探し物





ファラオが珍しく宝物庫に籠もっている。
何か探し物があるとかで監督官を追い出し、供もつけずに一人らしい。
将軍に言われてキャロルが行ってみると、入り口に彼の肩衣が放り出してあった。
溜息をついて拾い上げ、声を掛けて中に入った。





昨日二人は喧嘩をしたのだ。
ファラオが下働きの腕を切り落とすよう命じたのだと言う。
侍女から話を聞くなり、キャロルはファラオのところへ飛んで行って詰問した。
だが彼は「それがどうした。」のみで取り合わなかった。
それがあまりにも素っ気無かったので意地を張ってしまった。
気まずい。
将軍に言われなければ知らん振りを決め込むつもりだったのだが、
「新しい剣をファラオに届けるように。」
と言われてしぶしぶ来たのだ。
将軍も後から行くと言う。
新しい剣が出来たときは何時も、将軍が手合わせをするのが習いだそうだ。
練習用の剣なら近衛隊長でも良いのだが、真剣で打ち合うとファラオと将軍の迫力に誰も近づけない。





明るい戸外から暗い室内へ。
音はしているから間違いないだろう。その方向へすたすた近づいていくと、長い髪が眼に入った。
「メンフィス、ミヌーエ将軍から届け物よ。」
「ああ、ようやく来たか。」
「あら?いつもの剣は?」
「目印に外へ置いて来た。」
扉が閉まった。
二人が顔を見合わせる。
「・・・・・閉まったわね。」
「ああ・・・・・」
「中からは開けられないの?」
「無理だ。盗人を閉じ込めるため、内側からは開かぬようになっている。」
「・・・・・・・・・・と言うことは、気付いてもらえるまで二人きり?」
「そういうことだな。」
「ちょ・・・冗談じゃないわよ。こんな所にメンフィスと二人きりだなんて。」
「・・・それは、どういう意味だ?」
秀麗な顔がずいと迫ってくる。
「良いではないか。邪魔者は居らぬし時間はたっぷりある。ミヌーエには居場所を知らせてあるのだからそのうち気付くだろう。」
「ちょっと!本当に冗談じゃないってば!誰か〜!」
「叫んでも聞こえぬのは経験済みであろう?此方へ来い。可愛がってやろう。」
にやにや笑った顔でからかわれたことに気付く。本気で殴ってやろうと拳を握った時に声が聞こえた。





「王宮の男女がこんな所で逢引かい?いいご身分だねえ。」
「ご命令ではそっちの別嬪さん一人を殺れってことだったけど・・・面倒だから、二人纏めて殺っちまうか。」
「殺る前に味見しても良いだろう?こっちの男前一人だけに独占させとくなんてのは勿体無い。」
「・・・・・ということだが、キャロル、どうする?」
「酷い!本当に本当に冗談じゃないわよ!こんな所で殺されたら化けて出てやるから!」
「ということだ。」
次の瞬間、空手だったはずのメンフィスの右手に、白刃が出現した。
メンフィスがキャロルから後ろ手にひったくって鞘を払ったのだ。
背にキャロルを庇い、冴え冴えとした笑いを見せる。
「何処から入った?『ご命令』というからには只の盗人ではあるまい。
 それにこの女は私のものだ。お前らのような下種には勿体無さ過ぎる。」
「・・・・・!」
構えただけでこの威圧感。集まった方が分が悪い。
それでもすばやく計算したのだろう、相手が後ずさる。
「逃げてどうする?袋の鼠はそちらであろう。それとも・・・」
背後にあったキャロルの気配が離れた。
はっとして振り向くともう一人、男がキャロルを羽交い絞めにして剣を突きつけている。
「こやつ、キャロルを放せ。」
「おっと。これ以上近づかないようにお願い申し上げます、ファラオ。・・・こう申し上げれば我々の目的が何であるかお分かりでしょう。」
背後の男達が悲鳴を上げた。目の前の眉目秀麗な青年が誰であるか分かったのだ。
「その者達は貧しさのあまり金で雇われただけです。拷問にかけても何も出ません。
 私を雇ったものは、更に別の者に金で雇われていましてね・・・手繰っても途中で切れるだけだと思いますよ。」
「キャロルをどうするつもりだ?」
「ご存知でしょう?お聞きになりたいですか?」
何だか淡々とした言い方が気に掛かる。
「・・・・・分かった。貴様の言い分は?」
「何もありません。私は只、この娘の命を奪うよう言われただけです。」
「誰かの命をかたに取られたのではないのか?」
「いいえ。」
一瞬の間があったように感じられた。
「そんなことをしてみろ。貴様を引き裂いてセベク神に食わせてやる。」
「死んだ後のことなどどうでも宜しい。まあ、図々しいついでにあの者たちは何も知らないということと、
ナイルの娘が王妃に相応しいと考えている者とそうでない者とが動き出しているということをお忘れないように。
さあ娘さん、こんな男が死出の伴というのではご不満でしょうが、これも不運だったと諦めてくださいよ。」
「私の命を呉れてやるからキャロルを放せ。」
「メンフィス!駄目よ、貴方が居なくなったら・・・」
「さあ、お別れは済んだようですね・・・では失礼しますよ。私も後から参りますので。」
首筋に当てられていた剣が一瞬離れ、振りかざされた。
メンフィスが手にしていた剣を投げつけようと構えるのが見える。





もう駄目。





次の瞬間、どさりと音がしてキャロルの身体が自由になった。
「遅いぞ!ミヌーエ!」
「申し訳ありません。気取られぬよう近づくのに手間取りました。」
「さあ、形勢逆転だな。ちょうど新しい剣も手に入ったし、試してみるのも悪くない。
 それに私とキャロルに無礼な言葉を吐いたその口、削ぎ落としてやる。」
男達は泣き叫んで命乞いをする。
「命だけは・・・お願いです、命だけはお助けを・・・・」
「ふん。」
言うなり滑るように前進。男達はあっという間に峰打ちを喰らい、その場に昏倒した。





「結局、扉は閉まったままだな。」
「この人達は何処から入ったのかしら。」
「監督官はこの際関係ないですね。小物はともかく、首領は此処で死ぬつもりだったようですし・・・」
「じゃ、メンフィス、鍵はどうやって開けたの?」
「私の目の前で、監督官が開けた。」
「それなら何処かに細工がしてあるのかも。私、探してみる。」
こやつらはどうする?」
「櫃に入れて蓋をしておきましょう。。気付けば物音がしますし。」
「そうだな。」
という訳でファラオと将軍は、のびている男達から剣を取り上げ、空にした櫃に纏めて放り込んで蓋をした。
キャロルはその間にあちこち探してみたが、それらしいものは無い。
「あったか?」
「おかしいわね。見つからないの。」
「何処かにあるはずですよ。現にこの者達が入って来ているのですから。」
「誰か一人引っ張り出して、口を割らせるか?」
蓋を開けてみると未だ皆気を失っている。





「・・・・・暇だ。ミヌーエ、剣は?」
「此処に。」
「決まりだな。キャロル、離れて居れよ。」
二人は離れて向かい合い、その場で剣の稽古を始めた。
打ち合い、身をかわし、切り結び、飛び退る。
高い音と飛び散る火花。男が余人を交えず命をやり取りするその有様。
一個の命が一本の剣に載せられ、ぎりぎりの均衡を保って行き来している。
それは危険で美しい、二羽の猛禽の舞のようだった。
例えるなら鷹と隼。重厚な切れを見せる将軍と軽快に突きを繰り出すファラオ。
いつの間にか気付いた男達も、櫃の中から顔を並べて、ファラオと将軍の剣捌きを息を飲んで見つめている。
かなりの時間切り結んでいるのに、二人の男の息は殆ど上がっていない。
果てることの無い舞を見ていたキャロルがふと気付いた。
天窓から光が降り注ぎ、二羽の猛禽の踊る様を石床に描き出している。


男達の影を落としている、光の筋が二本あるのだ。


「メンフィス!将軍!見つけたわ!」





石造りの壁に細工がしてあった。
石一つをくりぬいてはめ込んであり、石と石の隙間が太陽の角度で石床に現れたのだ。
「ふん、こんな所にあったとはな。これはお前達が作ったものではあるまい。どうやら本当に盗人が別にいるようだな。」
「はい。」
「ああそうだ、それから・・・」
「畏まりました・・・お前達、本当に何も知らないのだな?」
「はいっ。美味い話があると、それだけです。」
「そうか、ではお前達は罪を償ったら軍へ入る気は無いか?ごろごろしているよりよほど役に立つ。」
「えっ・・・?」
「それから首領、お前には話がある。」
「分かっています。首を洗って待って居ります。」
やはり淡々とした話しぶりだった。
「メンフィス、そんなこと言って本当に・・・・・」
「拷問などせぬよ。顔を見れば分かる。無駄だ。」
「・・・・・」





石に手をかけるとあっけなく動き、それは床に落ちて砕けた。
後には、人一人が屈んで楽に通り抜けられるくらいの穴が、外に向かってぽかりと口を開ける。
ちょうどメンフィスと将軍の肩の辺りだ。
ファラオ、キャロル、将軍の順で穴をくぐって外へ出る。
「やれやれ。一国のファラオともあろう者が宝物泥棒の真似事とはな。」
「昔を思い出しますでしょう。ファラオはよく取り巻きの者達と先王の目を盗んで市中に繰り出され、
 後を追うのに苦労したものです。」
「ええっ!?メンフィスてばそんなことしてたの?私には外へ出るな出るなって五月蝿いのに。」
「五月蝿いわ。ミヌーエも余計なことを言いおって。」
将軍がにこにこ笑う傍でファラオは渋い顔をし、キャロルは好奇心一杯である。
「ねね、メンフィスの子供の頃ってどんな風だったの?」
「それはもう、手の付けられない暴れん坊。気が強く、王子が駆ける後には草一本生えぬといわれたくらい。
 気に入らねば物は叩き壊す、端の者は蹴飛ばす。道でも田畑でも関係なく馬を飛ばす。
 取り巻きは取り巻きで、いずれも劣らぬ乱暴者ぞろい。唯一諫めるのはウナスですが、これは本当に役に立ちませんでした。
 でも唯一つだけ、ファラオがなさらなかったことがあります。」
「何?」
「ファラオはお小さい頃から、気に入らねばどんな者でも一刀両断されるくらい苛烈な気性の持ち主。
 しかし、決して理由なく弱者を玩ぶことだけはなさっておられません。」
「でも昨日は・・・」
「確かに奴隷の腕を落とされました。しかしあれは盗みを働いたため。この国の法に従っているのです。
 キャロル、貴女の住まう国には法はありますか?」
「・・・・・あります。」
「では、貴女の国で、法を犯した者はどうなりますか?」
「犯した罪の重さに応じて償います。」
「そうでしょう。その国々によって法は違い、償い方も違う。
 この国で守るべきマアトを現そうとしたものが法だと、そしてそれを具現するのがファラオなのだと私は思っているのですが。」
「・・・・・」
「貴女がこの国のことをもっと知ってくだされば、この国の何処が素晴らしくて何処が足りないかが分かるでしょう。
 それは貴女にとってもこの国にとっても、決して悪いことではないと思いますよ・・・と宰相のようなことを言ってしまいました。
 私はたかが軍人で、政治や法については素人なのですがね。」
「ありがとう御座います・・・・・メンフィス!待って!」
将軍と話しているうちに間が開いてしまった。
小走りに駆け寄って行くキャロルの後ろを、将軍がゆっくり歩いてゆく。
「メンフィス・・・将軍に言われて考え直したわ。御免なさい、私の価値観だけで勝手に判断したりして。もう少し勉強が必要ね。」
「分かったなら良い。ミヌーエの小言も少しは役に立ったか。昔を思い出してしまったぞ。」
将軍が苦笑する。
「あの頃は毎日のようにメンフィス様の行方を捜したものです。それが今はキャロル、貴女です。」
「私?」
「そうです、昔私がファラオにお願いしたことを、今ファラオが貴女に願っておられる。」
「?」
頼むから、もう少し大人しくしては呉れまいか。」
「五月蝿いわ。」
相変わらず、ぶすりとした顔でファラオが唸る。
将軍は後始末のためにそこで下がり、辺りが騒がしくなった。
「あ、忘れてた。これ・・・」
気付くとキャロルは宝物庫の入り口で拾ったメンフィスの肩衣を、未だしっかりと抱いたままだった。
「ああ。」
手を伸ばし、受け取りながらキャロルの耳元で囁く。





今度昔の取り巻きを集めるゆえ、遠乗りに参ろう。





                                                     END





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