とばっちり





エジプト王国の昼下がり。
日中は暑いこの国のこと、国中がと言っても良いほど、殆どの者が昼寝をして午後の一時をやり過ごす。
だが一部の者だけは別だ。
商売に精を出す者や仕事が差し迫っている職人、
そして愛を交わす恋人達。





ファラオはこのところ、黄金の髪の少女に熱心に声を掛けている。
昼下がりの池の睡蓮が綺麗だとかなんとか、その実自分が連れて行きたい場所を見つけた為、懸命に理由をつけている。
庭の奥に使われていない東屋があって、あまり人も来ず逢引に持って来いだと何時か取り巻きが言っていたのを思い出したのだ。
最近キャロルは大分自分に慣れてきたし、もう少し距離を縮めたい。
恋に不慣れなファラオの、精一杯な愛情表現のつもりだった。
取り巻きに聞いて、女の落とし方も教授してもらった。
ファラオである自分に知らぬことがある、教えを請うことの二つが気に入らなかったが、これもキャロルを振り向かせるためだ。
全く、恋心とは厄介な物だと、賢人達はよく言ったものだ。
自嘲しながら準備をする。
聞いたように、キャロルに先に東屋で待つように伝え、花と贈り物を持っていこう。
あやつの青い瞳にあわせたラピスラズリの耳飾にしようか。それとも柔らかな胸を飾る輝石を連ねた首飾りにしようか。
いや華奢な二の腕に嵌めるソバトスの腕輪が良いか・・・・・・・・・
あまり大げさな物はいけないと言っていたからな。しかし仮にもファラオの相手だ。相当の物でなければ。
あやつは本当に何でも良く似合うからな、これで何でも受け取ってくれれば贈りがいもあるのだが・・・・・
誰かが聞いたら砂を吐きそうなことを呟きながら宝物庫に入り、結局ラピスラズリの耳飾にした。
以前腕輪を贈って撃破された苦い思い出がある。
「ちょっとした物が良い」と聞いたし。





庭の水時計が定刻を指し示している。
勇み足で向かったが、やはり少し遅れた。
キャロルは伝えたとおり待っていた。だが予定時刻より早かったらしい。
こっくりこっくり船を漕いでいる。
・・・・・全く・・・こやつは再々命を狙われていると言うのに、まるで警戒心が無いな。
少しは自覚せぬものか。
気付かれぬように後ろから近付いてそっと頬に触れてみる。
起きない。
隣に座って肩を貸してやると頭を凭せ掛けてきた。
安らかな、あどけない寝顔を見ていると、此方まで気分が落ち着いてくる。
軽い寝息が胸にかかって羽根のような感覚だ。軽く開いた唇は柔らかな笑みを湛えて居る。
それを見つめているうちに我慢できなくなった。
寝込みを襲うのは卑怯だが・・・・・
分かってはいるが用心して右を見る。左を見る。
誰も居ないことを確認すると、白い顎に指を添え、そっと持ち上げて自らの唇を寄せて行く。
唇が触れ合うまであとわずかのところでキャロルが身じろぎした。慌てて少し放す。
暫く様子を見ると再び眠りに入った。だが再度唇を近づけると、今度は接吻する寸前でキャロルが何か呟く。
「・・・ん・・・・・ん・・・」
こんなことが繰り返されると、もともと短気なファラオのこと、徐々に頭に血が上る。
今度こんなことがあったら起こしてやると、怒りの原因を放り出して再度挑戦する。
だが。本当に寸前で少女がまたもや呟いた。
「・・・・・ン・・・ィ・・・・・ス?」
「!」
あまりの驚きに硬直してしまったファラオの眼前で、少女が目を覚ました。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」





次の瞬間東屋、いや庭中に響き渡ったのは、耳を劈く様な少女の悲鳴とファラオが頬を張り飛ばされる音だった。
「何をする!!無礼な!!」
「それはこっちの台詞だわ!!人が眠っているのをいいことに何をするつもりだったの?メンフィスの馬鹿!最低!!」
まるでセクメト女神が乗りうつったかのように怒り狂っている。隙があったらもう一発ぐらいは喰らいそうだ。
ぐっと詰まったメンフィスが拳を握る。
「・・・・・・・・・・済まぬ・・・・・お前が余りに美しかったものだからつい・・・」
口の中でぼそぼそ詫びる。
「?!」
「どうした?」
「え・・・あの・・・・・そんなことを言われるって思わなかったから・・・・・」
見ると少女は思いもかけなかった詫びの言葉と信じられない誉め言葉で吃驚して立ち尽くしている。
こんなときはどうしたら良いのだろう。しまった聞かなかった。頭の中を対処方法を求めて駆け回る。
「・・・・・済まぬ。」
「え・・・いいえ。」
「・・・・・座らぬか?」
「え・で・でも。」
「何もせぬ。」
「じ・じゃあ」
おずおずと座ったものの、二人の間は先刻より開いて微妙な空気が漂っている。
「・・・あの・・・わざわざ呼び出して何か仕事?」
「そうではない・・・・・これを」
用意してきた花束を渡すと、意外にもキャロルは腕を伸ばして受け取った。
「それからこれを。」
「これは受け取れないわ。」
「気に入らぬのか?」
「そうじゃなくて・・・」
先刻の詫びだ。受け取れ。」
「・・・・・じゃ・・・ありがとう。」
受け取ったキャロルがメンフィスに良い?と尋ね、小箱を開けて歓声をあげる。
「きれい・・・素敵だわ。」
「お前の瞳に映えるだろうと思って選んだ。気に入ったか?」
「ええ、とっても。ひょっとしてメンフィスがわざわざ選んでくれたの?」
「そうだ。つけて見せて呉れぬか?」
この耳飾は、耳朶に開けた穴に通して螺子を回して止める。
キャロルが苦労していると、メンフィスの指が自然に伸びて嵌めるのを手伝ってくれた。
「手馴れているわね・・・」
「自分を飾るのに何時も使って居るからな。本当は面倒なのだが。」
「そうよね・・・重くないの?」
「気にしたことは無かったな・・・さあ、出来たぞ。」
耳朶から離れた指が、キャロルの頬を撫でている。
「良く似合う・・・お前は綺麗だ。美しい。」
「・・・!・・・・・」
「綺麗だ・・・・キャロル・・・」
そう、謳うように囁きながら、黒曜石の瞳がじっとキャロルを見つめている。
「あ・・・あの・・・ありがと・・・」
どうしよう、胸がどきどきする。逃げ出したいのに、怖ろしいのに、その先を知りたい、感じたい。
これ以上メンフィスに近付いたら、この炎にきっと焼き尽くされてしまう。そう分かっていながら視線を逸らすことが出来ない。
「キャロル・・・・愛している・・・」
ファラオの逞しい腕は、いつの間にか少女の白い肩を抱き、濡れた光を放って黒い瞳が近付いてくる。
「あ・・・」
もらした溜息は肯定か拒否か。
少女の視線が潤み、瞳は半分閉じられて抗うことを忘れている。
体の力が抜け、胸に頭を預け、顎に褐色の指を添えられてうっとりとメンフィスの放つ磁力にひきつけられてゆく。
危険だと分かっていながら逃れられない。もう引き返せない。
「キャロル・・・・・」
そうして引き締まった唇が、少女の花びらのような唇と重ねられる寸前。





シュッと音がして何かが東屋に飛び込んできた。すんでのところで長椅子に倒れ込み、己の体でキャロルを庇う。
壁に当たって跳ね返り、床に落ちてカラカラ音を立てたのは矢だった。
「ひっ」
「黙って居れ。頭を上げるな。」
押し殺した声で言いながら剣を抜き、肩衣を外す。柱の影に身を隠し、外の気配を探る。茂みの向こうにちらりと姿が見えた。
舌打ちをして身を屈めて引き返す。向こうには弓の射手が居る。うかつに出て行けば射られてしまう。
こうなったらおびき寄せて各個撃破せねば。
・・・・・・・・・・全く、よくも邪魔をしてくれたな。
「一体誰が・・・」
「分かっているのは、出て行けば蜂の巣だということだけだな。一人ずつ誘い込んで討ち取るしかあるまい。
 ・・・・・殺さぬと約束は出来ぬぞ。よいな。」
先刻までの甘やかな視線が嘘のように、黒い瞳に闘気が張り詰めている。軍神メンチュのようだ。
息を飲んで頷き、長椅子を背にして身を守る。自分は戦ったことが無い。下手に動いてもメンフィスの足手まといになるだけだ。





「・・・お・・・来るぞ・・・・お誂え向きだ。弓矢も背負っている。」
再び柱の陰に身を潜めたメンフィスが呟いて、キャロルに東屋の奥に下がるよう合図する。
賊は剣を抜いて、ゆっくり入り口に差し掛かった。
並んで入ってきた賊が、少女の黄金の髪を見て興奮して声を上げる。
その背後からファラオが一突きで心の臓を貫き、絶息した身体を盾に切りかかるもう一人を討ち取る。
「・・・・・!!」
「声を立てるな。・・・済まぬな。お前を囮に使うことになって。だがこれで武器が手に入った。」
 倒れた賊の手から弓と矢を奪い、引いて強度を確かめる。
「どうやら今度の賊は外国の者だな・・・よし、キャロル、、矢は何本有る?」
「十二本よ。」
「肩衣を。」
衣を受け取ると、キャロルが次にクッションを渡して来た。にやりと笑って受け取り、包んで外の茂み目掛けて投げ込む。
そして相手が肩衣をファラオと思い込み、茂み目掛けて射掛けるのを狙って次々と射抜いていく。
あちらの茂み、此方の木陰から次々と悲鳴が上がって男達が地に倒れ伏す。
「出るぞ。矢筒を持て。矢はあと何本だ?」
「五本。」
「一気に突っ切るぞ。付いて参れ。」
左手に矢筒を抱えたキャロルの手を引いて、ファラオが剣を翳しながら疾走する。
飛んでくる矢は切り捨て、弾いた。
大声で衛兵を招集するが、賊も未だ残っている。
衛兵の声に反応して数人が現れ、王宮に向かって行こうとする。
途中の茂みに飛び込んでキャロルを奥に押し込む。
矢を受け取りながら、弓弦を鳴らし、迫ってきた賊目掛けて次々矢を放つ。。
それで矢が尽きた。
残りは兵士が討ち取った。





「終わったぞ。キャロル。」
「あ・・・・・大丈夫?メンフィス、怪我は無い?」
衛兵が大声を上げながら走り回り、生き残った賊を引き立て、地に倒れた屍を片付けてゆく。
「ああ。」
振り返るとキャロルが真っ青な顔でふらふらしている。支えてやると力なく凭れ掛かってきた。
「御免なさい・・・ちょっと気持ち悪くなって・・・・・」
「座れ。侍女を呼ばせる。」
「大丈夫だから。少し休めば落ち着くわ。」
そのままぺたんと座って目を瞑り、荒い息をついている。横に座って先刻のように胸を貸してやった。
温かい胸の鼓動に同調して、キャロルの気分は緩やかに落ち着いて来る。
一つ溜息をついて開こうとするその瞼に唇が押し当てられる。
「無事で良かった・・・キャロル・・・」
そのまま額に、頬に、そしてまた瞼に。
優しく囁きながら髪を撫で、唇を重ねる寸前。
「ファラオ!」
「無粋な兵士の声に、甘い雰囲気は吹っ飛んだ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」





ファラオは此方を見もせずに、片手を振って兵士を追い払う。
「は?なにか?」
言いかけた兵士はもう一人の兵士に頭を一発殴られ、有無を言わさず連れて行かれた。
「・・・・・ことごとく邪魔される・・・矢張り私には、こんな雰囲気は似合わぬらしいな・・・」
「え?何が・・・」
苦笑交じりに呟き、言いかけた顎を持ち上げてそのまま唇を重ねる。
少女があまりのことに硬直している。
「キャロル?」





茂みを出ると兵士達の視線が微妙にずれている。ファラオの甘い時間を邪魔した馬鹿者がいる。
とばっちりは喰らいたくない。
だがファラオは上機嫌で指示を出すと、少女を胸に抱いて王宮へ帰って行った。





                                                                          END





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