諍い


「女王アイシス様、只今より此方にお越しになるとのお言葉で御座います。」
その言葉にメンフィスは身を起こし、黄金の少女の部屋を出た。
居間に身を移し、寝支度を整えているとアイシスが訪ねてくる。
「この夜更けに・・・何の御用でしょうか、姉上。」




その言葉に、アイシスの美貌がひくりと震える。
以前なら、このような言葉を受けても平静をを保てた。
いかに自分が冷たくされようと、メンフィスは一切の女に興味を持たず、心を乱される心配など無かったのだ。
なのにあの貧弱な小娘、 よりによってキャロルのこととなると弟の目の色が変わる。
キャロルの身を譲って欲しいと申し出ると即座に拒絶された。
死の家に連れて行かせると、あろうことか弟本人が乗り込んだ。
挙げ句の果てに側室に迎え、夜毎あの小娘の部屋に通いつめているという。
キャロルを見る弟の目は、自分を見る目とは明らかに違う。
それは自分が弟を見る時の目、恋しい者を見る者の瞳だ。
そしてそれがアイシスの理性を失わさせた。
あろうことかミタムン皇女を焼き殺し、キャロルにも触手を伸ばさせる。
メンフィスの逆鱗に触れることと、分かっていながら・・・・・





「メンフィス、近頃テーベの街に流れている噂を知っていますか?」
「どんな噂だ?」
「『仮にもエジプトのファラオたる者が、素性の知れない奴隷娘に血迷い、冷静さを欠いている・・・』と。」
「ほう、面白いな。私の耳に入ってくる噂とは違うようだ。『ファラオは夜毎、黄金の小鳥を愛でている』と。」
「な・・・・・」
怒りのためにアイシスの美貌が歪む。あまりにも直裁的な言葉。
「メンフィス、貴方はこのエジプトのファラオなのですよ。至上の冠を戴く者、何よりも尊い身である貴方が
 よりにもよってあんな奴隷娘に構わずとも、他にもっと身分や血筋の良い娘が居るではないですか。」
「つまりは姉上のこと、か。」
さして興味も無く言い放たれて、二の句を告げることが出来なかった。
「姉上の言うことは分かっている。それに反対するつもりは今のところない。だがあれは私が手に入れたもの。私のものだ。
 姉上は正妃。亡き父上もそう決められた。だが・・・」
この夜初めて弟はアイシスを見た。正面から。
「先日、ヒッタイトの使者が申していた。ミタムン皇女の姿が急に見えなくなったと。
 その後すぐに私はウアジェトの接吻を受け、キャロルは死の家に拉致された。だが姉上だけが災難を受けておらぬ。
 色々と推測は出来そうだな。」
「王たるもの、常に死の危険はあるものです。」
「そうだな。だが『ヒッタイト皇女』と同席していたのは私、キャロル、姉上だ。心されるが良い。」
あくまでも弟として伝えられたよそよそしい気配りの言葉。
その言葉で、メンフィスの心が自分にないと言うことをはっきり知らされて、アイシスは取り乱した。
「メンフィス、メンフィス、愛しているのです。貴方だけを。貴方が生まれたときからずっと・・・!」
いつもなら、そう言って縋りつくことを、メンフィスは許してくれた。
だが今、弟はうるさげに片手を振って、彼女に退出を促しただけだった。





肩を落とし、打ちひしがれて、だがその瞳に嫉妬の焔を宿して出て行く王姉の姿を見送って、メンフィスは己を嘲笑った。
何者にも心動かされることなど無かった王者。神の子たるエジプトのファラオ。
・・・・・それがどうしたというのだ。
この諍いは間違いなく、将来に禍根を残すだろう。
だが。





どうしても、あの黄金の娘を手放す気にはなれなかった。




                                                                       END




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