本音


滝先輩の代わりに俺がレギュラーになるはずだったのに、一度負けた宍戸さんがレギュラーに戻った。
実力重視だったはずなのに、敗者は切り捨てる方針だったはずなのに。
何故、監督はそれを許したのだろう?





俺は苛立っていた。



納得いかない。
納得いかない。
宍戸さんが復帰するなんて。



目の前のロッカーに拳を叩きつけた。
でも苛立ちは収まらない。







ドアが開く音。
誰かが入ってきた。
よりによって入ってきたのは一番会いたくない人、宍戸さんだった。



あっちもこちらが気になってたようで、すぐに目が合った。
とりあえず俺は挨拶をした。
「宍戸さん、復帰おめでとうございます」
「ああ…」
笑いもせずに言ったから嫌味だと思ったのだろう。表情は硬いままだった。
それ以上は何も言わずに自分のロッカーに行く。俺の隣から四番目のロッカーへ。



遠くもなければ近くでもない、そんな微妙な場所。



レギュラーと準レギュラー、低いようでとても高い壁。

俺はその壁を越えたかった。

越えられるはずだった。

でも目の前にいる人物に阻まれた。





宍戸さんが荷物を出そうと手を伸ばした時、俺はその手を掴んだ。



驚いた顔をしている。
当たり前だ。
俺だって自分の行動に驚いているのだから。



気まずい空気が流れる。先に口を開いたのは宍戸さんだった。



「お前には悪かったな。でも俺は自分のテニスを証明するために俺は戻ってきたんだ」
「……」




いつもより近くに見える宍戸の顔。
ついさっきまで長かった髪は短く不揃いになっていた。
頬にはまだ新しい傷が残っている。
腕にも足にも無数の傷があった。



納得いかないけれど、復帰して嬉しいというのも確かだった。
試合する宍戸さんの姿は見ていて心地良い。だからレギュラー落ちしたと聞いた時はショックだった。



宍戸さんはあれから二週間、想像を絶する特訓をしてたんですよ!

鳳の言葉を思い出した。



俺は短くなった髪をくしゃりと撫で、頬に触れた。
宍戸さんは一歩後ずさり、ロッカーに背中がぶつかった。
「怒ってんのかよ?」
微妙な顔をしてこちらを見た。

一瞬どう答えようかと悩んだが、思ったことを口にした。



「ムカツクんです」



俺は宍戸さんのウェアをめくった。
「ッ!?」
奇怪な行動に言葉が出なかったのだろう。俺は気にも留めず、晒された肌を眺めた。
俺は少し顔をしかめた。宍戸さんの体にはあざが浮かび上がっていた。



ここまでして勝ち取ったのか。
想像を絶するような特訓を俺は知らない、気付きもしなかった。

――――なのに、鳳は。

俺と同じ二年生なのにレギュラー、あいつはたったサーブ一本でのし上がった。


俺は次期、部長候補と言われているのに準レギュラーのままだ。


俺だってレギュラーだったら宍戸さんを助けられたはず。

 

「あざ、痛そうですね」
「これくらい何ともねーよ」

あんたは何でもないかもしれないけれど、俺にとっては―――。





「…鳳ってまだ残ってるんですか?」
「ああ、長太郎はコート整備してるぜ。もうちょっとしたら戻るだろうけど」

そういえば鳳のことを名前で呼んでいたんだっけ。
無性に腹が立った。
「あいつに何か用があんのか?何なら呼んできてやろうか、日吉」
手を軽く退けて、歩き出そうとした時、とっさにロッカーに手をついて遮った。
「…用があるのは宍戸さんのほうです」



しんと静まりかえる部室。ここにいるのは二人だけ、他は誰もいない。
俺が帰る前に戻ってきた宍戸さんが悪い、まだ戻ってこない鳳が悪い。

「…で、俺に何の用があんだ?」

「せっかくのチャンスだったのに」
正レギュラーになるのも、宍戸さんに一歩近付けるのも。
この代償は払ってもらいますよ?





俺は宍戸さんにキスをした。
「…ッ、んんっ!」
逃げようとしたが、俺は強引に押さえつけた。

しばらくして唇を離すと、耳元で宍戸さんの荒い息が聞こえた。

「何すんだよッ」
赤い顔をしながら怒鳴り声をあげ、俺を突き飛ばした。まあ、倒れるわけではなく、一歩後ろに下がっただけだが。

「何ってただのキスじゃないですか、聞くようなことじゃないでしょう。鳳としてるくせに」
宍戸さんは赤い顔を更に赤くさせた。図星だったのか…薄々気付いてはいたが、胸が痛かった。



「てめっ…そんなに俺を恨んでいるのかよ!?」
「さあ?宍戸さんが思う通りなんじゃないんですか?」

嫌がらせと受け取ったのならそれはそれで良い。

別に本当のことは知られなくて良い。

むしろ知らないほうがお互いのためなのかもしれないから。

「そんなに怒ってるとパートナーの鳳が心配しますよ。バレて一番困るのは宍戸さんでしょうけど」



「…ふざけんな」

ふざけてなんかいない。俺は嫌いな相手にこんなことなんか絶対にしない。

口に出してはいわないけど。

 

「それじゃあ、関東大会頑張ってください。応援してますから」
俺はにっと笑うと部室を出た。






テニスコートを横切ろうとした時、鳳と会った。
「日吉、今帰りなんだ?」
「ああ」
俺は短く答える。鳳は俺の顔をじっと見た。
「浮かない顔してるけど、やっぱレギュラーのことで…」
「それもあるけど。何ていうかな」







「鳳…お前が羨ましいよ」

 

それだけ言うと俺はまた歩き出した。







関東大会で、俺は補欠に登録された。
おそらく出番はないだろう。

だが、意外な試合展開になるなんて、今の俺には分からなかった。





2002.11.28

 

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