抱き枕と安心毛布 〜もしくは少女のぬくもり〜
「キャロル。ファラオから賜った品がお部屋に届いていますよ。」
ナフテラに言われた少女は大きな溜息をついた。
今日は何だろう。
昨夜話を聴きに来たファラオは結局、荷物全てを褒美だと置いて帰った。その残りだろうか。
ナフテラに言って午前中一杯掛かって整理し、結局二部屋使うことになった
一部屋に収まらなかったのだ。
ナフテラが連れて来た侍女達と一緒に、これは此処、あれはあそこと片付けながら、
キャロルは彼女達のおしゃべりを羨ましく聞いていた。
彼女達は櫃や箱の蓋を開く度に歓声を上げ、きゃあきゃあと騒ぐ。
色とりどりに輝石を使った装身具を光にかざし、鮮やかな衣装をうっとりと眺める。
そんな彼女達はしかし、決してキャロルに話しかけてこない。
遠慮しているような、どう接して良いか分からないような、そんな雰囲気だった。
思い切って「欲しいのなら、どれでも好きな物を持って行って構わない。」
と言ったが女官長に止められ、侍女達は慌てふためいて拒否した。
話といっても特別なことを話したわけではない。取るに足らない事ばっかりだ。
こんな物を貰うわけには行かない。
「キャロル。贈った物は気に入ったか?身に着けて見せてみよ。」
「今忙しいの。後にして。」
こんな会話が日に何回と無く繰り返され、その度に廻りの者ははらはらする。
何時この少女が一刀両断されるか心配するのだ。
だが意外なことに、ファラオは全く怒る様子を見せない。挙げ句、
「では今夜お前の部屋に行く。ゆっくり見せてもらおうではないか。」
とにやりと笑ったではないか。
自らを窮地に落としたと悟ったキャロルが絶句したが、もう後の祭りだった。
夕食を摂り、湯浴みを終え、部屋に戻ると後は何もすることが無い。
ただ、片付けたはずの部屋に再び荷物が増えていた。一瞬眩暈がし、次いで大きな溜息が落ちる。
メンフィスは「今夜来る」などど言っていたが冗談ではない。
隣の部屋にある贈り物の山など、思い出すだけで気が滅入るし、この部屋でこんな量の荷物に囲まれるのも癪に障る。
少しでも向こうの部屋へ運んでおこう。見たくもない。
不機嫌な顔でいくつか目の箱に手をかけたときに、ファラオが現れた。
「何をしている?」
「片付けてるの。」
ぶすりと答える。
「身に着けて見せてみよと申したに・・・まあ丁度良い、それを開けてみよ。」
「嫌よ。もう寝るんだから。こんな夜遅くにレディの部屋へ来るなんて失礼な人ね。」
「あらかじめ皆にも言ってある。」
キャロルが青くなる。そうだった。女官長や皆がいる前で言われたんだった。
そんな様子を知ってか知らずか、ファラオは椅子に座ってキャロルが抱えた箱を開けろと促してくる。
「・・・・・」
何とか時間を稼がなくては。ゆっくり箱を下ろし、膝を付いて蓋を開く。きらびやかな胸飾りが入っていた。
「どうだ?美しいだろう。お前に良く似合うと思ってな。丁度良い、付けてみよ。」
「嫌よ。」
「何故?」
だから。片付かないじゃない。私もう寝るんだから。」
ぽんと音を立てて蓋を閉じ、抱えようと下を向く。その項に後ろから唇が触れた。
「あ・・・・っ」
ファラオが音もなく身を寄せ、後ろから抱き締めていた。
体が震える。夜着しかまとっていない首筋は白く滑らかに輝いて、男の目には酷く扇情的に見えた。
「放して。立てないじゃない。」
「・・・・・良い匂いだな・・・・女の肌がこんなにも良い匂いのするものだとは思わなかった・・・・」
メンフィスが耳元で囁く甘い言葉。
背筋がぞくぞくする。内心の動揺を悟られまいと焦ると、ついつい声が甲高くなる。
「これだけでも隣へ運ぶんだから。邪魔しないで頂戴。」
「放っておけ。寒くないか?なにやら震えているようだが・・・」
「べっ・・・別に寒くなんか無いわ。放して。終わったら寝るんだって言ったでしょう?」
漆黒の瞳が意味ありげに笑った。
「一人でか?」
「そうよ。」
「淋しくは無いのか?」
「当たり前でしょう。何時も一人で寝てたのに、貴方が変なことをみんなの前で言うから良い迷惑だわ。」
「私は淋しいぞ。」
「!!!」
手から落ちた箱が大きな音を立てる。
慌てて拾おうとした腕を取られ、立ち上がらされて正面から抱き締められる。
「・・・もう私はお前が居なければ眠れぬ身体になってしまった・・・」
「ちょっと!何てこと言うのよ!人を抱き枕か安心毛布みたいに言わないで頂戴。!!」
あまりにもあまりな言葉に虚しく口を開閉させる。続いて飛び出してきた言葉は、我ながら素っ頓狂なものだった。
それからやっと腕の中でじたばた暴れ始める。一瞬動きを止めた身体が、キャロルを軽々と寝台に運びながら尋ねる。
「なんだ?その抱き枕とか安心毛布と言うのは。」
「え?え〜と・・・寝るときに使う大きな枕よ。体位保持に良いからって・・・・・。
安心毛布って言うのは・・・赤ちゃんが気に入った毛布を持っていると落ち着くでしょう?それのことよ。」
「・・・・・色気が無いな・・・・お前はそんなものよりもっと好いぞ。」
「よ・・・・・・よいぞ・・・って・・・・・・!!」
ぱくぱく口を開けるが次の言葉が出てこない。気付いたときには押し倒され、真上から覗き込まれていた。
「ちょ・・・・・ちょっと・・・・どいてよ。」
「お前は安心毛布とやらより暖かいし、抱き枕より心地よい。柔らかくて、好い匂いがして・・・・・」
そのまま胸に顔を埋めて深々と息を吸い込む。
足を絡めてきた。
「重いってば!足をどけてよ、動けないじゃない!」
「騒ぐな。これ以上騒ぐと・・・・・」
次の言葉が喉で止まる。これ以上騒ぐと何をされるのだろう。蛇に睨まれた蛙・・・と言うか、獅子に睨まれた兎の心境。
「・・・・・どうするつもり・・・?」
「どうして欲しい?」
「!!」
「言ったであろう?・・・もう私はお前が居なければ眠れぬ身体になってしまった・・・これはお前のせいだから、お前が責任を取らねばならぬ・・・」
「だから!どうして私のせいなのよ!責任を取るってどういうこと!?」
「こういうことだ。」
などと余計なことは言わず、熱い唇が押し付けられる。キャロルが目を瞠る。
「ん〜〜〜っ!んんっ・んんん〜〜〜っ!」
なんて情熱的な口付け、くらくらする。意識が飛ぶ。
もがいていたはずの手足から、徐々に力が抜けて行く。
「ん〜・・・んう・・・うふっ・・・・ん・・・・・う・・・・・ん・・・・・・・・・・」
「・・・・・キャロル?」
反応しなくなってしまった少女の肩を掴む。キャロルはメンフィスが揺さぶるのにつれてくたんくたんと揺れた。
「・・・・・・・・・・」
「おい、大丈夫か?」
魂を抜かれてしまったキャロルが、桃色に染まった頬とぼんやりした瞳を向ける。
「・・・・・なに・・・が・・・・?」
力が抜けた。
「・・・・・これは骨が折れるな・・・。」
「接吻の余韻覚めやらぬキャロルが、未だ芒洋とした視線で聞いてくる。
「なに・・・・?どうし・・・たの?」
「気持ち好かったのか?」
こくんと頷く。
「うん・・・よかったの・・・」
「・・・・・・・・・・」
しまった。キャロルをいじめてやるつもりが翻弄されてしまった。
お互いの唾液で濡れた紅い唇に、我を忘れて襲い掛かりたくなる衝動をを必死で抑える。
「そ・・・そうか、もう寝るか?」
再度こくんと頷いた白い肢体を抱き締め、それから慌ててちょっと離れた。
掛け布を引き上げ目を閉じる。キャロルが身を寄せてくる。
そんなに寄るな。寄らないでくれ。私の理性に限界がくる。
白く柔らかい肢体がくるりと丸くなり、安らかな寝息が聞こえ始める。
だが。
・・・・・私の気も知らずにこやつは・・・・・!
己が招いてしまった結末とはいえ、理不尽な感情に身を持て余したメンフィスは、なかなか寝付くことが出来なかった。
END
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