ぴんとしたレースのカーテンを跳ね除けた。
そこにはそよ風に揺れる木々にもたれかかって、何やら思いつめた表情でに向かい合うゴウキの姿があった。
「えっ、ゴウキ、まさかのこと・・」
「うそぉ〜意外・・」
「俺はずっと鈴子先生とばかりに思ってたんだが・・」
「ちょ、ちょっと待てよ!じゃ、兄さんはどうなるんだよ!?」
ヒカル、サヤは好奇心むき出しでやいのやいの騒ぎ、ハヤテは複雑な表情で呟き、リョウマは
すっとんきょうな声で兄の重大な秘密を暴露しかけた。
「おい、リョウマ・・」
ヒュウガはいつになく険しい目で口の軽い弟を牽制した。
「あのなぁ・・一応誤解しないように言っておくが、はゴウキに頼まれて朝からつき合わされてるだけだ」
「変な風に思うな。とにかく今日はあいつにとって大事な日なんだよ」
「いいな?リョウマ」
ヒュウガはざわざわとどよめきだした仲間達をなだめ、また一つ頭痛の種が増える思いで
裏口からこっそりと出て行った。
「鈴子先生、私は〜」
分厚い胸版に手を当て、オペラ歌手のようないい声で憧れの女先生に見立てたに告白するのはゴウキだ。
「何か違うのよね〜もっと自然な感じで」
すかさずお澄まし顔のの叱りの手が入る。
「え、ああ・・じゃ、もう一度やるから、な?」
彼は酷く決まり悪そうに咳払いをして、もううんざり顔のに頼み込んだ。
「俺は〜ああっ、痛っ!」
ゴウキはシリアスな場面に心酔しすぎてバランスを崩し、幹に腕をぶっつけた。
「駄目だ〜・・やっぱり告白なんて無理なんだよ〜!!」
「何で?ここまで上手くいったじゃない!?」
「ほら〜頑張って!向こうもゴウキのこと好きだから!」
「そ、そうかなぁ〜?」
「もっと自信を持って!あと一息!」
この方面にかけてはてんでシャイな彼に彼女は盛んに発破をかけていた。
「な〜るほど!ついに鈴子先生に告白かぁ〜」
「ゴウキにしてはよく決心したよ。を実験台にまで使ってな」
「よし、残念会準備しとくか!」
だんだん二人のやりとりに飽きてきた三人は窓枠から離れ、それぞれ好き勝手にゴウキの恋の行く末を案じていた。
(兄さん、さっき絶対怒ってたよな・・)
リョウマは皆の前でうっかり兄の秘めたる想いを暴露するとこだった為、一人冷や汗をかいていたが。