王妃冠





                                                       これは以前アップした「宝物庫の武器騒ぎ」の続編です
                                                         こんなになったら良いな・・・という願望で。(U^ェ^;U)





宝物庫での騒ぎの後、暫くキャロルはファラオの傍から放してもらえなかった。
わざとではない。メンフィスが心配したこともあるが、事件の事情聴取に必要だったのだ。
キャロルにもそれは分かったので大人しく傍に居た。
ミヌーエ将軍直々に色々尋ねられた後、メンフィスにこっそり尋ねてみた。
「あの人たち、何のためにあの宝物庫にいたの?」
じろりと一瞥、睨んだファラオの換わりに将軍が答えてくれた。
「それを調べているのですよ。本来居るはずのない人間ですからね。」
何だかはぐらかされたような気がする。
さらに言おうとすると、
「あれほどの宝物を破壊したお前が何を言う。一体どれくらいの手間が掛かるか教えてやろうか?」
どきりとしたキャロルが見返すと、侍従が一巻きのパピルスを持ってきた。
受け取って一読、息が止まる。
自分ひとりでこれだけのことをやったのか。
破壊した品目、修理と新調にかかる時間と費用の概算・・・
完全に落ち込み、ぺしゃんこになってしまった。
それを見てファラオと将軍が意味ありげに目を交わし、にやりと笑った。





その後キャロルは「時の人」になった。
普段はよそよそしい侍女達が、キャロルがどの様に『戦った』のか聞きたがったのだ。
入れ替わり立ち替わり、仕事の合間に聞いてくる。
女官長の窘めも、今回はあまり効かないようだ。
噂はあっという間に大きくなり、
「キャロルは実はとんでもない怪力で、女ならとても持てないような神像を軽々と投げつけた。」だの
「あっと驚く策略で賊を翻弄した。」だのとなっていた。
冗談じゃないわよ。こっちは何時殺されるか分からなかったと言うのに、皆面白がってくれちゃって。
怒りながら大またで回廊を歩く。いつの間にか突進する勢いになっていたのだろう。
角を曲がってそのまま。
真っ直ぐ緋色の肩衣に激突した。
「ぶっ!!」
「何をする!!」
振り返ったのはファラオその人だった。
拙い。
あれだけのことをしてメンフィスを怒らせ、修理で皆に迷惑を掛けたのにこれ以上怒らせては。
「あっ、あの御免なさい。ちょっと急いでいたものだから。」
すいと細くなったメンフィスの瞳が剣呑な光を放つ。
「何処へ行く?」
「ど・・・・・何処へって部屋に戻るだけよ。ナフテラに、休憩の許しを貰ったの。」
これは本当だ。あまりにも周りが騒がしいので、午後半日ゆっくりしなさいと言ってくれたのだ。
「ふ・・・・・ん。」
どうやら嘘ではないと見たファラオが顎をしゃくる。
行って良いということだろう。
歩き出したキャロルの頭からすぽりと、輝石をあしらった冠を抜く。
「借りておく。」
そのまま向き直り、跪いた一人の男と話を再開した。





三日後、いつもの時間にファラオがやって来た。
あの騒ぎの処理が、やっとついたと言う。
つまり、久しぶりに黄金の小鳥の歌を聴きに来たというわけだ。
ファラオは侍女に箱を持たせており、受け取って寝台に置いた。侍女はそのまま下がってゆく。
手渡された香草茶を片手に、メンフィスが言った。
「先日届けさせた品を見たか?」
「え?ええ、あの御免なさい。忙しくて未だ全部は・・・・・」
本当は全く開けていない。
「なんだ。せっかく楽しませようと思ったのにつまらぬやつだな。まあ良い、開けてみよ。」
「どれを?」
「全て。」
眩暈がした。この膨大な量を全て。
寝台の上においてあるのに手を掛けようとすると、それは良いと制止された。
覚悟を決めて開けてゆく。
布袋には未加工の宝石や輝石。
小さな箱には象牙や黒檀の櫛、黄金細工の耳飾、髪飾り、腕輪に足輪、首飾りに指輪。
やや大きい箱には輝石をあしらった冠、扇、帯、胸飾り。
大きくて浅い箱には一枚ずつ、色とりどりの衣装。
大きな深い櫃と呼ばれる物には衣装がぎっしり。
それらが何十個も集められて、さながら光溢れる花園のようだ。
私が破壊した物とこれらと。いったいどれくらい・・・・・
ふと何かが引っかかったが、それが何か分からない。
「どうした?」
「あ、いいえ。」
ひときわ豪華な箱に目が行った。
浅く大きな箱だ。手を伸ばすとメンフィスの瞳が光った。
明けると中に入っていたのは・・・・・
白を基調に金糸と銀糸、色とりどりの糸で大きな翼の縫い取りがされた肩衣だった。
「それを此方へ。」
言われるままにメンフィスに渡し、再び箱を開けてゆく。
次に指示を受けたのは、やや大きい箱だった。
睡蓮が象嵌された胸飾りだ。
さらにホルスの帯を探し当てたとき、メンフィスがもう良いと止めた。
箱は未だ三分の一も開けていない。
「あれらはまた別の機会に。」
「これは?」
メンフィスは黙って手招きし、やって来たキャロルの首飾りを外した。吃驚した少女に白い肩衣を着せ掛け、胸飾りをはめて留め金を止める。
腰帯の上からホルスの帯を結ぶ。
そして少女を鏡の前に立たせ、寝台の上の大きな箱を開けた。
取り出したのは日輪と聖なる牝牛の角を象り翼をつけた、王妃の冠だった。
「母上の王妃冠だ。」
「!!」
先日、メンフィスがキャロルの頭から冠を抜いたのはこの為だったのか。
頭の大きさを知る為に。
「お前は身体が小さいし、今までの王妃冠は合わぬだろうと思ってな。
 ちょうど新調する物や修理する物も出来たことだし、全てお前に合わせて誂えさせた。冠が出来上がるにはもう少し時間がかかるがな。」
あのパピルスに記載されていた中に、王妃冠と布の文字があったのを思い出した。
そんな大きな物を引っ張り出した覚えがないのに書いてあったので記憶に引っかかっていたのだ。
そしてあの金額。
じゃ、あの男の人は・・・・・
「工房長だ。ナイルの娘の冠を作ると言うので喜びに震えて居ったぞ。」
言いながらキャロルの頭に冠を載せようとする。
それを頭を振って避け、後ずさりながら視線を左右に彷徨わせる。
何処かに逃げ道はないか。
床一面に蓋を開けた箱が置かれている。その一つに足をとられてキャロルはよろめいた。
メンフィスの腕が伸びてきてキャロルを支え、頭に王妃冠が載せられた。
「良く似合う。」
鏡の中で冠はぴたりと頭に合い、少女の黄金の髪に映えてまばゆい光を放っている。
「冗談でしょう?」
「冗談などではない。」
きっぱりと言い切ったその瞳。
「覚悟を決めよ。今のままではお前はずっと『王の想い人』のままだ。
 逃げるだけでは何時か負ける。宝物庫での時のように、お前のやり方で良い、戦え。」
「!・・・・・」
「やつらはお前を狙ってきた。お前が、泣き叫ぶだけで何も出来ずに殺される女だと思ったのだろうが、命を出した方も舐めたまねをしてくれる。
 だが、これから来る奴らの腕は今まで以上だろう、。相手も本気で掛かってくる。」
「私はそんなことは望んでいないわ。」
「これはもうお前だけの問題ではないのだ。意思が動いた。人が動いた。そして全てが動こうとしている。
 ・・・・・お前は此処でこのまま殺されたいか?」
反射的に首を振って見上げたファラオの瞳が、じっと自分を見つめている。
「・・・・・お前は家族の元へ帰りたいと言った。それはお前の意志だ。だが今は方法が分からない。ならば此処で生きることがお前に出来ることだ。
 私はお前を王妃にしたいと思った。これは私の意志だ。」
言い淀んだ後口にする。
「姉上はお前を憎んでいる。そして姉上が命を下さずとも、姉上を支持するものが大勢居るのだ。
 お前が私の傍に居る限り守ってやれるが、それでも今のままでは限界がある。
 だが、王妃と言う力を手に入れればもっと戦い易くなる・・・・・見よ。」
指差したのは贈り物の山だ。
「以前にも言ったな。相手より優位に立てば、無駄な戦いどしなくても良いと。」
「・・・・・ええ・・・・・」
「そしてもうひとつ。物も力も使う者次第だ。お前は王妃と言う力を嫌っているようだが、地位は道具だ。
上手く利用すればこれ以上はない武器になる。ちょうどお前が宝物の中から武器になりやすい物を選んだように。」
「どうして?ただ投げやすい物や音の出やすい物を選んだだけよ。」
「それがお前の聡いところだ。金属品でも大きな物は除外しておくが、木製品は威力が低い。
 男達の傷は皆鋭利なガラスで切った物や小さな打撲痕と痣ばかりだ。つまり当たれば威力が大きく、且つ投げやすい物になる。
 そして目を狙っているだろう。目に当たれば確実に攻撃力を奪える。以前忍び込んだ賊にも、お前は目を狙って反撃している。
 床に転がった物には皿や杯も有ったが、これは投げるためではなく落とすためだろう。
 大きい物を一つずつではなく、持てるだけ抱えて落とさねばあれだけの量と音にはならない。その証拠に重い大皿や木製の匙、
 大きな杯は皆棚に残っておった。女のお前が、神官が四人がかりでやっと運べる神像を投げられるはずが無いしな。」
にやりと笑われて赤くなる。
あのとんでもない噂は、メンフィスの耳にも入っていたのだ。
「当たり前だ。お前にそんな力があったら、如何に私だとて無事では済まぬわ。」
「でも・・・・・」
「よろめいたら私が支えてやる。お前にはその器がある。後は持っている器を大きくすることだ。」
「・・・・・・・・・・」
「忘れるな。お前が此処に居ることには、必ず何かの意味がある。」
それから冗談ぽく笑って、
「神の子たる私が言うのだ。間違いはない。」
ぽんぽんと肩を叩いた。
「例え一時でも、お前のその姿を見ることが出来て良かった。」
その言い方に、なぜかぞくりとして思わず名を呼んだ。
「メンフィス。」
「なんだ?」
なんだろう。自分でも分からない。
「・・・・・いいえ、あの、勇気付けてくれて有り難う。」
メンフィスがふんと鼻を鳴らし、なんだそれだけか?と尋ねてくる。
「?」
「礼とはこのように致すものだ。」
いいざまに、抱きしめられて口付けられる。
「ん〜〜〜〜〜!!んん〜〜〜〜〜っ!」
唇を離すと大きく喘ぎ、少女が真っ赤な顔で睨む。
「いきなりそんな事しないでよ!苦しいわ。」
「ではゆっくりなら良いのか?」
「!」
キャロルを腕に抱いたまま、メンフィスはじっと青い瞳を見つめている。
「「うろたえるな、お前はお前だ。どうしたいかはお前が自分で決めねばならぬ。」
その一言で、何かが吹っ切れたのかも知れない。
ゆっくり手を伸ばし、メンフィスに触れる。
そして小鳥がついばむような口付けを、初めて自らメンフィスに与えた。
メンフィスは少し驚き、嬉しそうに笑った。
「さあ、もう眠れ。それらは置いておくが良い。ナフテラに片付けさせる。」
「ええ。」





振り返って見た鏡の中の青い瞳は、強い輝きを放っていた。





                                                                                        END





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