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白き迎え
キャロル・・・本当に愛している・・・・・
あれからもう五年の月日が流れてしまった。
お前がたったひとりでイアルの野に旅立って行ってしまってから。
一日でも、いや、一時でも早く、お前を追いかけて行きたいと思っていたのに。
長かった。お前の居ないたった五年がこれほど長いとは思わなかった。
そちらにナフテラは居るのか?イムホテップは?
二人ともさっさと逝ってしまいおって。王妃様の元でお待ちしておりますなどと。
だが今更お前の後を追いかけて行っても、そこにお前は居らぬかも知れぬのにな。
・・・・・よい。お前をこの私のものとし、王妃という名の鎖で繋いだのは私だ。
死して後、お前は自由になった。そして鎖に繋がれたのは私だ。
この鎖を引き摺ってでもお前を探して彷徨うことにしよう。
お前に逢えるまで探し続けようではないか・・・・
愛している・・・・・キャロル・・・・・
「ファラオ、此方においででしたか。」
将軍が物思いに耽るファラオの元に現れ跪く。
「・・・ミヌーエか・・・何用だ?」
「は、ヒッタイトとその近隣諸国について、潜ませていた者よりの報告です。
彼の国は最近、国力に揺らぎが見えているとのこと。近隣との小競り合いが増え、新皇帝は討伐で殆ど国を空けているとのことです」
「そうか。先帝は強引なやり方で、内外に敵が多かったからな。」
「はい。暫くは我が国に矛先を向ける余力はないでしょう。」
「国内の様子は?」
「は・・・」
「よい。有り体に申せ。」
「では。王妃様が亡くなられてもナイルの氾濫は例年通りです・・・民は安堵と感謝の言葉を述べております。
ご加護は失われておらぬと。ただ次の王妃を望む声が、臣下高官の間からちらほらと上がって来ております。」
「・・・そうだろう。正妃の座が空だしな。側室も世継ぎも居らぬ。」
「ファラオ・・・」
「・・・・・大儀であった。下がるがよい。」
「・・・はい。では。」
腹心の部下が一礼して背を向ける。
その背に向かってファラオは言った。
「後はお前に・・・任せてよいか・・・?」
人気のない後宮の、愛する娘が過ごしていた庭を眺めながらファラオは座っていた。
巨大な鳥籠を厭っていた少女が唯一、此処にいるときだけは笑顔を見せた。
そして幻のように姿を表し、恥ずかしそうな微笑を見せて掻き消えたのも此処だった。
飛べないはずの白鳥は大空へ舞い上がって消えた。
あの鳥のように、キャロルも死して私という鎖を断ち切り、私の元から消えた。
お前は自由になったのだろう。
お前は変なところで義理堅かったからな。挨拶くらいはしておかねばと思ったのだろう。
だが、私を繋ぐ鎖はどうする?
だから・・・例え永劫の時を彷徨うことになってもお前を探し出して、お前という鎖に繋がれよう。
物憂げに庭を眺めていたファラオが階の下に気付く。
何か・・・白く輝くものが蹲っている。
丸い・・・・鳥か?やけに大きくて白い・・・まさか白鳥?
いや、あれはもう飛んで行ったはず。
見つめるファラオの視線の先で、白い輝きは翼を持つ姿へと代わり、次いで黄金の光を纏った。
そして次の瞬間。
ファラオが一時たりとも忘れることのなかった愛しい少女へと、その姿を変えた。
「メンフィス・・・会いに来たわ。」
「何故お前が?お前は・・・」
「これでも悩んだのよ。どんな顔をしてあなたに会おうかって。嫌われて居たらどうしようかって。」
「嫌うだなどと馬鹿なことを。私が未だ信じられぬのか?」
「信じられなかったのは私自身。あの時、もう駄目だと思ったから。愛されていないならせめて誇りだけはと思って・・・」
「それで来たのか?それを伝えるためだけに?」
「・・・・・これだけ伝えておくわ・・・愛しているわ、メンフィス。遅くなったけれど自分の口から言いたくて。」
「それだけか?」
「ええ・・・」
「待て。私の言うことを聞いてから決めても良かろう。・・・一緒に逝く。いや連れて逝ってくれ、キャロル。」
「・・・・・」
「国内は安定している。大きな支障もないように整えておいた。後はミヌーエに任せる。事後の憂いはない。」
「・・・いいの?」
「お前は私という鎖を断ち切ったが、私に繋いだ鎖はどうして呉れる。私はもう、未来永劫お前だけのものだというのに。」
「それは私も同じことだわ。私に繋がれた鎖は、もうずっと貴方に握られたままよ。」
「私はお前を愛している。お前は?」
少女は何も言わず、睡蓮の花が開くような飛び切りの笑顔を見せた。
ファラオが、いやメンフィスが、心の底から欲した笑顔だった。
メンフィスが立ち上がって階を降りる。そしてキャロルが差し出した手をとって掌に口付けた。
「逝こうか、キャロル。私達は未来永劫お互いだけのものだ。」
「ええ。」
風が冷えてきた為、入室を促そうと近付いてきた臣下が様子に気付く。
異変に気付いた者達が集まって来た。
腹心の将軍が、まるで眠っているかのようなファラオの前に跪き、ゆっくりと握られていた拳を開いた。
j純白の羽根が一枚。
苛烈な、焔のような気性と謳われたエジプト王の、それは穏やかな最後だった。
END
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