「あの、どうでしょうか…」
 おずおずと、水色の髪をした天使が奥の扉から出てきた。
 それを見た紅い髪の天使が顎に指を添え、満足気に微笑む。
「ほう…黒も似合うが、白も似合うな」
 法天使ルビエル・ビックホーンと、その副官兼愛娘であるリプサリス・サファイアの穏やかなひととき。
「へぇ。随分と可愛らしい事をしていますね」
 それをぶち壊す奴が、現れた。


【やきもち】


 ギィン、と金属が触れ合う鈍い音。
 その後に苦笑する高い子供の声が続いた。
「もう…振り向きざまに何をするんですか」
 先程現れた子供は愛用の杖を手に、ルビエルの槍を見事に受け止めていた。
 見た目に反し、落ち着き払った声を発するその主は、臥天使テリオス・セントギルダ。 
 それほど険悪な仲ではないが、今この時を邪魔する彼をルビエルは射殺す勢いで睨みつけていた。
「黙れ。消えろ。私の時間の邪魔をするな」
 淡々と、あくまでも淡々と話すルビエル。しかしその背後にはドス黒いものが渦巻いている。
 その法天使らしからぬ様子を見、テリオスは更に苦笑した。
「そんなに目の仇にしなくても……ん?」
 ふと目に留まったのは彼女の副官。いつもは黒い服に黒いリボンを身につけている少女。
 しかしルビエルに着せ替えでもさせられているのだろう、白を基調とした服を纏っている。ところどころに青いラインがあしらわれていて…
 テリオスは悪戯を思いついた子供の様に微笑んだ。
「その服…僕のものと似ていますね」
 リプサリスに向かって言うと、視界の端でルビエルがピクリと反応するのが見えた。
 その様子から思った通りにかかった事を察し、心の中で腹黒い笑みを浮かべる。
「ペアルックに見えなくも…」
 その瞬間、テリオスの耳元で風が唸った。

「…ですから、ルビエル」
 再び繰り出された槍を杖で受け止め、ルビエルに向き直る。彼女は肩をワナワナと震わせていた。予想以上の反応に込み上げる心の中の笑いを堪えて、表面上は困った表情を浮かべる。
 いつもの彼女ならその点を見抜いて冷静に指摘しそうなものだが、この時はそれどころではなかったのだろう。すっかり据わった目でテリオスを睨み、射殺さんばかりの視線を送る。
「貴様などと…ッ」
 ぼそりと、ルビエルが呟いた。
「貴様と愛娘【リプサリス】がペアルックだと!?許さん!断じて許さんッ!」
 そこまで一気にまくし立てると、勢いよくリプサリスの方を向く。異様な気迫に彼女も押され、思わず一歩下がった。
「着替えろ、リプサリス!!」
「は、はい」
 ビシッと親指つきで言われ、リプサリスは慌てて奥の部屋へと引っ込んだ。パタンとドアが閉まる音と共に、ルビエルはふうっと息を吐く。
 どうやらろくに呼吸をしていなかったらしい。
 肩で息をしている彼女が面白くなり、テリオスは更に追い討ちをかけた。
「おや、残念」
 ブチン。
 どこからかそんな音が響いた。
「…失せろォォォォ―――――――ッ!!!」
 法天使様、ご乱心。


「…って、ね」
 所変わってここはテリオスの執務室。ソファに腰掛けながら、テリオスは彼の副官に先程のいきさつを話していた。
 面白い悪戯は、やはり誰かに話したいものだ。
「すっかり父親モードで追い出されてしまったよ」
 部屋をぶち壊さん勢いで槍を振り回していたルビエルを思い出し、再び笑いが込み上げてくる。クツクツと喉の奥に笑いを閉じ込めながら続けた。
「ただの冗談なのに…嫉妬というものは恐ろしいね」
 荒れ狂う法天使の姿が未だ目に焼きついている。
 そんなテリオスに相槌を打つこともなく、彼の副官クレイス・ラディオンは黙々と主の右足首に包帯を巻いていた。
「しかし、追い出された拍子に足を挫くなんて」
 包帯が巻かれつつある足首を見て、テリオスが少し眉を顰める。
 十審将屈指の実力を持つ己が、よもや同僚から逃げる際に怪我をするなんて。
 戦闘であればまずしないであろう失態に、思わず自嘲した時だ。
「やれやれ、我ながら情けな………クレイス?」
 包帯を巻き終えた副官が、微動だにせず俯いたまま。普段なら呆れた声で小言を言いそうなものなのに。妙な様子にジッと見ていると、ポツリと彼が呟いた。
「…申し訳ありません」
 唐突。意味が分からない。
 どうしたものかと黙り込む。クレイスも何も言わない。
 沈黙が積もってゆく。
 フと、また悪戯が思い浮かんだ。今日は冴えている…と自画自賛。
「もしかして」
 声のトーンを少し落として。囁くように。
「君も…妬いたかい?」
「………ッ」
 ソファから降り、跪く格好のクレイスにふわりと抱きついた。
 彼の体が強張るのが分かり、思わず意地の悪い笑みがこぼれる。
 視線を合わせてみれば狼狽した副官の顔。彼は明らかに「いえ、」と言いかけた。
 しかし、すぐに口をつぐんで。
「…はい」
 その言葉と共に、小さな主をぎゅっと抱きしめた。

――――――え?

 テリオスの予想としては、面白いくらい顔を真っ赤にして否定するはずだった。
 それなのに。
「…全く、もう…」
 予想と正反対の事をされ、思わずポカンとしてしまった自分に苦笑した。
 そっと体を離し、髪を撫でる。少し固い髪が手袋の上から触れて心地いい。
「ホント、君は可愛いんだから」
 どちらにせよ赤い顔をしているクレイスの頬に手をやり…彼の唇に己のそれを軽く触れ合わせた。
「!!!!!!」
 それは、掠めるように軽いもの。しかし彼の顔はボスン!という擬音語が聞こえそうなくらいの勢いで、元々赤くなっている顔が一層真っ赤になった。茹蛸も真っ青だ。
 ホントに純情だね…可愛い。
 情けない顔で硬直する副官を見、思わず口元が緩んでしまう。
「…え?」
 不意にクレイスの顔が近くなった。思わずビクリと心臓が跳ねる。
 するとそのまま倒れこんできて…
「わっ、ちょっ、クレイス!?」
 流石に慌てたテリオスは抵抗を図るが、何せ図体のデカイこの男。急だった事もあり、バランスを崩した状態でどうにかできるはずもなく。かといってペインリングをぶっ放すわけにもいかない。
 結局押し倒される形になり、どうしようかと思考を巡らせる。すると、フとある事に気付いた。
 床に倒れこんだまま、クレイスがピクリとも動かない。
 不思議に思って彼の顔を覗きこんでみると…
「気絶…してる?」
 目の前で手をヒラヒラと振ってみる。反応が無い。
 やはり気絶しているらしかった。なんだ、と思わず安堵の息が漏れる。
「…さて…どうしようかな」
 抜け出すのは簡単。しかし気絶した彼をソファに移動させるのは一苦労。
 放っておいてもいいのだが…何だかそれは気分が悪い。
 可愛い副官。愛しい、ヒト。それを冷たい床の上に放っておくなんて。
「…仕方ないな。このまま居るとしよう」
 起きた時に面白い反応をしてくれそうだし。
 やはり何処か腹黒い笑みを浮かべて、クレイスが目覚めるのを待つテリオスだった。



後半のはきっとテリクレです、多分。(汗)
色々な人が壊れてしまいました…特に法天使様。
愛娘にメロメロ親馬鹿な彼女を書きたかったのです。



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