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ナイルに陽が沈む。王宮はそろそろ夕餉の支度に慌しい。
黄金の髪の少女は明け方呼び出された男の手紙を信じて、西の庭に忍んで行くところだった。
キャロルの部屋はもともと此処だったから、警備の兵士に見咎められた時には
「忘れ物を取りに来た」という理由で通してもらった。
だがキャロルは自室に、呼び出された手紙を処分せずに置いてきてしまった。
手紙は見つけた侍女からファラオの手に渡り、ファラオは策を巡らした。
「・・・・・?・・・・・イミル、其処にいるの?」
宮から階を降り、昼間、商人だと名乗った男の名を呼びながら庭の奥へと歩みを進める。
彼に頼んでギザまで連れて行ってもらおうと思っていた。
心なしか衛兵の数がいつもより多い。
「・・・・・イミル、手紙を呉れたのでしょう?何処?」
巡回する衛兵をやり過ごし、物陰に隠れながら、キャロルは知らず知らずに門の側まで来ていた。
「門を閉めよ。」
聞き覚えのある声がして、兵士達が復唱しながら青銅の西門を閉ざす。
しまった。これでは自分はともかく、あの商人が出られなくなってしまう。
「・・・・・キャロル。其処に居るのは判っている。出て参れ。」
紛れも無くファラオの声だった。
「何故貴方が此処に?それにその格好・・・」
「お前の後を尾けてきた。お前こそ誰と逢うつもりだ?」
ファラオは腰にいつもの剣を帯びていた。
「只散歩に・・・」
「甘いな。部屋にこれが残っていた。」
眼前に放り出されたのはあの呼び出し文。キャロルが青ざめる。
腕を掴んでで引き摺り寄せられ、耳元で囁かれる。
「現場を誰かに押さえられれば、如何に私だとて庇ってはやれぬ・・・お前は不義密通の罪を働いたことになるところだったのだぞ。」
「どうしてよ。まるで私がもう貴方のものみたいな言い方はしないで!」
「大きな声を出すな。周知の事実となっている。」
斬って捨てるように言うと少女の腰に鋼の腕を回して押さえ込み、周りの兵士に合図する。
兵士が弓に矢を番えて構える。
「止めて!」
「誰を庇う?誰か居るのか?」
「誰も居ないわ、射るだけ無駄よ!」
「誰も居らぬなら射ても構わぬ・・・・射よ。」
弓弦を鳴らして矢が放たれる。植え込みの影に、草叢に、、木立に。
冷ややかに見据えながら、ファラオは先刻の光景を思い出していた。
あの時。侍女が呼び出し文を届けてきたとき、有り得ぬと思いながら絶望に襲われたのだ。
もしやキャロルの家族が少女を連れ戻しに来たのかと。キャロルが私以外の誰かと親しく過ごすのではないかと。
キャロルが何処かへ飛んでいってしまうのかと。
一足先に兵士を西の宮に向かわせ、逐一報告させた。
そして判った。自分を狙った暗殺者と、キャロルに昼間近付いた男が同じ一団だと。
我慢できずに協議を打ち切り、西の庭を見下ろすとちょうど男達が草叢に潜むところだった。
幸いに向こうはこちらに気付いていない。こちらは高いのでほぼ丸見え、矢を射掛けて討ち取ってやろうかと思ったが
辺りをうかがうように少女が現れ、階を下って庭へ出て行った。
そのままでは共に逃げられる。指示を出して間一髪で閉じ込めることに成功した。
「やめて!やめて!」
合図をして矢の雨が止む。辺りは静まり返って何の音もしない。
「・・・・・もう一度だ。」
再び矢の雨が降る。ファラオと兵士の耳はかすかに呻き声を捉えた。
「やめて!お願いやめて!・・・・逃げて!イミ・・・」
大きな手がキャロルの口を塞ぐ。
「止めよ。もう良い。手分けして『昼間の暗殺者』を探せ。どうやらこの辺りに潜んでいるようだ・・・。手負いの者が居る。
怪我人だからと油断するな。」
「畏まりました。」
青銅の大きな門の前で、兵士が暗殺者を狩り出すために動いている。ファラオは油断無く辺りを見回しながらキャロルを詰問している。
「お前に文を届けたのは誰だ?」
「・・・・・知らないわ。明け方、帳越しに声を掛けられて差し入れられた布に入っていたの。」
「謀られたな・・・・」
顎を掴んで睨みつけられる。
「お前を快く思わぬ者が状況を利用したのだ。お前が口走った男も一枚噛んでいるかも知れぬ。」
そのまま口付ける。
「もう許せぬ・・・限界だ・・・・・」
その瞳に燃え盛る怒り以外の感情に本能が震え上がる。
キャロルの唇を己が唇で塞ぎながら、ファラオの剣は飛び出してきた男の剣と刃を交えていた。
「命が惜しければ、私の側を離れるな。門は私の命無くば開かぬ。」
ファラオと刃を交わしているのはイミルだった。だがどう見てもその身のこなしは商人ではない。
洗練され、優美でさえある。そう、まるでファラオのようだ。
「そのほう、商人ではないな・・・何用で参った?」
「・・・・・・・・・・」
「暗殺者にしては落ち着き払っている。態度が大きい。」
「・・・・・・・・・・」
打ち交わすたびに放たれる挑発の言葉にも、イミルと名乗った男は無言だった。
「狙いはキャロルか?」
わざと剣を引いてキャロルの姿を晒す。それにも乗ってこなかった。
そして只一言。
「撤収せよ!」
叫ぶと突撃の体勢を取り、あっという間に囲みを突破して走り去った。
「ちっ・・・・・南門から出るようだな。恐らく間に合わぬ。市中に伝令を出せ。ナイルにもだ。国境に伝書鳩を飛ばせ。
庭を捜索して遺留品を回収せよ。」
矢継ぎ早に指示を出すと兵士が散ってゆく。
それを見届け、振り返って改めてキャロルを見た。
「・・・・・キャロル・・・逃がさぬ・・・誰にも渡さぬ・・・・・」
ファラオはキャロルを部屋に引きずり込んで軟禁した。それから各地に出した報告に目を通し、夕食を摂りながら新たな指示を出す。
そうやって自分をを落ち着かせなければ、愛しい少女に対して何をするか、自分でも判らなかった。
だが時間と共に抑えきれなくなってくる。
やはり限界だ。お前を何処にもやりたくない。願いは何でも叶えてやろう、大切にすれば・・・
決めた。お前を王妃にする。今宵お前を抱いて、全て私のものにする。
「キャロルはどうしている?」
「食事をお済ませになられました。これより湯浴みをなさいます。」
ファラオではなく、己の中の男が、確かに目を覚ました。
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