頭痛



               エジプトの夜は寒い。昼間は太陽の神ラーが輝き、その熱と光を惜しみなく万物に注いでも、
               老いて力を無くし、夜が世界をその支配下に置くと凍えるほどの冷気が襲ってくる。
               その中で、一人の少女が震えていた、


               「キャロル、寒いのか?」
               くしゃみを零したとたんに声がかかる。
               「いいえ、大丈夫よっ。」
               間髪いれずに返事をし、しかし立て続けに三度繰り返すと、少年王の声に笑いの粒子が含まれる。
               「やせ我慢をするな。しかし、本当にお前は外つ国の者なのだな。
                我々エジプトの者にとっては、これが当たり前なのだが。」
               「そうよ、私はこの国の人間じゃないの。だから貴方の奴隷でもない。
                さっさと私を解放して頂戴。」
               「そして?どうやって帰るのだ?」
               葡萄酒の杯を口に運びながら、王は言葉に詰まった少女の様子を観察している。
               ゆっくりと、自ら手に入れてきた獲物をそばにおいて楽しんでいる。
               周りには選りすぐりの美女達が、酒を注ぎ、料理を給仕しようとひしめいているのに、
               王の視線はさっきから白い少女に注がれたままだ。
               「とにかく、体を温めなければ風邪を引く。・・・と言ってもお前は酒が飲めなかったな。
                この宴が終わったらナフテラに言うが良い。手配してくれる。」
               周りがどよめく。
               王が女に対してこのような言葉をかけることは、今まで一度もなかったのだ。
               嫉妬と羨望。
               しかしキャロルは疲れたように溜息をつき、以後二度と口を開かなかった。



               宴は夜遅くに終わった。
               メンフィスが言ったとおり、ナフテラが用意してくれた暖かい夜食を摂ってから休んだが、
               翌日枕から頭が上がらなかった。
               案の定、風邪を引いたのだ。
               医者の見立てでは、此処へ来たときからあまり食事を摂っていないこと、睡眠不足、温度差、
               何より疲労によるものだろうということだった。
               その日は一日頭痛を訴えていたが、夜になって熱が上がった。
               歯の根も合わぬほど震え、寒い寒いと訴える。
               そういえば、宴の席でも震えていたな。
               彼はそう思い出すと、娘の部屋に向かった。
               とりあえずあてがわれた西の宮殿の部屋は小さく、暗かった。
               質素な寝台で顔色の悪い少女が、横になって震えている。
               その様子は、まるで雨にぬれた小鳥の雛のようで、少年王の中に訳の分からない苛立ちを生んだ。
               「部屋を移す。私の宮の、南向きの一室を用意せよ。」
               聞いたナフテラが仰天した。
               それは即ち後宮ということだ。
               だがファラオの命令は絶対。言い出したら聞かぬお方ということも知っている。
               命令はすぐに伝えられ、言われたとおりの部屋が、今までの部屋とは比べ物にならないほど快適に整えられた。
               そして、あろう事かキャロルは、逆らう元気がなかったこともあるが、ファラオ自らの腕に抱かれて部屋を移った。
               部屋に移っても熱は引かない。あまりの高熱に意識が朦朧としているようだ。
               ナフテラが心配そうに付き添いを申し出たのを拒否し、寝顔を見下ろす。
               それから自分が纏っていた豪華な緋色の肩衣を外し、装身具を外した。
               床頭台を手近に引き寄せて長剣を乗せ、キャロルの横に滑り込んで身を横たえる。
               さっき外した肩衣を掛け布の上から重ね、少女の体をしっかり抱いて目を閉じた。



               明け方、メンフィスはいつものように未だ薄暗い、一日で一番冷える時間に目を覚ました。
               腕の中の少女は・・・・・
               呼吸が落ち着いていた。額に手を触れてみたが、熱も下がっている。
               胸の中の苛立ちも、消えていた。
               起き上がると、少女の瞳が開いた。
               黒い瞳が見下ろし、青い瞳が見上げる。
               しばしの沈黙。
               次の瞬間、悲鳴とともに少女が飛び起き、二人はしたたかに互いの頭をぶつけることになった。
               「〜〜〜〜っ!いたたたた・・・・いたい・・・」
               「・・・・・とんでもない石頭だな、お前は。」
               「何ですって!!!勝手に人の部屋に入ってきて何を言うの?!・・・って、あら?あら?」
               自分が飛び起きた瞬間に肩から滑り落ちた布。掛け布ではない。部屋も違っている。
               「・・・・・何時の間に?此処は?」
               「私の宮だ。今日から此処で暮らせ。」
               「そんな!!勝手に!!」
               怒りのあまり、続く言葉が出ない。
               やはり面白そうにそんな彼女の様子を見ていたメンフィスは、床に落ちた肩衣を拾い上げ、
               装身具と長剣と共に身に着けると
               「その前に、申すべき言葉があるだろう」
               と、にやりと笑った。
               意味を悟ったキャロルが一人で、赤くなったり青くなったりしている。
               「しばらく時間をやろう。いずれにしろ、もうしばらく養生せねば。」
               メンフィスが大笑いしながら出て行った。
               その日一日、ファラオは大変ご機嫌麗しく、反対に、医者と女官長と、
               おまけに王から養生を命じられた白い侍女は、
               風邪と原因不明の頭痛に悩まされた。


                                                                END





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