リンゴの秘密
「わぁ〜このリンゴどうしたの?」
粧裕はテーブルの上に置いてあるリンゴを見て目を輝かせた。
「お隣さんからのおすそ分けよ」
幸子は本当にいっぱい貰ったのよと、横に置いてあるビニール袋を指差して言う。
全部で十個くらいはあるだろうか。
「明日辺り、アップルパイでも作っておこうか?」
「えっ、ホント!?やったぁ〜楽しみ〜」
粧裕は傍にあったリンゴを嬉しそうに突っついた。
「お母さん、今リンゴ食べても良い?」
「良いわよ。でも、もう少ししたらご飯だからね」
「じゃあ、お兄ちゃんと半分にするよ」
***
「このリンゴ美味いな」
リュークは一齧りしてそう言った。
「ん?ああ、それ隣の人から貰ったんだっけ?」
さほど興味なさそうな返事をしながら月は雑誌を読んでいる。
キラとLの記事きーが載っているページに差しかかるとニヤリと笑った。
そういえばこの前送った暗号文、Lはちゃんと気付いただろうか?
気付いたとしても何を意味するか分からないだろう。普通は死神が存在するなんて思わないのだから。
デスノートを押さえない限り、月が捕まることはない。
「月、楽しそうだな」
「楽しいよ、Lを追い詰めていくのはね。顔と名前が分かった時点で奴は終わりさ」
月は椅子から立ち上がり雑誌をベッドに放り投げると、その脇に寝転んだ。
「リューク、いつもより食べるの遅くない?」
リュークの手元にはリンゴがまだ半分残っている。いつもならすぐに無くなっているのに。
「いつもより美味いからゆっくり食ってるんだ」
「何だよ、家のリンゴがまずいって言うのかよ」
なけなしの小遣いからリンゴを買ってやっていると言うのに、その言い草は何だと横目でリュークを睨む。
「いや…そういう意味で言ったわけじゃ…」
「結構図星だったりするんだろ?」
焦り気味のリュークを内心愉快に思いながら月は目を閉じた。
夕飯までもう少し時間がある、少し寝ようかと欠伸を一つした。
バタバタと階段を上がる足音が聞こえる。
あの足音は粧裕だろう、そんなことを考えながら眠りに落ちようとした。
ガチャッ
「おにーちゃーんーリンゴ持ってきたよー!」
鍵を閉め忘れていたのか、騒がしい声にはっと目を開く。
「一緒に食べよ……」
そう言いかけて固まっている粧裕に月は嫌な予感を感じ、起き上がった。
頭上を見るとリュークがリンゴを片手に粧裕を見ている。
粧裕もリューク、いやリンゴを凝視している。
「お兄ちゃん…リンゴが…浮いて…る」
目を白黒している粧裕を咄嗟に部屋に引き込みドアを閉めた。
今にも大声を出しそうな粧裕の口を抑え、月は「静かに」と言った。
「そこにリンゴが浮いて見えるのか?」
そう聞くと粧裕はコクコクと頷く。
「あ、俺の姿が見えない奴にはリンゴだけが見えるんだった」
すっかり忘れてたと言わんばかりにリュークが呟いた。
「この死神め…!」月は心の中で叫んだ。
ここで騒ぎになってしまったらまずい。
とにかく上手く誤魔化さないといけないと月は思った。
「良いかい粧裕、落ち着いて聞いてくれ」
月は手を離すとベッドに腰掛けた。
「でもでもっ、普通リンゴが浮いてるわけないよっ!」
恐怖の色を隠せない粧裕に向かって月は真面目な顔をして話し始めた。
「実はな、粧裕…信じられないかもしれないけど…ここには妖精が住んでるんだ」
「はぁ?何それ…」
粧裕は顔をしかめる。
当たり前だ、突然兄に真面目な顔でそんなことを言われても理解出来ないだろう。
月は表情を変えずに話を続けた。
「粧裕の言いたいことは分かる。でも僕には見えるんだ。ほら現にここにリンゴが浮いているだろう?」
リュークは面白がってリンゴを上下に動かした。
「えええっ!?…ホ、ホントに!?ホントにそこにいるの?」
リュークが見えない粧裕はリンゴに向かって話し掛ける。
リンゴはまた上下に動いた。
「す、すごいよお兄ちゃん!妖精さんが頷いたよ!」
先程まで恐がっていた粧裕が目をキラキラさせている。
リュークは思わず吹き出した。
「妖精さんはリンゴが好きなの?」
リンゴが上下に動く。
「私の名前は粧裕、よろしくね!あなたの名前は?」
「死神のリューク」
もちろん、粧裕には聞こえない。
「…リュークって言うんだ」
月が代わりに答える。
「へぇ〜…ってリュークさんはお兄ちゃんとしか話せないのかぁ…残念」
粧裕はシュンとする。
「粧裕、リュークのことはみんなに秘密にしておくんだ。みんなに知られたくないってリュークが言っている」
「そっか…うん、分かった!みんなには秘密にしておくね。リュークさん、このリンゴお兄ちゃんのだけど食べていいからね!」
じゃあ自分の部屋に戻るからと粧裕は笑顔で月の部屋を出た。
隣でリュークが大声で笑っている。
月はガクリとうなだれた。
「おいおい、俺を妖精だと?中々面白いこと言うな」
「黙れ」
「だって妖精だってよー!よ・う・せ・いー」
のた打ち回って爆笑するリュークを尻目に月はため息をついた。
確かに苦しすぎるいい訳だっただろうが、仕方ない。
粧裕も納得したようだから良しとしようではないか。
もし万が一まわりに知れたとしても誰も信じるはずがない。
きっと大丈夫だ。
「月ー粧裕ーご飯よ〜」
幸子の声に月は立ち上がった。
「おっ、夕飯か。月、ついでにリンゴもう一つ持ってきてくれよ」
「嫌だね」
そう言って部屋を出た。
部屋に残されたリュークは「また面白くなりそうだな」と呟く。
そして粧裕が持ってきたリンゴを一つ摘むと口に放り込んだ。
2004.4.3
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