今、は心配そうに小高い丘の上の岩陰から黒騎士を見守っていた。
「銀河の守護戦士。貴様らに決して海賊どもは倒せん」
「必ず私がこの手で・・奴らを」
彼が決意を新たにしようとするものの、その度に不可解な胸の痛みが
起こるのに彼女は気づいていた。
「この体の自由が利く限り・・もう時間はない」
彼は忠実な追従である巨大な獣にも自らが最後の戦いに赴くことを告げたが、
獣は首を横に振るばかりだった。
「何をためらっている。復讐の為には手段は選ばず。そう決めただろ?」
「昔を振り返ってどうする?今の私に守るべきものなどない!」
「あるだと?何を馬鹿な。あの精霊か?お前はあいつを気に入っているようだが、
あの女はヒュウガを目当てに近づいてきているだけだ。
もし、私があの男を利用していなければ、あの女は私をあっさりと敵とみなし、殺しに来ただろう」
「今まで私を助けたのも、全てはあの男を私から解放する為だ」
「違う?いいや。あの女は私のことなど本気で心配したことはない。あの女の頭の中は常に
仲間のことやヒュウガで一杯だ」
彼は声を荒げて言い放った。
「行くぞ」
まだ何かいいたそうな黒い獣をぴしゃりと黙らせると、黒騎士は大またで
ずんずん歩みだした。
「分かってるぞ、この痛みの原因は・・貴様だな、ヒュウガ!」
だが、数歩も行かないうちに、再び胸の発作が起こり、彼はううっと
呻いてうずくまってしまう始末である。
岩陰に隠れていたは彼の苦しい胸の内を知り、「違う、初めはそうだった。でも、今は・・」
と切なそうに口元を両手で覆って嘆いた。
(黒騎士、復讐などやめるんだ、考え直せ)
(これ以上を引きずり込むのはよせ!彼女は苦しんでいる・・)
(黙れ!!)
(やめるんだ、黒騎士!!)
「兄さん!!」
白漆喰の柵によりかかってうたた寝をしていたリョウマはあまりにも
生々しい夢に冷や汗びっしょりで飛び起きた。
「こ〜ら、なにやってんだ、馬場の整備終わったのか?」
「えっ!?あ、そうか!ゴメン!つい・・」
偶然側を通りかかったハヤテは、竹箒で軽く彼の頭を叩いて促した。
「リョウマ〜ヒュウガがいたら怒られるぞ!」
「最近たるんでるぞ、リョウマ!な〜んてな♪」
たちまち彼は、厩舎から鹿毛の馬を引っ張り出してきたサヤとヒカル、オレンジ色の清掃用具
で干草をかき集めていたゴウキにまで突っ込まれてしまった。
「あ、は帰ってる?」
皆に爽やかな笑顔を作ってごまかしてから、リョウマは竹箒で再び馬場を平らにならしはじめたが、
ふと思いついて聞いてみた。
「ああ、コテージの裏で薪割りしてるけど、どうした?」
「いや、ちょっと気になっただけだ」
ハヤテは何気なく答えたが、リョウマはどこか遠くを見る目で呟いた。
リョウマが馬場の整備を本腰を入れてやり始めた頃、ハヤテは
の様子を見に行くことにした。
彼が足取りも軽く竹箒を持ったまま、白塗りのコテージの裏に回ってみると、
何とも微笑ましい光景が目に入った。
ハヤテは思わず息を呑んで立ち止まった。
氷の精が木の実の精を腕に抱き、幹に頭をもたせかけて気持ちよさそうに眠っているではないか。
「リョウマと同じだな・・薪割りは終わったのか?」
ハヤテは暖かな低い声で呼びかけた。
「まあ、一応終わってるみたいだし、このまま寝かせておいても悪くないか」
彼はにっこりと微笑むと、竹箒を静かに側におき、彼女の目の前にしゃがみこんだ。
一方、は夢を見ていた。
辺り一面にたちこめる濃霧。足元はぬかるみ、草や葉は湿っている。
彼女はここはどこなのかと思い、手を伸ばす。手を伸ばした先には左胸を押さえて苦しそうにうずくまる黒騎士。
「黒騎士!」
彼女は一声叫んで駆け出そうとする。
だが、ぬかるんだ湿地帯に足を取られ、上手く身動きが出来ない。
「俺はここに・・ここにいるから。何も心配しなくていい」
「もう自分を責めるな。俺は・・俺は大丈夫だから」
とても暖かくてそれだけで安心させてくれる力強い声。
そして、誰かが優しく彼女の腕を掴んだ。
うっすらと霧が晴れていく。
「・・」
「随分うなされてたぞ、大丈夫か?」
「ヒュウガ!!」
は夢うつつのまま、がばっと起き上がり、
目の前で見守ってくれているハヤテの腕をつかんだ。
「あ、ハヤテだったの?ごめん・・」
「あ、ああ・・」
「もしかして・・ずっとここにいたの?」
「ああ、お前があまりにもぐっすり眠っているものだから、起こすのも悪いなと思って・・」
はびっくりして飛び起き、ハヤテはちょっと赤くなって言った。
「最近、疲れてるんじゃないのか?」
「よくどこかへ出かけてるようだし」
「何か悩み事があるなら一人で抱え込むな。俺でよかったら相談に乗るぞ」
ハヤテはの隣に腰を下ろすと、安心させるような声で言った。
彼のさらさらした豊かな栗色の髪が落ちかかり、嘘偽りのない笑顔を見ていると
は黒騎士との約束も何もかも忘れて、全てを告白しようかとさえ思った。
「心配してくれてありがとう・・でも何でもないの。これはただの疲れ」
だが、彼女は彼が次の言葉を期待する前にさりげなく遮ると、
まだ半分寝ぼけ眼のボックを抱いてコテージの中へ入っていってしまった。
そんなすれ違うばかりの彼らを、リョウマは複雑な思いで遠巻きに眺めていた。
以上ボックとの昼寝の間の小話でした。黒騎士編はあと一話か二話で終了します。