03もっと深く愛されたい





未だ朝早くだというのに、ファラオの私室に先触れが成された。
ファラオはお気に入りの娘を片時も放さず、昨夜も夜伽をさせた。
娘がよがり狂う声がかなり遅くまで響き、王姉は我慢の限界を超えて足音も高くやってきたのだ。
だがファラオの寝所に本人の姿はなかった。朝駆けにでも出たのだろうか。
妾に会うことを嫌って出て行ったのかも知れぬ。この頃は公の場で、公の立場でしか顔を会わせられない。
溜息を付いた、その耳が物音を捉える。
奴隷娘にあてがわれた部屋からの物音だった。誰かいる。奴隷娘だけではない、もう一人。





弟はいつ、誰と寝ても、どんなときでも事が終わると自室に引き取り、女と共に夜を明かしたことなどない。
あるいは女を褥に呼んでも終わったら直ぐ追い出し、一顧だにしない。
自分を抱いた時でさえだ。
・・・まさかあの奴隷娘、他の男の慰み者に・・・
ファラオがいない隙に、自らを窮地に追い込んだか。。
合意であろうとなかろうと、ファラオの寵を受けた者が他の男と情を通じるとは。
あるいはもう飽きたのかも知れぬ。
昏い望みに嗤いを乗せ、女王は娘の部屋へ近付いた。
衣擦れの音と喘ぎと呻き声、押さえた息遣い。
「う・・・うう・・・ふっ・ふっ・はあ・あ・あ・・・っ」
女は間違いなくキャロルだ。女のアイシスですらぞくりとするような、艶のある声で鳴いている。
「・・・・・っ」
だが、不意に聞こえた男の声に、王姉は身を強張らせた。
足が止まる。まさか。
「もっ・・・もうやめ・・・・・っ・もういや・よ」
「まだだ・・・未だ許してやらぬ・・・」
「ああっ・あああっ・もっ・いやあっ・いやあああっ・あああっ・ああっ・あぁぁ・・・っ」
ぎしり・・・ぎしり・・・と寝台が軋む音がする。肌と肌がぶつかる乾いた音が、それに重なってゆっくり響く。
足元の大理石が、砂のように砕けて奈落へ落ちるような感覚。
馬鹿な。そんな馬鹿な。
メンフィスがキャロルと夜を明かした。いままで誰も寄せ付けなかった弟が。
あまつさえ、もうじき私が訪なうと知っていながら、まだキャロルを抱いている。
負けてなるものか。あの女娘はたかが奴隷。この私の足元にも及ばぬ存在だ。
歯を食いしばり、頭を上げ、傲然と胸を張って声を掛ける。睦みあう音が止まった。
「何者だ?」
「妾です・・・先触れが、此処へ妾が参ると知らせたはずですが。」
「向こうの部屋で待たれよ。」
「いいえ、待ちません。話があるのです。」
では其処の椅子で待たれるがよい。・・・ああキャロル、まだ終わっておらぬぞ。」
ひゅっと息を呑む気配がして、それが王姉の心に嫉妬の火をつけた。
「・・・・・終わらせれば良いでしょう・・・待っていてあげます。」
「いやっ!」
鋭い悲鳴を上げて、少女が逃げようと身を捩る。
ファラオが身を起こし、鋼の檻に少女を閉じ込める。膝に横向きに抱き抱え、愛しそうに撫で擦るのが
寝台の紗を通して見えた。
「・・・・・それで?何用か?姉上。」
「・・・私達の婚儀についてです。」
「予定に変更はない。先日決めたとおりだ。」
「本当ですか?」
「不満か?」
「・・・いいえ・・・ただ、巷で流れている噂を知っているのかと・・・」
ふんと鼻を鳴らされた。
「ファラオは王姉との結婚を破棄し、奴隷娘を妻に迎える。」
「知っているなら何故・・・」
「決めるのは私だ。姉上ではない。・・・こらキャロル、逃げるな。」
ぎしりと寝台が鳴ってキャロルが悲鳴を上げた。
「放して!二人で話し合えば良いじゃない。私、もう行かなきゃ。」
「仕事などさせぬ。お前は私の愛を受けるのだから。」
「もういや!放して!慰み者にしかなれない私になんか構わないで!」
「慰み者だと?」
「私だって好きな人と結婚したかった!なのに好きでもない男の玩具になって、弄ばれて、
 あげくその男は他の女性と結婚するのよ!?これが慰み者でなくて何なの!?
 それにどうせそのうち飽きて捨てられるわ!!もうたくさん!アイシス!早くメンフィスと結婚して私を現代に帰して!」
アイシスの繊手が震える。
「無理じゃと申したであろう・・・」
そうだ、あの忌々しい粘土板が有る限り、この娘を追い返す力すら妾にはない。
「逃がさぬ。」
同時に男の声が響く。
「お前は私のもの。あのシェセプ・アンクの足元で見つけたときから、お前は私のものだ。」
「メンフィス!」
「メンフ・・・・・っ」
異口同音に放たれた声の、一方だけがくぐもって消えた。
「うっ・くっ・ふうぅ・・・・・もっ・やめっ・さ・さわらないで・・・あうっ」
「おお、痛かったか?では・・・これはどうだ?お前は何時も此処が好かったな・・・」
「ああっ!やめっ・やめて!ああっ・ひあぁぁ・・・・・っ」
白い肢体が檻の中でのたうっている。ぴちゃぴちゃ高い音。男の嬉しそうな甘い声。
噛み締めた奥歯が鳴った。メンフィスが妾の見ている前で、他の女を可愛がるなど。
あんなに嬉しそうに愛撫するなど。







「姉上は王妃として遇する。以前決めたことに変わりはない。」
「ではそんな小娘などにかまうのはおよしなさい。」
「姉上。」
口調の強さに王姉が息を呑む。ファラオの苛烈な視線がこちらを向いていた。
なぜ?妾とこんな小娘とに対する言葉が、なぜこれほどまでに違う?
メンフィス、貴方は自分で気付いていないのですか?
「姉上は王妃。だがどの女を抱くかは私が決める。義務として、私は以前に貴女を抱いた・・・もう十分だ。」
「十分ではないでしょう?正嗣を上げる務めはどうするのです?」
「どの女を孕ませるかは私が自分で決める。姉上が指図することではない。」
「まさかメンフィス、こんな小娘を身篭らせようなどと思っているのではないでしょうね。」
「ふ・・・ん。それも良かろう。今までに抱いたどんな女より好いからな・・・。どうだキャロル、私の子を生んでみるか?」
「なんですって!?・・・嫌よ!もうこれ以上私を抱かないで!いやっ!いやあぁぁぁ―――!!」
白い肢体が寝台に突き倒される。
「い・・・っ・いや、放して!放して!いや!誰か助けて!助けてえぇ―――!!」
「未だ分からぬようだな。思い知らせねばならぬか・・・・姉上、お引取り願おう。これ以上は何を話しても無駄だ。」
そしてまた寝台が軋む。
「ああっ!いやああぁっ!!あっ・あ―――――っ!!」
部屋に響き渡る音を立てて椅子が倒れた。王姉が立ち上がる。
振り向かずに部屋を出る。背後から悲鳴と嬌声、呻き声と絶叫と寝台の軋む音が追いかけてくる。
この妾が。下エジプトの女王である妾が。
王妃にはなれても妻にはなれぬと。
頬を涙で濡らし、歯を食いしばって。黒曜石の瞳に地獄の業火を滾らせて。





殺してやる。どんな手を使ってでも殺してやる。
それが不可能ならば。
この胸にキャロルが付けた嫉妬の業火でメンフィス、貴方を焼き殺して、私も共に地獄へ堕ちましょう。





                                                                   END











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