好→白←嫌





ファラオがナイルの娘と婚約し、婚儀の日取りも決まって、王宮には独特の雰囲気が満ちていた。
その日を迎えるまで何事もないようにと緊張する雰囲気と、お祝い事を迎える、どこかうきうきした気分だ。
そしてファラオがキャロルに一匹の猫を贈り、少女が飛び切りの笑顔で礼を述べ、お祝い気分は一気に高まった。
逆らっているばかりだった少女がファラオに対して、隠すことなく素直に振舞っている。
ファラオがあんなに嬉しそうに、声を上げて笑うことなどなかった。
このお二人なら、きっと上手くいく。お幸せになられるに違いない。





ところが、二日経ち三日経ち、一週間が経つころには雲行きが怪しくなってきた。
二人が言い争いをしている。
勿論、以前のようなキャロルが脱走する、だの、ファラオが暴力をふるう、だのではない。
そんなことに比べれば些細な小競り合い・・・というか、ファラオが一方的に食ってかかり、キャロルが呆れているような感じだが。
日中はいつもと変わらない。
二人一緒に朝食、政務、昼食、夕食。
メンフィスが視察に行っている間は、キャロルは侍女や女官長達と共に婚儀の打ち合わせをしたりこの国のことを学んだり。
メンフィスが帰って来れば笑顔で出迎えるし、戯れかかれば真っ赤になりながらも嫌がる様子なく受け入れる。





問題は夕食の後だ。
湯浴みを済ませ、キャロルの部屋にメンフィスがやって来る。
これは以前からの慣わしで、別にどうということはない。奇異なことでもない。
ファラオとファラオの想い人が共に夜を過ごすのだ。邪魔をするのは無粋なことだろう。
扉を守る近衛兵達も最初は口を噤んでいた。
しかし、毎夜のこととなると、どうしても好奇心が騒ぐ。
一体何故、何が原因で。
そのうちに誰かが言い出した。
「そういえば、ナイルの娘は、最近ファラオから贈られた猫がことのほかお気に入り。」
「そういえば何時も連れている。」
「今もこの部屋の中にいるはず。」
・・・・・まさか。
・・・・・ありえない。
確かにファラオの、ナイルの娘に対する愛情は並々ならぬものがある。
少しでも姿が見えないとイライラするし、人目も憚らず愛の言葉を囁いて、物慣れない少女が真っ赤になっている姿をよく見かける。
・・・・・でも。
現に今宵も、ロータスを基調に色彩豊かな花々が描かれた扉の向こうからは、くぐもってはいるがファラオの声が聞こえてくる。





「こやつめ。此処は私とキャロルの褥だぞ。毎夜毎夜当然の顔をして割り込んで来おって。」
「だから何時も言ってるじゃない。猫は人肌を恋しがるものなのよ。それに放り出すなんて可哀相だわ。」
「例え猫であろうと許せん。寝床があるだろう。そちらへ移せ。」
「・・・・・分かったわ。でももうちょっとで寝付くからそれまで待って。今動かしたらまた登ってくるわよ。」
「・・・・・仕方あるまい。」
「それまで静かにしててね。」
「わかって居るわ。」
メンフィスが小声で悪態を付きながら、二人の仲を邪魔する白い生き物をを睨む。
同じ白なのに、なんと忌々しい存在だ。このようなことになるのなら拾って来なければ良かった。
キャロルがやっと私を見てくれるようになったのに、このままではこんな物にキャロルを取られてしまう。
キャロルもキャロルだ。この私より猫に気を使っているようなことを言う。
只でさえ近頃は婚儀の準備で日中は忙しく、ゆっくり過ごせるのはこの時間だけだというのに。
ぶつぶつと、内心文句を言いながら見ているとやっと猫が眠った。
だが、同時にキャロルまで眠っている。横になっているうちに、猫のぬくもりに眠りを誘われたらしい。
揺り起こそうとしていいことを思いついた。
そっと起き上がり、猫を寝床に移す。
そして褥に戻り、今度こそ二人の仲を邪魔されない様に少女の身体をしっかり抱いて横になる。
キャロルは少し身じろぎしたが、メンフィスが頬を撫でてやるとうっとり微笑んでまた眠りの中に戻っていった。
もう少しその瞳を愛でていたかったが寝顔も愛らしい。
暫く眺め、額に口付けして掛け布を引き上げる。





少女のぬくもりを感じながら、安らかな眠りの腕にその身を委ねてどれくらい経っただろう。
何だか腹の上が重くなった。
刺客に襲われたのか!?
それにしては全く殺気がないし気配が小さい。
まさか。
キャロルを起こさぬよう身を起こすと、腹の上から何かが転がり落ちた。
猫だ。
この生き物は生意気にもファラオたる私の腹の上に乗って来たのだ。
図々しいにもほどがある。
腹立ち紛れに首を掴もうとすると、手の甲を引っかかれた。





扉を守る近衛兵達は、いつもより争いが早く終わったことと、静かになった室内の気配に安心していた。
無言の警備が決まりなのだが、長時間の勤務は退屈だし眠い。
時折ぼそぼそとたわいないことを喋って眠気を追いやっている。
突如大きな音を立てて扉が開いた。
近衛兵が飛び上がって直立不動の姿勢をとる。
ファラオは近衛兵に目も呉れず、声高に侍女を呼びつけて首根っこを掴んでいた猫を放り投げる。
「こやつを何処かに閉じ込めておけ。私の腹の上に乗って良いのはキャロルだけだ!」
その場に居た全員が固まった。
扉が再び音を立てて閉まったが、暫くの間誰も口を開かなかった。





腹立ち紛れにずかずか戻ってくると、物音に飛び起きたキャロルが褥で真っ赤な顔をしていた。
「・・・済まぬ。起こしたか?」
次の瞬間枕が飛んできた。
「なにをする!?」
危うく身をかわすともう一つ。
片手で受け止めるとキャロルが悲鳴を上げる。
「もっ・・・なんてこと言うのよ。皆の前で!!」
「何がだ!!あやつは無礼にもこの私の腹の上に乗って来たのだぞ!重苦しい!」
見るとメンフィスの腕は傷だらけだ。どうやら、たかが猫相手に本気で格闘していくつも引っかかれたらしい。
だがキャロルも興奮していてそれどころではない。
「そんなことを言っているんじゃないわ!明日の朝、どんな顔をして皆に挨拶したらいいのよ!」
「ファラオとファラオの想い人が共に褥に居るのだぞ?いつもどおりで良い!」
「そんなこと言われても、恥ずかしいの!」
「・・・・・キャロル。何を考えている?」
もっと真っ赤になった。白い透き通るような肌が、羞恥のあまり匂い立つような色香に染まっている。
「え?あ!?ご・御免なさい。考え過ぎよね。そうね。」
「教えろ。」
「なんでもないの。御免なさい。」
「良いから申してみよ。」
「だから御免なさいって。何でもないの。本当よ?」
いつの間にか、身を乗り出していたキャロルが及び腰になり、反対にメンフィスが勢いを得ている。
そしていいことを思い付いたというようににやりと笑った。
「ふ・・・ん、まあ良いわ。条件二つで許してやる。」
「な・何?」
「手当てをいたせ。」
キャロルがびくびくしながら傷の手当てを終えると、メンフィスは褥に寝そべってキャロルを手招きした。
いつも通りだ。
安心して、でもなんとなく離れて座るともっと傍に寄るように促された。
「条件二つ目。お前から口付けせよ。」
「な・・・・・」
心臓が止まるかと思った。今までにそんなことをしたのは昏睡から覚めた時だけだ。
恥ずかしい。心臓がどきどきして顔から火が出そうだ。
「誰も居らぬ。先刻の「考えたこと」を白状するか口付けか、どちらだ?」
「〜〜〜〜〜〜!」
メンフィスが面白そうに瞳を輝かせている。この上なくご機嫌だ。
こうなったらもう逃れられない。
キャロルは覚悟を決めた。
白い腕をおずおずと伸ばし、ファラオの引き締まった頬に添える。
花びらのような唇をほんの少しだけ触れさせて、離れようとすると逞しい腕に絡め捕られた。
「これでは数に入らぬ。もっとだ。」
再度、今度は先刻より僅かに深く触れさせると、そのまま深く口付けられる。
やっと放して貰ったキャロルが大きく喘ぐと、この上なく優しい光を湛える瞳が見ていた。
「キャロル・・・愛している・・・」
それは何より愛しい人からの、何より嬉しい言葉。
キャロルも自然に腕を伸ばし、メンフィスの逞しい背に回して囁いた。
「愛しているわ・・・誰よりも、何よりも。」
そのまま、今度こそ二人だけの温もりに包まれて、安らかな眠りの神にその身を委ねる。
明り取りの火もやがて尽き、月の光だけが照らす二人はどんな夢を見ているのだろう。





その頃扉の外では、完全に眠気の吹っ飛んだ者達が、明日の朝はどんな顔をして二人に挨拶しようかと
あちこちで悩んでいた。




                                                           END




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