折られた翼


                                                ちょっとブラック。 エロはありませんが念のためにこちらに。





キャロルがファラオの妃になると決まってから、ファラオは娘を宮から一歩も外へ出さなくなった。
目覚めると入浴し、身体を磨き上げられ、食事が済むと美しく着飾らされる。
朝食の後はファラオの傍で政務や謁見に加わり、昼食はファラオの隣に座る。
午睡はファラオと共に取り、その後執務を手伝う。
夕食に同伴し、一日の汚れを落とすために湯浴みをし、美しく整えられて夜の褥に侍る。
そしてファラオの腕の中で眠る。


毎日がその繰り返しだった。





何度も何度も逃げようとした。
だがファラオは恐ろしいことを言い、あまつさえ、平然とそれをやってのけた。
「お前が逃げたら、手引きした者、関わった者、全てを殺す。」


娘を誑かし、我が物にしようとした男は首を落とされた。
親切心から匿おうとした老婆は鞭打たれて息絶えた。
そして誰もが娘に関わることを躊躇した。





王宮という巨大な鳥籠の中で、少女は次第に気力を失って行く。
笑うことはおろか、泣くことも怒ることも無い虚ろな瞳。
ファラオは心配したが、それでも傍から放そうとはしなかった。






そしてそのまま時は流れ、少女の身体に変化が起こる。
それは後宮の池のほとりで、キャロルが蓮を摘もうとした時。
風も無く、水面は鏡のように凪いでいるのに、少女の姿が揺らいで二重写しになったのだ。
傍に居た女官長が驚きの声を上げる。
「キャロル・・・・・もしや貴女・・・・・」
直ちに医者が呼ばれた。


そして。





「ナイルの娘は懐妊しておられます。ただ母体が優れません。無理はなさいませんように。 
 今危険なことをなされば、母子共に差し障りが出ましょう。」
ファラオと王家と国民にとって最高の喜び。
そしてキャロルにとっての最後通告だった。





聞いたファラオは医師に尋ねる。それはどういうことか。
医師は密やかに答える。
「お体は大丈夫だと御見受け致します・・・・・ただお心が晴れません。
 ナイルの娘は身篭られて気鬱の病に囚われておられる。どうかお慈しみを。」
ファラオは慣れないながらもキャロルを気遣った。
祝福し、感謝し、今まで以上に大切に少女を扱った。
キャロルにもその気持ちは分かった。それ故につらい。
それ以上に、少女の中の命が一番の喜びになり、そして枷になった。
もう帰れない。この命を置いて、一人では帰れないのだ。





今の私は羽根をむしられ、翼を折られた小鳥。
ファラオという隼の、王宮という巣の中で、逃れられずに空を夢見る。
そして婚儀の日に、私は隼に喰われて消えるのだ。





・・・・・後に残るのは、きらびやかな衣装を纏った屍。





                                                      END





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