少女の本音とファラオの企み ――またの名を御注進――
白亜の大理石をふんだんに使用した壮麗なエジプト王宮に、今日も怒声と金切り声と物の壊れる音が響き渡る。
周りの者達は、最早半分諦め顔だ。
ファラオが連れてきた黄金色の髪の少女は、今日も威勢が良いらしい。
「そんなことは放っておけば良いと申しておろうが!私の側はそんなに嫌か!?」
「仕事で忙しいって言ってるでしょう!此処に居ろっていうし居たら居たであれをしろこれをしろっていちいち五月蝿いわよ。
一体どっちなの?おまけに隙があったらあんなこと!!」
「あんなこととはなんだ!?」
「言わなくたって分かってるでしょうが!私にはそんな気は毛頭ないって散々言ってるのに、ふざけるのもいい加減にして頂戴!」
「「ふざけてなど居らぬわ!今までの女はこうしたら喜んだからお前にもしてやったのだ!」
バシ――――ン!!と高い音がして、さすがに聞いていた者達が首をすくめる。
ばたばたと高い足音と怒声。金切り声。
「待たぬか!待てと申すに!!」
「冗談じゃないわよ!貴方の言うことなんか誰が聞くもんですか!!」
回廊に飛び出し、飛ぶ様に駆けて行く黄金の光とそれを見送る憤怒の形相。
今日もですか。
今日もですね。
・・・・・・・・・・どうしたもんかな・・・
その話は取り巻きたちの間で額を集めて相談され、結果がファラオに御注進と相成った。
今日も今日とて騒ぎが起こる。
「メンフィスなんか大っ嫌い!!」
「何を!?よくもこの私を打ったな!!」
「あんなことされたら誰だって引っ叩くわよ!他の女の人が喜んだから私もだなんて同じに考えないで頂戴!!
何ならもう一発お見舞いして差し上げましょうか!?」
この国の最高の贅を尽くした部屋の中で、最高権力者と小さな娘が本気で喚き合っている。
暫く怒声と金切り声の応酬が続き、やがていつものように黄金の少女が飛び出してきて回廊を風のように走ってゆく。
ところが今日は少し様子が違った。
ファラオが黒い旋風のように少女の後を追いかけてゆくのだ。
「待たぬか!待てと申すに!!」
一瞬振り返ったキャロルが仰天した表情を浮かべ、さらに速度を上げて疾走する。
回廊から庭へ飛び出し、中庭を突っ切って東屋へ飛び込む。
ところが追い詰められそうになって、慌ててまた飛び出し、さらに庭の奥へ奥へ。
以前一度来たことのある、使われていない東屋へ転がり込んでしまった。
「ちょっと!!追いかけてこないでよ!」
「何を言う!散々私を怒らせておいて勝手な言い草!許せぬわ!」
置いてある長椅子を真ん中に、二人してぜいぜい。息を切らしながらぐるぐる円を描いて回る。
隙を狙ってもう一度庭へ飛び出そうとするのだが、その度に行く手を阻まれる。
何度も方向転換するうち、方向感覚がおかしくなって頭もふらふらしてきた。
「―――――あっ!!」
膝が長椅子の角に当たる。
「いったあぁ――・・・・・」
ずでんとひっくり返り、痛む膝をさすりながら蹲る。注意がそれた。不覚だった。
「・・・・・・・・・・」
背後の気配に気付いて振り返ったときには、ほぼ真上からメンフィスが見下ろしていた。
ま・・・・・拙い.。
しりもちをついたままずりずり下がる。だが裾を踏ん付けられて動けなくなる。
絶体絶命。
メンフィスが腰を落した。顔の距離が近くなって思わず身を引く。
後ろ手を付き損なって仰向けに倒れた。
「止めて!どいて頂戴メンフィス!こんな格好をを誰かに見られたら・・・」
「止めてやるから謝れ。」
「い・・・嫌よ。いじめないで頂戴。」
いつもの威勢は何処へやら。声が上ずる。
「お前をいじめるのは本意ではないのだ・・・お前があまりにも可愛いのがいけないのだ・・・・・」
反対に、メンフィスの声は舌なめずりするようだ。やっと捕らえた獲物をどうやっていたぶってやろうかとでも言うように
黒い瞳が喜びに輝いている。
転んだ身体を助け起こす振りで動きを封じられ、抗議の声に構わず馬乗りになってきた。
そのままじっと見つめられる。
こんな格好のままでは拙い。もし誰かに見られたら、何を言われるか判らない。
「あ・・・どいて、どいて頂戴。」
「煩い唇だな・・・塞いでしまおうか。」
心臓が跳ね上がった。メンフィスの秀麗な顔が先刻より近付いている。
「え・・・え――と・・・あ・謝るわ。謝るから!!だから!!やめて!! どいて頂戴!!」
「では申せ。私が好きだと。」
「!!」
男の顔がさらに近付く。黒曜石の瞳が濡れて輝いている。
「う・・・・・・」
「さあ・・・」
「あ・・・あの・・・・・」
「少なくとも嫌いでは無かろう・・・」
「え・・・あの・・・・」
「申せ・・・・キャロル・・・・」
さらに近付く美しい瞳。誘うように、自分の心を全部差し出したくなるような、不思議な色香を纏う。
大声で叫びたい。貴方一人だけに伝えたい。貴方が好きだと。
「あ・・・・・・」
観念した。
「・・・・・す・・・」
それ以上の言葉にならないままに、引き締まった唇が少女のそれに重ねられた。
「もう・・・汚れちゃったじゃない。」
起き上がり、衣の裾を叩く。照れ隠しにぶつぶつと文句を言い掛けて止まる。
追いついてきた取り巻き達と隊長が皆後ろを向いている。
「・・・・・・・・・・」
キャロルが沈黙した。
「どうした?」
「・・・・・ひょっとして・・・見られてた?」
「見てません!絶対に!!」
異口同音に言い募る男達の声音に確信した。
「「・・・・・〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
白い肩が小刻みに震え出す。
「あ・・・貴方が・・・貴方があんなことをするから・・・」
「あんなこととは?」
メンフィスが、何も無かったかのような声音で聞いてくる。
・・・・・ぶちっ。
「――――メンフィスの、馬鹿―――――っ!!」
庭中に響く音を立てて、地上の神は頬を張られる。
近衛隊長の顔をちらりと見やったファラオの視線で、皆は失態を悟った。
ファラオはそのまま、何も言わずに、キャロルを追いかけてすっ飛んでゆく。
残された取り巻きと隊長は今後の扱きの恐ろしさを確信し、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
END
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