(剛鬼は詰めを誤り、蔵馬は下らん人間の情にほだされた)

(これだから下等な妖怪は信用できん!)

(だが、この降魔の剣で餓鬼玉と暗黒鏡を再びこの手に戻してやる!)

ここは人気のない夜更けの埠頭。

コンテナだけがたくさん並ぶ殺風景な場所だ。

全身黒ずくめの衣装に身を包んだ小柄な妖怪、飛影は懐から取り出した

髑髏の柄の長剣を見てにやりとほくそえんだ。

(三つの秘宝さえ手に入れれば、霊界など・・)

「待て〜っ!!」

「あっちだ!」

「おい、止まれ!止まらんと撃つぞ!」

「あっちに逃げ込んだぞ!」

「よ〜し、抜かるなよ!!」

大型倉庫の上でこれからの計画に彼が胸を躍らせていると、

あちこちからサーチライトが照らされ、それを目当てに警官達がばたばたと駆けてくる音がした。

(ちっ、うるさい人間どもだ。ちょうどいい。まずはやつらで降魔の剣の切れ味を試してみるか)

飛影が舌打ちして、倉庫の上から飛び降りようとした時、黒いマントに

身を包んだ盗人が必死で駆けてくるのが目に入った。

彼女は倉庫の影に素早く走りこむと、ひゅうっと高く飛び上がった。そして、倉庫の屋根に手をついて

宙返りをした。それから、それをバネに下で待ち受けていた警官四人の上に仰向けに落ちていって、自らの全体重をかけて彼らに体当たりを食らわした。

上からいきなり彼女が落ちてきたので、下で待ち構えていた警官たちは体制を崩してひっくり返った。

彼女は倒れた警官を踏みつけにすると、再び走り出した。

そして、行く手をふさぐ様に駆けつけてきたパトカーも、氷柱で出来たアラベスク模様の峨嵋刺を

波止場に突き刺して、アイスリンクを作り、全てスリップさせて混乱に陥れた。

「たかが人間相手に手間取りすぎだ。見てられん」

とうとう痺れを切らした飛影はスリップして横転したパトカーの上に飛び降りると、目にも止まらぬ速さで

黒いマントをまとった女を小脇に抱えて飛び上がった。


「なんだか知らないけど、見ず知らずの私を助けてくれてありがとうございました」

コンテナ埠頭の死角で下ろしてもらったは、被っていた黒いマントのフードを下ろし、謎の黒ずくめの男に丁寧に礼を言った。

「フン、礼などいらん。貴様、人間界のお尋ね者の盗賊のようだな」

男は見たところ、冷酷で残忍そのものな性格で態度もふてぶてしかった。

「それがどうしたの?」

「珍しい女の盗賊か。それにさっきの妖気はさしずめ氷女の放つ物。違うか?」

の緊迫した声を楽しむかのように男は言った。

「お察しのとおりです。でも、あなたも人間じゃないでしょう?」

「なかなか察しがいいな。では俺は何に見える?」

男はくくっと嫌な笑い方をした。まるで自分から発せられるすざまじい妖気を警戒したの反応を楽しんでいるかのようだ。

「さしずめ魔界からのお尋ね者の盗賊。違いますか?」

はおびえながらも、体中の勇気を振り絞って尋ねた。

「そのとおりだ」

男は何がおかしいのかまたフッと笑った。

「じゃあな。それと女一人で、この稼業を続けたいなら、人間ごときにてこずらないようせいぜい腕を磨くことだ」

背筋までぞくぞくと震え上がらせる冷酷で生意気な声に、は呆然として彼の

消えた方向をしばらく眺めていた。


「氷女、俺を捨てたあの忌々しい氷河の国の女か・・だが、なぜ人間界に・・」

ぼうっと彼の後姿を見送るに、飛影はなぜか悪い気がしなかった。

あの女盗賊は氷菜・・自分を生んですぐに死んだ母親をどこか思い出させる。

あの女盗賊の目や鼻や口も髪型も、死んだ母親と似ているわけではない。

自分に礼を言った時の、あのあどけない微笑が似ているのだ。

ただ、その微笑だけが。

それに彼には解せぬことがあった。

はじめは黒マントではっきりと顔が見えなかった彼女を、自分を追放した憎い氷河の国の女をなぜああまでして助けたのか?

行方知れずの双子の妹、雪菜と年齢が近いせいか?

だが、彼にはこれからやらねばいけぬ仕事があり、ふと浮かんだ疑問は闇に消えた。


翌々日、南野秀一は珍しく学校を欠席した。

は空白の彼の席を授業中、こっそりと観察して不思議に思った。

(珍しい〜妖怪でも風邪引くものなのかな〜?)

彼女も赤毛の長髪をさらりとなびかせた端正な顔立ちの彼が、普通の人間じゃないことぐらい知っている。

後に彼女は、自分を助けて逃がしてくれた飛影が、魔界の宝を盗んで霊界探偵に逮捕されたこと、蔵馬もその企みに関わっており、

閻魔大王の息子に直接自首したことを知ることになる。

蔵馬、飛影、の三人の奇妙な運命の歯車はここから動き出し始めていた。





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