plot and scheme






ヒッタイト帝国にて内乱!
皇帝に溺愛されて担ぎ出された庶子と、世継ぎの皇太子の間で火花が散ったと。
その知らせはオリエント各国に走り、諸国は固唾を呑んで成り行きを見守った。
どちらが勝つのか、どのように動けばわが国に有利か。
数ヵ月後に帰趨が定まった。、勝利した皇太子は庶子を誅殺、父を幽閉して新しい帝位に就いた。だが子が親に背くのは動乱の種だ。
ヒッタイトの新皇帝は手に入れた位を不動のものとするため、勝利の勢いを駆って次の狙いをエジプトに定め、動き出した。





エジプトのファラオと王妃は、その知らせを協議の間で受け取った。
「ヒッタイトは皇太子が勝利を収め、帝位に就きました!」
「ヒッタイト軍に戦の動き!わが国に向けて南下しつつあり。戦車、歩兵、武器食糧兵站等、かなりの力を割いてきております。」
「狙いは?」
「潜ませてある者に寄れば、ナイルの王妃を捕らえ、我がエジプトを支配下に置いて国内の不満を封じ込める様子。」
それに対し、王妃キャロルは驚くほど冷静に状況を分析して見せた。
「・・・・・つまりイズミル皇子は、父親に楯突いた理由を正当化するために今回の戦を起こしたって訳ね。
 そうすれば、皇位継承の正当性に、庶子を寵愛する暗君を誅する名君としての箔がつくし。
 この戦には勝った。次は不満分子を潰すためにエジプトとナイルの王妃を手に入れる。
 エジプトを手に入れれば名実ともにオリエント一の強国になるし、強国を屈服させたと内外に広告できる。
 エジプトを属国にして国が富めば、不満は小さくなるし近隣諸国はこぞって追従・・・・。そんなところかしら。」
「何を暢気なことを言っておるのだ。これはわが国に対する侮辱ではないか!それにお前は我が妃だぞ!?誰がそんな勝手な言い分を聞くのだ!?」
ギラリと瞳に苛烈な雷光を閃かせたファラオを、愛妃は手を上げて宥めた。
「分かっているわ。私だって好きでもない人の下へなど行く気はさらさら無いし、此処は痛い目に逢って頂かないと。」
「では戦の準備を。」
「おお、ヒッタイトなど一気に蹴散らしてくれるわ。」
「待って。」
満場の視線が再び王妃に集中する。
「何だキャロル。これはもう止められぬぞ。いざ戦となったら兵士の命より国が優先されるのは・・・・・」
「止めないわ。ヒッタイトの皇帝がヒッタイトで何をしようと勝手だけど、こんな下らないことでエジプトが巻き添えを食うのが真っ平なだけよ。」
「・・・・・何をするつもりだ?」
「ヒッタイト・・・新皇帝の軍は今、戦に勝った勢いと、前皇帝に反旗を翻した罪の意識との間で不安定になっている。其処を突くの。
 ああ、安心して。絶対にとは言えないけれど、最低限の犠牲で最大の効果を挙げることは出来ると思うの。協力してもらえるかしら?」
もとより自国の兵士に被害は少ないほうが良いに決まっている。キャロルの意見はさしたる反対も無く取り入れられ、準備が始まった。
王妃の命令で戦に使うために用意された物には、いくつも奇妙な物があった。
大きな団扇、麻袋、大量の小麦粉、酢、石灰。片手にもてるくらいの小さな壷、上等の葡萄酒、蜜蝋、皿、油。
いずれも大量に用意して欲しいということで、侍女や召使達は大わらわで調達に走り回った。
首をかしげる人々に黄金の王妃は、「いずれ分かる」とだけ言った。更に蜂の扱いに馴れた者を選び出し、事細かく何かを尋ねる。
聞いていたのは他に、ファラオと将軍達だけだった。




一方、国を出立したヒッタイトの兵団はエジプトを目指して陸路を南下していた。この戦にかなりの兵士を出したヒッタイトは一度に海路を動けなかった。
何より戦車軍団が居る。機動性、防御性に富み、近隣の諸国に無敵と怖れられてきた。この威容を見せ付け、戦いの意志を挫く目的もあった。
今ヒッタイト軍は窪地に差し掛かっていた。もうじき目的地に到着するのだが、出した斥候からの報告にはエジプト兵の姿は見当たらないと言う。
先頭集団が窪地の中央に差し掛かったときにそれは起こった。
頭上から麻袋が落ちてくる。地面に叩きつけられた袋はもうもうと白煙を上げた。馬と兵士が咳き込み、涙を流す。小麦粉だ。
「なんだ!?何故こんな所で小麦粉が・・・?」
続けて火矢が打ち込まれ、高々と翳された団扇から風が送られた。
窪地は一瞬のうちに火炎地獄となった。舞い上がった小麦粉に引火して粉塵爆発が起こったのだ。
次々と上がる火柱の下で大勢の兵士が火傷を負い、使い物にならなくなった。
ヒッタイト軍はそこでかなりの日数、足止めを喰らってしまった。

次いで開かれた戦は、三人乗り戦車を使うヒッタイト軍に有利な草原地帯だった。
窪地で懲りたために、障害物が無い平地を選んだ。そうすればエジプト兵が隠れる場所も無い。
歩兵が主なエジプト軍に対し、ヒッタイトは戦車を先頭に楔形隊形で突っ込んでくる。エジプトは左右に展開していた。
あれでは易々と中央を突破されて、本陣へ突っ込まれてしまう。
だが、先頭の馬が今まさにエジプト軍の囲みに突入しようとしたときに槍が幾本も投じられた。空手になった兵は即座に戦列を離れる。
明らかに戦車を引く馬目掛けて投げられた槍には壷が括りつけられており、衝撃で砕けて油や葡萄酒が馬や兵士に降り掛かる。
「・・・・・・・・・・?油?」
「葡萄酒!?うわ!目にしみる!」
次の瞬間。
「放て!!」
号令とともに弓弦を引き放つ音に気付いたヒッタイト兵士の一瞬の沈黙。
「ぎゃあああ!」
「助けて、助けてくれ!!」
「熱い熱い・・・ひいいぃぃ!!」
誰かが。いや、殆ど同時に複数の喉から悲鳴が上がる。
数百本の火矢が打ち込まれる。エジプト兵は側面から槍を投じ、背後から弓を射る。空手になれば次々と下がる。
さらに続けて打ち込まれてゆく火矢、油や葡萄酒の壷を括り付けた槍。
それらは火、閃光、煙、轟音を発して、戦車を引く馬を混乱と恐怖に叩き込んだ。
「引け!ひけ!」
「無理です!馬が言うことを聞きません!この上は中央突破を!」
「敵に背中を見せろというのか!?」
「馬を制することが出来ません!」
恐慌に陥ったヒッタイト軍がたくみに誘い込まれたのは、狭い隧路だった。


其処には罠が仕掛けてあった。
石灰を砕き、粉にして酢と混ぜ、隧道に仕掛ける。蓋の開いた甕からは、ゆっくり気体が溢れて溜まっていった。
そしてエジプト兵達が現れた。無意味に姿を表しては小競り合いを繰り返す。
ヒッタイト側は数日前から治療と休養のために隧道に入ったが、十分に休息出来なかった。
二度の負け戦。一方的にやられて負傷者ばかりが目立つ。死者は其処へ打ち捨てればいいが、動けない兵士は返って自軍の足を引っ張る。
さりとて生きている者を見捨てていくほど、まだ非情にもなれない。
さらにエジプト側が何度も小競り合いを仕掛けて来るので神経がささくれ立っていた。
交戦距離ぎりぎりで騒乱を起こされ、追い払っても追い払っても一日に何度もやってくる。さも小ばかにしたように。
ささくれた神経は冷静な判断力を失わせる。徐々に風紀は乱れ、上官の命令を聞かずに敵を追って深入りし、功を焦る者まで出る始末。
風の無い良く晴れた日。そしていつもより深く進んでしまった其処は、二酸化炭素の池だった。
狭い路を突進する馬が、突然口から泡を吹き、よろめいて倒れる。投げ出された兵士達も息が詰まって喘ぎ、酷い耳鳴りと眩暈に立っていられなくなる。
歩兵はもっと悲惨な目に逢った。先に進めば倒れる。後からは次々と後続の者達が進んできて戻れない。
そして次々に呼吸困難で倒れて屍と化してゆく。
筒の底は二酸化炭素で封じられ、入り口には戻れない。出口にはエジプト兵。
よろめきながら突破した後発隊は地獄の出口で弓矢の一斉射撃を受け、地獄へ追い返された。
ヒッタイト軍は此処までの戦闘で、全兵力の三分の一を死者と負傷者にしてしまった。





王妃は協議の間で知らせを受け取った。
「これで諦めてくれるようなら苦労は無いでしょうね。今までは上手く行ったけれど・・・
 さあ、私も出かけます。後はよろしく。」
そして王妃はファラオの陣営に旅立っていった。






その頃、ヒッタイトの陣営では軍議が紛糾していた。
戦うべきか、引くべきか。
斥候を出し、エジプト側の動きを探らせる。やがてもたらされた情報にどよめきが湧いた。
王妃がエジプトの陣営目指して旅立った。連れている兵力は小規模らしい。
軍議は一気に、戦闘再開に傾いた。このまま逃げ帰ったら背後から討たれるかもしれない。
それに国へ帰るにはなんとしても自軍の正当性、勝利を誇示しなければ。
ファラオを殺して王妃を手に入れる。目の前に、極上の獲物が二匹もいるのだ。
「王妃がエジプト陣営に到着したときを狙いましょう。」
お互いに牽制しあう数日が過ぎた。




「エジプト軍が移動します!」
斥候の声に飛び出したヒッタイトの将兵は、戦わずに兵を纏めて撤退してゆく敵軍の姿を見た。オアシスから撤去し、エジプト目指して移動して行く。
「ナイルの王妃の到着を出迎えるつもりか?。」
「追撃の命を!」
「いや待て。もう暫く様子を見よう。」
斥候を出して探らせると、背後に崖を控えたオアシスで陣を張っていると言う。しかも明らかに浮ついた空気だ。
酒が運ばれ、戦場とはいえないほどの料理が兵士達に振舞われている。
王妃がファラオの腕にしがみ付き、ファラオが王妃を抱えて天幕へ連れ込む。
それは負け続け、食糧の不足と傷兵を抱えるヒッタイト側の神経を逆なでした。



そして。
その夜更け、寝静まったファラオの軍を襲撃した皇帝軍は、暗闇の中で逆襲を受けた。
襲った天幕はもぬけの殻。人っ子一人おらず、調度も何も無く、篝火だけが赤々と燃えている。
呆然とした顔を見合わせた兵士達。其処に鬨の声が上がる。怒号、剣戟の音、悲鳴。



ファラオと王妃は少数の兵力に守られて、少し離れた場所に居た。あの後こっそり移動したのだ。
指揮系統がしっかりしていれば、何もファラオ自身が飛び出していく必要など無い。逐一もたらされる報告を確認し、適切な指示を下せば良い。
ヒッタイト軍の接近を確認し、物音を立てずに忍び寄って、襲撃のために灯された明かりを目掛けて矢を射込み剣を打ち込む。
エジプト兵は明かりを持っていないから、火を持っている者を討てば良い。
殆どの物資は移動してしまったし、空の天幕が燃えたとしてもさしたる損失はない。
反対に哀れなのはヒッタイト兵。いきなり明かりを消されて夜目の利かない所へ、何処から来るか分からない攻撃に一方的に討たれて行く。
その兵からさらに悲鳴が上がる。自分達の天幕が燃えている。
エジプト軍は周到にも軍を二つに分け、手薄になったヒッタイト軍の糧を襲わせたのだ。



「しかしお前まで来ることはなかろう、キャロル。いくら勝機が有るとはいえ、目と鼻の先は戦場だ。」
「危険は承知のうえよ。この戦には私自身にそれだけの価値が有ると思ったから。
 相手を罠に誘う時には、罠の真上に極上の獲物をぶら下げておくものよ。」
次々にもたらされる戦況を冷静に判断しながらも、やや憮然としたした口調のファラオに対し、
王妃はまるで軽い悪戯でも思いついたかのような表情で、そう言ってのけた。



完膚無きまでに叩きのめされ、多くの兵力を失ったヒッタイト軍はこれ以上戦えなかった。
兵が居ても食糧は燃やされてしまった。現地調達しようとしても交換する物はなく、強奪すれば憎しみを植えつける。
事実、すでに複数の兵士が略奪に出、或いは脱走している。
ある者は処罰を受け、ある者は二度と戻らなかった。殺されたのか逃げ延びたのかは、本人だけが知っているのだろう。
残った兵士達は打ちひしがれ、傷ついた無残な姿を纏めで帰途についた。そして途中で壊滅した。
潅木の茂みに綱が張ってあった。残った戦車が差し掛かって引っかかり、馬が足を折って横転する。
後から来た戦車が引っかかり、混乱するところへ『それ』が襲い掛かってきた。
茂みには集められた雀蜂の巣がいくつもぶら下げられており、戦車が引っかかった振動で獰猛な戦士が巣を守ろうと飛び出してきた。
怒り狂った雀蜂に刺された馬と兵士で、あたりは阿鼻叫喚の坩堝と化した。
鼻面や首筋を刺された馬が乗り手を放り出して暴走する。兵士が空の戦車に跳ねられ、蹄に踏み躙られ、血反吐を吐いて動かなくなる。
何とか脱出した皇帝と側近の者達が一息付いたところを出迎えたのは、
整然と並んだエジプト軍三個師団とファラオ、王妃の姿だった。




兵士達は辛うじて国へ帰ることが許された。『ナイルの王妃の助命嘆願によって』だ。
ヒッタイト兵が引き上げた後には、あちらこちらに負傷した兵士が取り残されて呪詛の声を上げている。
その多くが戦に強制徴収された無辜の民。
王妃は近隣の人々に褒章を与えてそれらの者達を治療させ、治癒した者が帰るか否かは自由に任せた。
「ヒッタイトの恨みを買っても後々迷惑なだけだし、無理矢理徴収されてきた兵士は戦争など懲りたでしょう。
 帰ってもらってエジプトの懐の深さを宣伝して頂きましょう。民の噂の力を利用してね。
 戦を仕掛けた責任は、その地位に見合った方々に償って頂くべきだから。」
側近の者は皆殺され、ヒッタイト皇帝はただ一人、虜囚として上エジプトテーベまで送られた。
実はファラオはその場で一緒に一刀両断するつもりだったのだ。だが、これも王妃が助命を願い出た。
「今殺してしまってもヒッタイトにとって争いの種を消すだけだわ。もっと有効な方法を取りましょう。」
「・・・・・まさかお前、あやつに未練が有るのではないだろうな?」
同衾した褥で、ばかばかしいとは思いつつ聞いてしまったファラオは、愛妃に鼻で笑われた。
「それならわざわざ、あそこで数日を費やしたりしないわ。」
王妃は戦の後、風のある日を選んで戦場へ兵士を派遣した。そして二酸化炭素が消えたのを確認してから武器や戦車を回収させたのだ。
「ヒッタイトの戦車や鉄の武器を回収して、こちらで使いやすいように改良するの。
 気付いた?ヒッタイトの戦車は三人乗りなのよ。こちらは二人しか乗れないから防御力が弱いの。
 後は近隣の村や町から馬を購入し、戦車に繋いで兵士を乗せれば良い。帰還はずっと早くなるわ。ああ、使える馬は連れ帰ってね。
 こちらの馬と掛け合わせて見るのも面白いでしょう。」
機動力が格段に上がったことを、ファラオも認めざるを得なかった。
「・・・・・お前は本当に得難い娘だ。」
腕を伸ばし、黄金色に輝く髪をくしゃくしゃとかき回された王妃は、子供のような笑顔で笑った。






ヒッタイトの皇帝は五年、エジプト王宮にて幽閉された。言葉の通じぬ王宮で故国を思い、不屈の闘志で耐えた。
だがある日、ファラオと王妃の前に引き出された。
いよいよ殺されるのかと覚悟を決めた皇帝の前に、信じられない言葉が降って来る。
「ヒッタイトの皇帝を名乗る者よ・・・顔を上げられよ。」
敗戦国の皇帝を見下ろす戦勝国のファラオの視線は何処までも冷ややかだ。僅かに視線を動かして、愛する女を見る。
・・・・・皇妃にと願った女は自分を見もしなかった。その視線はファラオだけを見つめている。
通訳が、ファラオの言葉を伝えてきた。
「御身を解放する。何処へなりとも立ち去るがよかろう。」
「・・・・・何?」
一瞬、意味がつかめなかった。
「御身の故国ヒッタイトでは、二年前前に、幽閉されていた先の皇帝が崩御した・・・いま国内は動乱の只中だ。
 数ある庶子のうちの一人が新しい皇帝に就いたが、他の者達も継承権を主張している。二代皇帝が代わり、皇子が三人暗殺されている。
 無論先の戦で囚われた皇帝を探している者達もそれらを認めておらぬ。
 後はご自分で決められるが良かろう。国へ帰り、皇帝の名乗りを上げるもよし、此処に留まり私を狙うもよし。
 ・・・ああそうだ、潜ませてある者の報告によれば、新皇帝は五年前の戦で捕らえられた後に死んだという噂も流れているらしい・・・」
手枷が外され、十重二十重の防御網の中、庭の門が開かれて、皇帝だという男は路上へ放置される。
その耳にはエジプト王妃の言葉が響いていた。



「さあメンフィス、ヒッタイトから手に入れた戦車と鉄の剣、改良は上手く行っているかしら?」



                                                               END




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