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２０・例えそれが愛じゃなくても
婚儀を終え、各国の使者を迎えた宴もたけなわのうちに、新しい王妃は褥へと入れられた。
白い柔らかな寝台の上で、虚ろな顔をした黄金の小鳥が蹲っている。
ファラオはこの小鳥をナイルのほとりで見つけ、捕らえて籠に押し込んだ。
一向になつかぬ気の強さに腹を立て、それでも愛しさのあまり逃がすことを良しとせず、
翼をもいで飛べなくなったその身を愛しんだ。
彼女の胎には今、新しい命が宿っている。
「キャロル・・・私が憎いか？お前を奪い、王妃という名の鎖で繋いで国母という錘をつけた私が・・・
お前の胎に子を宿らせた私が・・・」
「・・・・・」
「何か申せ。お前の望むことなら何でも叶えてやろう。この私に出来ぬことなど何も無い。」
「・・・・・」
「お前は王妃になったのだ。今や国中がお前にひれ伏し、お前の意のままに動く。
素晴らしいだろう？」
違う。この娘がほしいものはそんなものではない。
黄金の小鳥が欲しいのは大空と、其処を飛ぶための翼だ。
だがそれだけは返すわけにはいかない。だから口にはしない。
キャロルが身篭って国中が喜びに沸いた。反対に王姉との仲は日増しに悪くなり、それに伴って
キャロルの表情は暗くなっていった。
お前には分かっているのだ。自分が此処に居ることで、私がお前に執着することで、
私と姉の間に出来た亀裂が深くなっていくことを。
だが、今更遅い。私はお前をどんなことをしても手に入れると決めた。
たとえ行く手に何があろうと、たとえどんな結果が待っていようとだ。
暗い表情を浮かべる白い顔を仰向かせ、ゆっくりと口付ける。
キャロルは大人しく唇を受けた。
・・・・逆らうことすら諦めたのか・・・・
私は其処までお前を苛んで居るのか。
このままではお前は屍となってしまう。どうすれば、お前は生気を取り戻すのだろう。
地上の神といわれたこの私が、ただ一人の娘の願いすら叶えてやれぬとは・・・
この心の臓がえぐられるような痛みと引き換えに、お前を空に帰そうか。
それともいっそ、この手で殺そうか。
・・・・・出来ぬな。私に出来るのは、愛しい小鳥が生気を失くし、少しずつ気力を失い、衰えてゆくのを
見ていることだけだ。
膝に座らせ腕に抱き、ファラオは優しく頭を撫でてやる。
娘は黙ってされるがまま、逞しい胸に身を預けていた。
ナイルのざわめきも宴の喧騒も、今の二人には何処か遠い出来事のようだった。
だが、キャロルが不意に小さく声を上げた。
「あ・・・・・」
キャロルの白い手が下腹部に触れる。そのまま愛しそうに己が腹部を撫で擦った。
「どうした？」
「赤ちゃんが動いたの。・・・そう・・・もう自分で動けるのね・・・そんなに大きくなっていたの・・・」
青い瞳はこちらを向かない。やや膨らんだ、確かに何かが存在することが分かる自分の胎を見ている。
「・・・・・そうね・・・あなたを置いてはいけないものね・・・」
初めてキャロルが笑った。母になる者の笑い、子のために自分を犠牲にする親の笑いだった。
それは諦めと凄絶なほどの覚悟の笑いだった。
そして頭を上げる。
「私、帰らないわ。今決めたの。」
キャロルが真っ直ぐにファラオを見た。
それはひと目で敵を圧倒するほどの強い視線を持つファラオをも、たじろがせるほど強い意思。
「この子を産むわ。生んでこの手で育てる。そのために此処にいるわ。」
「それは・・・」
「言いかけたファラオを遮る。
「自惚れないで。私が決めたのよ。貴方の命令だからじゃないわ。
貴方が私を愛していようといまいと、、私が貴方を愛していようといまいと関係ない。
・・・・・それに・・・・・折れた翼では飛べないわ。」
最後の一言を溜息と共に呟くとゆっくり横になる。
「・・・・・疲れたの・・・・今夜はもう眠るわ。おやすみなさい。」
まるで自分からもわが子を守ろうというように背を向け、丸くなった肢体を見つめながら直ぐ側に身を横たえる。
黄金の髪が褥に流れている。掬い上げるとさらさらと流れて、一筋も残さずに零れて落ちた。
まるでお前の心のようだ。
「キャロル・・・愛している・・・」
「・・・・・私は貴方を愛していないわ・・・・・・私はこの子のために、此処にいると決めたの。」
振り向きもせず、白い背中が答える。
・・・・・それでも良い。例えそれが愛でなくとも、お前がここにいてくれるなら・・・・・
私はどんなことでもしよう。
私はお前を愛している。
ＥＮＤ
折られた翼の続編・・・のような。
えらくひん曲がった立ち直り方です。
エロがない〜〜（汗）
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