やがて逞しい体躯が少女の白い肢体から離れた。
「キャロル・・・・・愛している・・・・・お前が望むことは何でも叶えよう・・・私の側に居れ。」
精一杯優しく言ったつもりだった。
「貴方なんか・・・貴方なんか・・・・」
青い瞳から水晶のような涙を零しながら少女が呻く。
「貴方なんか大嫌い!憎んでやる!一生憎むわ!出て行って!出て行って!それが嫌なら此処で殺して!」
狂ったように泣き叫びながら肩衣や装身具を投げつける。
避けようとしない褐色の胸や肩に装身具が当たって床に落ち、澄んだ音を響かせながら転がった。
「・・・・・っ・・・・・」
痛みと屈辱にキャロルが顔を歪め、下腹を押さえて蹲った。褥にはファラオが成した事の証がくっきりと印されている。
「キャロ・・・・」
素肌に何も纏わないまま、少女がファラオの頬を打った。黄金の剣を掴んで鞘を払い、共に床へ放り出す。
「さあっ!大エジプト王国のファラオに逆らい、寵を受けた恩を仇で返して至尊の身を打ったのはこの私よ!
 偉大なるファラオに逆らった罪で殺すがいいわ!」





キャロルが顔を歪めたまま、ファラオを睨んでいる。
床に落ちて白金色に輝く刀身が、そのままキャロルの心を映している。ファラオは黙ってゆっくりと剣を拾った。
鞘に収め、黒い目を上げる。その眼はもう冷ややかなほどに落ち着いていた。
「・・・・・殺しはせぬ。お前は私のものだと言ったはずだ。・・・お前のその白い肢体が従順になり、私がお前に飽いたら
 放してやろう。」
白い肩が震えて嗚咽を零している。振り返りもせずに自分の部屋に戻った。
湯殿の支度を命じ、長椅子に座って頬杖を付いた。
キャロル。私が壊した。
その羽根を毟り、翼をもいだ。
お前が言うとおり、お前はもう一生私を許さぬだろう。
笑顔の替わりに憎しみの瞳を向け、笑い声の替わりに罵りの声で歌うのだろう。
・・・・・それでも。お前が欲しかった。西の庭に忍んで行くと判った時、おろかにも私は狂ったのだ。
お前が他の男のものになるためでは無いかと。何処かへ翔んでいくのでは無いかと。
「ファラオ、湯殿の支度、整いまして御座います。」
「・・・・・ナフテラを呼べ。私は湯殿へ参る。」
「畏まりました。」
・・・・・キャロル。決して放しはせぬ。





熱い湯に身を沈め、滑らかな肌触りにその身を任せると、思い出されるのは白い肌。
硬く滑らかで穢れない、光を跳ね返して輝くその肌が愛撫で染まった様は、私の中の男を奮い立たせて余りあった。
やはり私はお前に囚われてしまったようだ。
「お呼びで御座いますか?」
「ナフテラか・・・・・キャロルを側室から王妃に上げる。部屋は後宮の一番良い部屋に移せ。
 後のことは全てその方に任せる。」
「・・・!・・・畏まりました。」
「キャロルは部屋にいる。身づくろいをさせてやれ。」
「はい。」





女官長がキャロルの部屋に行った時、少女は掛け布を身に纏っただけの姿で床に蹲っていた。
呻きながら体を引き摺って、一刻も早く寝台から離れようとしている。
「どうしたのです?こんな時に無理に動いてはいけませんよ。寝台へ・・・」
「嫌よ!こんな所なんか絶対嫌!出て行くわ。私に構わないで!」
少女が悲鳴を上げる。褥を見た女官長が全てを理解して少女を抱きしめる。
「落ち着かれませ・・・身を清めて部屋を移りましょう・・・」
休み休み部屋を出て、歯を食いしばりながら身を清める。ファラオに無理矢理喰らわれた身体と踏みにじられた心が痛かった。
この痕跡を全て消してしまいたい。夢中で肌を擦り、胸に散った花弁を消そうとした。
「おやめなさいませ・・・肌を傷めます。」
「ナフテラ・・・。・・・・・?・・・なぜそんな言葉遣いを?」
「ファラオが・・・貴女様を王妃に上げると仰せられました。これより貴女様がこの後宮の主人で在らせられます。」
「!!」
部屋は変わりますので只今設えております・・・」
「やめて!お願い、いつもの様に呼んで!キャロルって・・・唯のキャロルって呼んで!」
「ファラオのご命令です・・・私達は従うほか無いのです。キャロル様・・・。」
耳の奥に、重い錠が下ろされる音が響いた。





虚ろな心でふらふらと湯から上がる。侍女達に世話されながら、キャロルの瞳は見えない鳥籠の、閉ざされた扉を見つめていた。
後宮の一番良い部屋の準備が整い、キャロルは美しく装った姿で部屋を移った。
その表情は硬く、人形のように生気が無い。
ファラオもやがてやって来た。
「自分が傷付けた相手のところへ来るなんて・・・私の言葉が判らないの?」
「やはりお前は美しいな。」
「出て行って。」
何か足りぬものは無いか?何でも手に入れてやろう。」
「貴方からなど、一切何も受け取らないわ。この恥知らず。」
二人の言葉は全くかみ合っていない。少女の言葉を聞いた侍女達が竦み上がる。
そんな言葉を吐いた女が、ファラオの剣の餌食にならなかったことなどないのだ。
「何度でも言う。お前は私のものだ。此処から出ることは許さぬし、私が飽きるまで相手を致せ。
 私が政務を取っている時は自由に過ごすが良いし、したいことは何でもするが良い。但し私が戻ってきたら、必ず私の側に居よ。」
「じゃあ、今までのように仕事をさせて。貴方の言うなりになどならないし、王妃様なんて呼ばれて陰で舌を出されるのも嫌。私は唯のキャロルだわ。」
口論をしているうちに感情が高ぶってきたのだろう、瞳が輝きだした。
・・・・その方が良い。虚ろな顔で私に抱かれるより、嫌ってでも良いから私を見ろ。その瞳に私を映せ。
「したいようにするが良い。ナフテラ。」
「はい。」
「今までどおりキャロルと呼んでやれ。仕事もさせるが良い。何でも自由にさせてやるが良い・・・
 ああ、西の庭に潜んでいた者はどうやら逃げたようだ・・・・・全員な。兵士が二名殺された。」
 自虐的な気分で告げる。キャロルは私よりあの男のほうを気にかけるだろう。
「えっ!?イミルは只のの商人だって言っていたのに兵士を殺したの?」
「あれは商人ではないな・・・此処へ忍び込む時に、既に複数の兵を殺している。はじめからお前に近付くのが狙いだったようだ・・・」
「そんな・・・・!ギザまで連れて行ってもらおうと思っていたのに・・・」
「何の見返りも無く人を殺してまでか?世の中はそう甘くないぞ・・・その考えの甘さがいつか命取りにならねば良いがな。」
「・・・・・」
「いずれにせよ、お前のせいで警備は強化された。二度と逃れられぬよう、お前は自分で自分の首を絞めたのだ。
 今回はそれで許してやろう。・・・・・それから。」
キャロルが肩を揺らす。
「セチの傷は回復してきている。安心致せ。」
はっと顔を上げた少女の表情が、確かに安堵の色を浮かべている。
解っていた筈なのに。胸のなかで、嫉妬という名の毒蛇が鎌首を擡げる。
気付かない振りで顎を捉え、口付ける。少女は唇を引き結んでいる。
「これをやろう。その身を飾るが良い。」
掌に載せた指輪を、キャロルは躊躇い無く床に叩きつけた。高い音がして美しい硝子が砕け散る。
「貴方からなど一切何も受け取らないわ。私を抱きたければ抱けばいい。そしてセチを解放して。
 それが貴方との約束だったはずよ。」
「・・・・・明日も来る。」





ファラオが踵を返す。
握り締めたお互いの拳が震えていたのに、それぞれが気付いていなかった。





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