呪い



「キャロル、どこだ~!?出てこぬか~?」
「・・・・・」
「仕事を放り出して逃げたのは自分だろう?さっさと持ち場にもどれ。」
「その仕事を邪魔してばかりなのは誰よ。」
全くもう・・・あれをしろこれをしろ、側にいろって煩いったら。
ぼそりと呟きながら葉陰で身を縮める。庭の向こうで、黄金の冠が陽光を反射して煌いている。
「え・・・・・?」
黄金の光は数度辺りを巡り、暫くじっとこちらを眺めてから近付いてきた。
見つかった?
エジプトにはあまり背の高い木は無い。王宮の庭に植えられている木だってせいぜい数メートルだ。
慌てて更に上の枝によじ登る。
けれどメンフィスはキャロルがよじ登った木まで真っ直ぐやって来て、そのままどっかり座り込んだ。
困った。降りることが出来ない。先刻の悪口が、まさか聞こえたんじゃないでしょうね。
「キャロル~・・・・・」





パキッ
足元で嫌な音がした。
登っていた枝がキャロルの重さに耐えかねて折れそうだ。
しまった・・・・・エジプトの木はあんまり丈夫じゃないって言ってたっけ。
「・・・・・そろそろ限界だぞ。降りて来い。」
「気付いてたの?」
「当たり前だ。風も無いのに枝が揺れるからな。上へ行くなよ。枝が折れる」
遅かった。
慌てて更によじ登った枝は意外に細くて、足をかけた途端に音を立てて折れた。
「きっ・・・きゃあああああああっ!」
「キャロル!」
咄嗟に立ち上がったメンフィスが受け止めようと腕を伸ばし、
ばきばきばき―――っずざざざざっと音を立てて、枝と一緒にキャロルが落ちてきた。
「・・・・・っ・・・」
「あいった―――・・・って・・・え?」
あんまり痛くない。なぜ?
「フッ・ファラオ!」
見るとキャロルはこの国の最高権力者を、クッション代わりに下敷きにしていた。
「~~~~~っ・・・退け・・・・・重い・・・・・」
ミヌーエ将軍とウナスと、取り巻き達がぐるりと円陣を描いた真ん中で、潰されたファラオと石化した娘。
慌てて飛び退いて逃げ出そうとした腕は忠義一徹の近衛隊長に掴まれて、ファラオがふらふら立ち上がる。
「よくも・・・・・・つ・・・」
「ファラオ!大丈夫でしたか?」
「痛つ・・・・」
「大変!何処か怪我したの?早く手当てしなきゃ。」
「やった本人が何を抜かすか。・・・・いたたた・・・・」
「ファラオ!どこがお痛みになられるのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「?」
「ファラオは痛いといった。明らかに頭に一瞬手を当てた。
うつ伏せだったが、折れた枝でも当たったのだろうか。
「頭を打たれたのですか?」
聞いたキャロルが青ざめる。
「ごっ・・・ごめんなさい、私のせいだわ、手当てしなきゃ、すぐに薬を・・・・」
侍医が呼ばれ、処方のために書き付けられた薬草の名を、興味津々でキャロルが読み上げてゆく。
だが途中でメンフィスの眉がぴくりと上がった。
「別の薬はないのか?」
「これが一番効きます。」
「・・・・・これは好かぬ。」
「メンフィス、駄目よ早く手当てしなきゃ・・・・・・?何?」
一瞬キャロルを見た黒い瞳が、なんとも形容し難いものを浮かべていた。
「これ、全部すり潰して混ぜて湿布するんでしょう?」
「・・・・・・お前・・・・・だがこれは・・・・・いや良い、他に方法が無いならやるしかあるまい。」





それから。やれ、水だ盥だ包帯だ、と大騒ぎする周りの者はおろか、メンフィスはキャロルまで追っ払った。
わざわざ王宮の薬草園まで必要な薬草を取りに行くよう命じたのだ。
いつもなら側に居ろと命じるキャロルまで。
素直に言いつけに従い、出て行く後姿を見送った取り巻き達が大急ぎで準備を始め、
ネゼクが真剣な顔でこう言った。
「さあ、呪を唱えなされ。痛みが速やかに引くよう祈るのです。」





片付けるまでに、十分時間はあるはずだった。
だが、彼女は思っていたより早く帰った。
「戻ったわ!通りがかった薬師に、丁度同じ薬草を持っていたのを頂いてきたの!」
息を切らして飛び込んできた娘がぴたりと足を止める。
室内の空気が再び石と化した。
静まり返った部屋に、キャロルが落とした薬草と盥の音が酷く間抜けに響いた。





「ぷっ・・・・・ぷぷぷぷぷぷぷっ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・何が可笑しい・・・・・・・・・・だからこれはいやだと言ったのだ。」
むっつり唸るメンフィスの頭には、どう見ても王者に似つかわしくない物が載っている。
薬草を詰め込んだ陶器の鰐。
そしてそれが、ふんわり薬っぽい匂いと煙をあたりに撒き散らしている。
「ご・・・・・・・・ごめ・・・・・・・だめ・・・・・あは・あははははははっ・あはは・あははははははっ!」
白い娘はその場に蹲り、爆笑した。
「止めぬか、お前のせいでこうなったのだぞ・・・・・・笑うなと申すに!」
「ごめっ・ごめん・・・・・あははははははっ・あははっ・く・くるしいっ・あはははははははっ!」
片手で腹を押さえ、片手で床を叩いて笑い転げる。
そして薬の匂いと煙に何度も咽せ、涙を零しながらようやく笑いを納めた。
「ああ、可笑しかった・・・・メンフィスには悪いけどね・・・・・・・くくくっ。」
「まだ笑うか!いい加減にいたせ!」
「そんなに怒鳴ったら痛むんじゃない?その鰐はなんに効くの?」
「・・・・・知らぬ。呪いだろう。」
「まじない?おまじないなの?・・・・・ふうん・・・そうなの・・・・・」
後は終始にこにこしながら冷やした布で抑え、薬を塗って包帯を巻き、それから陶器の鰐を外して。
意外なものをくれた。
「はい、私もおまじない。早く治りますように。」





額に当たった陶器の感触に我に返った。
「ま、待て、キャロル。」





ファラオの額にやさしく接吻して再び鰐を乗せ、甘い香油の残り香と、朗らかな笑い声だけを残して
白い少女は片付けのために出て行った。





                                                   END





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