宝物庫の武器騒ぎ





ファラオがキャロルに贈り物をしようとしてから数日後。
約束通り、ファラオは少女を連れて宝物庫への回廊を歩んでいた。
太陽が頭上高く輝き、風は回廊の空気に冷やされて心地よい。
通りかかる侍女や兵士、臣下達がファラオと娘の一組に気付く。





見た目はこの上も無く麗しい一組だ。
ファラオは女と見紛うと形容され、だが決してそれだけではない造形を持っている。
漆黒の瞳は意志と自信に溢れて輝き、鍛え抜かれた体躯は太陽神の息子と謳われるに相応しい。
娘は珍しい青い瞳と黄金の髪を太陽の光に輝かせ、たおやかな白い肢体はナイルに咲く睡蓮の花の様だ。
だが二人の声を聞いた周りの者達からは驚きや嫉妬の声が上げる。
普通なら奴隷の分際でファラオに逆らうなどありえない。
一言だけで首と胴が泣き別れになる。
ところが、この金髪の奴隷娘は引き摺られながら威勢良く抗議の声を上げ続け、
なんとファラオが上機嫌で娘をからかっているのだ。





「痛いじゃない!そんなに強く腕を引っ張らないで!」
「お前が小さすぎるから遅れるのは仕方なかろう。手を貸してやっているのだぞ。感謝するべきではないのか?」
「痛いってば!自分で歩けるって!放して!」
「放しても良いのか?だがお前は道を知らぬだろう?遅れて迷っても知らぬぞ?」
ぐぐっと詰まった娘が赤い顔をして、かなり高い位置にあるファラオの顔を睨み上げる。
あんなこと、言わなければ良かった。





「宝物庫・・・って何が入っているの?」
「献上品、朝貢品、宝飾品、代々の宝冠や儀式用の品々、神事や祭礼に使う物等だな。
 かなりの数になるはずだ。」
「ふうん・・・・・」
「見たいか?」
「い・・・いえ、べつに。」
「宝石や服飾品もあるぞ。神事に加わるのはファラオだけではないからな。
 ・・・・・それから王族が祭礼の時に身に着ける冠や装身具、神官達の道具等もあるはずだ。 
 それが一棟だけではないぞ。複数棟だ。」
「・・・・・・・・・・」
目が宙を泳いでいる。
お前には全部見せてやる。の一言で、キャロルの自制心は好奇心に負けた。





「後で宝物庫の監督官が来る。何処に何があるかはその者が管理して居る故尋ねれば良い。」
キャロルを引っ張って大股で歩きながら、メンフィスは上機嫌だ。
愛しい娘が自分が贈った物で喜ぶ様を見たいのだろう。
だが、少女は全く別の好奇心で瞳を輝かせている。
考古学で学んだものを実際にこの目で見られる。どんなものがどの様に作られ、どの儀式に使われるか。
出来れば材料の産地も知りたい。何のために?何処で?どれくらいの期間で?何時作られたの?





後二つ角を曲がるだけだと言ったのに、曲がる手前で楽しい時間に邪魔が入った。
臣下が裁可を求める書類を持って追いかけて来たのだ。
明らかに不愉快そうな表情でファラオが足を止める。
だがその書類は火急の用件で、ファラオはしばし時間を費やすことになった。
その間にキャロルは先に進んだ。ファラオが「待て。」と声を掛けたが聞こえない振りをする。
角を二つ曲がったその先に宝物庫があった。
大きな石造りの建物がざっと五つ。
そのうちの一つの扉が開いている。
監督官って言う人が、もう来ているのかもしれない。メンフィスが来ないうちに、聞きたいことを聞こう。





宝物庫の中は思ったより明るかった。人が居る様子は無い。
壁と平行に、入り口から奥に向かってなかなかの高さがある頑丈な棚が何列も並んでいる。
棚には大小様々な箱がぎっしりと収納され、入らなかった物や大きな櫃があちこちに積んである。
見ただけでこれが後四棟。
「・・・すごい・・・・・」
そうとしか言い様が無かった。
宝物庫の中央近くまで踏み込んだとき、背後でゆっくり扉が閉まった。
天井近くの窓から差し込む光のおかげで明るさはあまり変わらないが、扉が閉まったことに不安を覚える。
一度出ようかと思った時に生臭い匂いがした。
覚えている。血の匂いだ。
・・・・・何故こんな所で。
恐る恐る振り返ったが見たくないものはなかった。その代わり、見たくないものを見てしまった。
布で顔を隠し、手に武器を持った男達。
「な・・・・・なによ。」
「これは・・・近くで見ると思った以上に別嬪だな。黄金の小鳥と噂されるだけのことはある。」
「それに綺麗な声だ。この声と姿で毎晩、ファラオの寝所で鳴くって言うぜ。さぞかしうっとりするだろうなあ。」
「その声が二度と聞けないのは勿体無いけどな。これも仕事なんで、悪く思わないでくれ。」
ものも言わずに回れ右で走り出す。
相手がキャロルを誘い込むためだろう、包囲されていなくて助かった。
だが相手は直ぐに追いついた。追っ手を撒くためにあちこち方向転換したのも拙かった。
追い詰められたキャロルは咄嗟に積み上げられた櫃に飛び乗り、上へ上へと登っていった。
男達の手が届かない棚によじ登り、棚の上を走り出す。テニスをやっていて良かった。
あっちの棚こっちの棚と飛び移り、扉を目指す。
だが、棚の端から扉まではかなりあり、閉まった扉は石造り。
声を上げても聞こえる可能性は低い。
こうなったらメンフィスが来て呉れるまで持ち堪えなければ。
何の違和感もなくメンフィスの名が浮かんだが、気付かないままに棚の中の箱を片っ端から開けてゆく。
監督官がもし見たら、この行為だけで卒倒するだろう。
ファイアンス製の置物、ガラス細工の香油瓶、スカラベの腕輪。指輪に耳飾り、足飾り。
手当たり次第に引っ張り出してぎりぎり男達から下がり、相手目掛けて投げつける。
なくなったり、相手が追い付きそうになったりしたら全て放り出して棚の上を逃げ回る。
此処は石造りで天井が高い。面白いほど音が高く大きく響く。
不満なのは物が当たって反響するより自分の足音が小さいことだ。このときばかりはそれが恨めしい。
一度は強引に上がってこようとした男の手の甲に、衣装止めのピンを突き立ててやった。
とりあえず相手は三人だけ。あまり連携が取れていないが、背後から回られるのは時間の問題だろう。
こうなったら。
キャロルは心の中で御免なさいと両手を合わせると、掻き集めた物全てを床に叩きつけた。
凄まじい反響音。おそらくは殺された監督官が、もう一度あの世行き確実な破壊工作である。
しかし、こちらだって命は惜しい。
これを繰り返しながらひたすら逃げるしかない。





ファラオがふと顔を上げた。
一瞬耳を澄ませると、書類を持って来た臣下がくどくど言い訳を並べているのを放ったらかして、
宝物庫目指してすっ飛んでゆく。
衛兵達が気付いて後を追いかける。
ファラオが鍵の掛かっていない宝物庫の扉を探し当てて開かせると、物が叩きつけられる音と怒声が溢れ出して来た。
そして頭上からは乱れた息遣いと軽い足音。時々飛び跳ねているような音までする。
「キャロルッ」
「メンフィスッ!監督官さんが殺されてるわ。男が三人奥に居る。」
そう言いながら軽い足音が、こっちに向かって駆けてきた。
棚の端まで来てぺたんと座り込み、荒い息をつきながら
「・・・・・御免なさい・・・・・」
とだけ言った。
それはそうだろう。床のあちこちに、置物の欠片、香油瓶の破片、ばらばらになった装身具、
壊れた神具や皿や杯やそれらが入っていた空き箱が散乱している。
雪崩れ込んだ衛兵達が三人の男を捕らえ、高手小手に縛り上げて出てきたが、こちらは皆の失笑を買った。
手足や顔、特に目の周りにいくつも青痣や打ち身、擦り傷や切り傷を作っている。
何をされたか一目瞭然。そのまま衛兵達に引き立てられて行った。
残りの兵士は監督官の遺体を探し当てた。
なんとキャロルがよじ登った櫃の一つから発見されたのだ。





「降りて来い。」
腕を組んでメンフィスが睨み上げている。纏っている雰囲気が怖い。
「・・・・・ごめんなさい・・・・・」
「降りて来いと申しておる。」
「・・・・・・・・・・」
「謝るのに私より高い位置に居るやつがあるか。」
のろのろと立ち上がり、方向転換して歩き出そうとすると声が掛かった。
「何処へ行く?」
「え・・・登ったところへ。」
「其処から飛び降りろ。受け止めてやる。」
「そ・そんな。いいわよいいです自分で降ります。」
早口で言ったがメンフィスがずいと一歩。
両手を広げて無言の圧力を掛けてくる。
こうなったら仕方がない、自業自得だ。
覚悟を決めて目を瞑り、飛び降りた。
小さな体はすっぽりとファラオの腕に収まり、すとんと下ろされて周りの一同からは安堵の溜息が漏れる。
「・・・・・」
「あの・・・・・有り難う・・・離してくれる?」
「・・・・・」
「え・・・と・・・・・御免なさい・・・たくさん壊しちゃって。」
「この馬鹿者!!そんなことはどうでも良い!!!」
落雷一撃、周りが首をすくめる中で。
「無事で良かった。心配させてくれるな・・・」
ファラオは確かにそう言った。





その夜キャロルの部屋には、有無を言わせずファラオが選んだ贈り物が山のように積まれた。





                                                        END





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