謳う鳥



夜遅く自室へ帰ってきたキャロルは、扉をくぐるなり寝台へ倒れ込んだ。
うつ伏せになってクッションを抱え、今日一日に受けた理不尽の数々を反芻する。
小さなことなら山ほどあった。
自分はファラオに気に入られようとしているわけではないのに、宮殿中の侍女の嫉妬の視線に晒され、
陰口、あざけり、ひそひそ声を浴びせられ、
更に小突かれる、突き飛ばされる、肩をぶつけられる。
一時のことを思えば減ったほうだが、そして減った原因はほぼ間違いなく彼だが、完全にはなくならない。
むしろ「月の無い夜は気をつけろ。」なのだ。
そして一番の大きなことはやはり彼だ。
日長一日傍に置きたがり、あれをしろこれをしろと煩い。
少しでも反抗しようものなら怒声が飛んでくる。
どっちにしろストレスが溜まる。
ぶつぶつと文句を言ってから大きく一つ溜息をついて起き上がり、
そして初めて室内の様子が違っているのに気がついた。
此処は確かに、ファラオがお気に入りの娘に与えた一室。
日に日に物が増えるのは、ファラオが毎日贈り物を届けさせるからだ。
それにはもう慣れた・・・・・というか慣らされた。


物ではない。音だ。





現代の生活をしていたキャロルにとって、この部屋は暗い。
もちろん明り取りの蜀台があり、部屋のあちらこちらにかがり火が焚かれているのだが
その反対に闇が濃い。
なんだろうと目を凝らしたキャロルに、突然後ろから声が掛けられた。
『キャロル』
「ひゃああっ!!」
飛び上がるかと思うほど吃驚して振り返ると、寝台の向こう側に、何時持ち込まれたのだろう。
大きなT字型の止まり木と、いつかファラオの部屋で見たのとそっくりな鸚鵡が止まっていた。
「ああ、脅かさないでよ、もう。心臓が止まるかと思ったわ。」
自分の失敗がおかしくて、笑いながら文句を言ってみる。
鸚鵡は首をかしげながら、羽根を広げたり足を上げたり、時々『キャロル』と鳴いている。
彼が教えたのかしら。それにしてもそっくりね。





『キャロル・アイシテイル』
一瞬、聞き違えたのかと思った。
間違いない。似ているのではなく、これはメンフィスの鸚鵡だ。
記憶が甦る。


・・・・・あら。この鸚鵡は喋らないのね。
・・・・・鸚鵡は喋るものなのか?
・・・・・そうよ。正確には鳴き真似をするのだけど。人間の言葉を覚えるの。
・・・・・どんな言葉をだ?
・・・・・簡単な挨拶や口癖や、歌を覚えるものもいるわね。繰り返し聞かせれば、
    かなり長い言葉でも覚えて喋るわ。





あの後彼は何も言わなかったけれど。
もしかして、鸚鵡に向かって一人で繰り返していたのだろうか。
あの短気で我侭なメンフィスが真剣な顔で鸚鵡に言葉を教えている姿を想像して、何だか可笑しくなった。
そしてふふっと微笑んだ。
今日一日の嫌なことが全部、するする消えていくような、そんな気分だった。
笑ったことは内緒だけど。メンフィスには明日、ちゃんとお礼を言わなきゃね。
身仕いを済ませて寝台に潜り込み、明かりを消そうとしたその手が止まる。
『キャロル・アイシテイル』
この言葉は禁句だ。聞かなかったことにしておこう。
逡巡した挙げ句にそう決めると、彼女は明かりを消し、掛け布を引き上げて目を閉じた。





今夜の少女が見る夢は、どんな夢だろう。




                                                            END




これは、某サイト様でお話していたときにひょこっと出てくたネタから出来ました。
たわいも無い、でもちょっとほっとできる一日の終わりが、彼女にもあるといいなと思いまして・・・・・
夕星様、当サイトへの掲載許可を頂きまして本当に有り難う御座いました。





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