「ヘルマ、テレーゼ!メロンになるにはどうしたらいいと思う!?」
部屋に入るなり言い放たれた一言は、周囲の時間を凍結させた。
【サラの一大決心】
ここはヴァリアントチームの一つ、ルシフェルが使用している空飛ぶ船の中。俗に幽霊船と呼ばれているその巨大な船内には、様々な施設と共に、所属するヴァリアントに宛がわれる部屋がある。その中の一室に飛び込んでくるなり先程の台詞を言い放ったのが彼女、サラ・セイクリッドハートだ。
澄んだ瞳に炎をたぎらせ、口を真一文字に結んでいる。その真剣な表情と妙な気迫に、部屋に居た人物2人は思わずたじろいだ。
「…急にどうしたの?」
この部屋の主の一人である女性、ヘルマ・ロックソルトは半ば呆然と尋ねた。
「サラさん、何かあったのですか?」
数冊の本を挟み、彼女と向かい合う様にして座っていた少女――テレーゼ・ヴァイスマンもおっかなびっくり口を開く。
するとサラは一気に破顔し、2人に縋りつく様に駆け寄った。
「聞いてよ聞いてよ!カイトったら酷いのよ!?」
とても、とても悔しそうに言うサラ。彼女の言う事には。
――幽霊船の甲板で、サラの手当てを皆が受けてくれないという話をしていた時だった。
「やっぱり、男の人は色気に弱いのかしら」
そう彼女が呟いた次の瞬間。
会話をしていた相手、天音カイトがとんでもない発言をしたのだ。
「色気かぁ…サラには無理そうだな」
何て失礼なんだろう!よりにもよって本人の前で堂々と言ってのけるとは!
早口でそう説明をした後、テレーゼが信じられないといった様子で声を上げた。
「まぁ!カイトさんがそんな事を!?」
「きっとそう言いたかったに違いないわ!」
…カイトの必死のフォローも、サラの思い込みの前には無駄な努力だったようだ。ちなみにどの様な会話だったかは、ゲームをプレイしてみて欲しい。彼の「まず練習しろ」という至極真っ当な意見が拝めるはずである。
そんな事情を知るはずも無いテレーゼは、珍しく険しい顔でサラの話を聞き入っている。対するヘルマは何処か訝しそうな表情だったが、傍観を決め込んでいるらしく会話に入ってこない。
「ああ言われて黙っていられないわ!メロンになって、絶対見返してやるんだから!」
こうして、サラの(何処かズレた)決心が延々と語られていくのであった。
「では、まず偏食を直しましょう」
話を聞き終えたテレーゼは、柔らかい笑顔と共に一つの籠を取り出した。
一体いつの間に、何処から持ってきたのか。籠の中には野菜や魚類、肉類など様々な食材が入っている。それを見たサラは即座に拗ねた様な剥れ顔を作った。
「…ぇー…」
「サ・ラ・さん?」
これまたいつの間にか取り出したマトリクスギアを手にしながら、テレーゼは低い声で詰め寄る。
「ご…ごめんなさいっ!ごめんなさ―――いっ!」
あの時のテレーゼの後ろには、猛烈な吹雪が吹いていたと後にサラは証言している。
かくして。
「まずいー…」
恐怖の余りそのまま口に突っ込んでしまったニンジンをもそもそとかじりながら、サラはウンザリと溜め息を吐いた。結構器用である。
そんな様子を面白そうに見ていたヘルマは、フと微笑んだ。否、ほくそ笑んだと言った方が正しいかもしれない。そんな笑顔を顔に貼り付けた彼女はポツリと、しかし2人にも聞こえるような声で呟いた。
「そういえば。痩せる時は胸から痩せるって言うわよね〜」
唐突な呟きに、当然テレーゼは首を傾げる。
「ヘルマさん?今はダイエットの話では…」
至って普通な反応をした彼女とは裏腹に、硬直してしまった人物が一人。サラである。
彼女はワナワナと肩を震わせ、泣きそうな声を出した。
「私…っ…」
先程までと様子がガラリと変わった声を聞き、テレーゼは心配そうにサラの方を振り返った。俯いていたサラはガバッと顔を挙げる。
「私、体重が1キロ減ったのよ!」
「…はい?」
「ああぁなんて事!喜んでる場合じゃないじゃない!私の馬鹿〜っ!!」
自分の頭を殴りそうな勢いで喚き散らすサラ。そんな彼女をおろおろと宥めるテレーゼ。そんな2人の様子を楽しそうに見ているヘルマ。
てんやわんやの状態の中、コンコンとドアをノックする人物が居た。
それに気付いたヘルマが「開いてるわよ」と入り口に向かって声をかける。
ガチャリと開いたそのドアの向こうには。
「そろそろ次のミッションだから、皆準備を…」
何の因果か、部屋を訪ねたのはカイトだった。彼が顔を覗かせて口を開くと、テレーゼの冷たい視線が彼を襲う。
…あれ、何かテレーゼの視線が痛い…
この騒ぎの理由を知るはずも無いカイトは、疑問符を浮かべる事しか出来なかった。
妙な沈黙が部屋を覆い始めた時、サラが強い瞳でキッパリと言い放つ。
「私、出撃しないわ」
カイトはおろか、テレーゼとヘルマの目も点になってしまった。
「…で、結局押し切られたんだね?」
弱冠13歳にしてルシフェル所属のヴァリアントを纏め上げるリーダー、ジェフティ・トートは小さな溜め息を吐いた。
彼の視線の先には頭にたんこぶを作っているカイトと、あちこちに引っかき傷を負ったウエスタンハットの筋肉男――ガウェイン・グランドハートが居た。というのも、頑として出撃しないと言い張るサラを説得するために2人が尽力したのだ。
しかしサラは激しく抵抗した。カイトは思い切り蹴飛ばされ、ガウェインは手袋を外していたサラの爪であちこち引っかかれ…素早い彼女を結局取り押さえる事が出来ないまま、すごすごと逃げ帰ったのである。
「カイトはともかく、ガウェインまで返り討ちに遭うなんて」
「すみません…何故か今回の姫は手強くて…」
要するにサラは完全に戦闘モードだったのである。今となってはすっかり戦闘要員である彼女は、魔物を倒すつもりで2人に対峙していたのだ。
「仕方ないな。彼女の思う通りにさせてみよう」
「了解…」
「はい。本当にすみません…」
――それからしばらくして。
幽霊船の一行は同胞殺しの容疑者、アーサー・グランドハートを追っていた。そして当人の彼はデモンズイコンへの道を開く神殿の一つで、仕掛けを解いた所だった。
そこへ、甲高い声が響く。
「アーサー!」
聞き覚えのある声にアーサーはハッと振り向いた。そこに立っていたのは。
体格のよすぎる、よく言えばふくよかな少女。
「………」
アーサーは思わず硬直する。声は記憶の中にあるものとほぼ同じだが、姿は記憶の中にあるものとは程遠く、むしろかけ離れていた。
そこで彼は思わず呟いてしまう。
「…誰だ、お前」
「なっ…私の顔を忘れたって言うの!?」
少女はカッと顔を真っ赤にして怒りの表情を表した。腰に手を当てる動作で、彼女の金髪と首に巻かれたマフラーがはたりと揺れる。
激しく見覚えがあった。しかしそれを認めていいものか当惑していた。
恐る恐る、思い浮かんだ名を口にしてみる。
「まさか……サラ、か…?」
少女が口を開きかけた。が、低い声がそれを遮る。
「姫!」
これまた聞き慣れた声だ。
しかもその声が発している単語から、自分の推測は間違っていなかったのだと思い知る。
気が付いた頃には、駆け寄ってきた男の胸ぐらを掴んで怒鳴っていた。
「ガウェイン!お前…今まで何してたんだッ!」
「いや、あの…ははは…」
その言葉の意図する所を察したガウェインは、乾いた笑いと共に視線を宙へと泳がせる。
――さすがのアーサーとて驚きもするだろう。『痩せる時は胸から痩せる』の逆説を取り、ひたすら太るため出撃せずに菓子類ばかりを食べて、メロンどころではなくなってしまったサラを目の当たりにすれば。
視線を合わせようとすらしないガウェインを更に追求しようとしたアーサーの言葉を、先程より怒りに燃える言葉が遮った。
「アーサー!今話しているのは私よ!?」
「…何て姿に…」
怒れるサラの表情なんてお構いなし。目の前の事実に呆然とするアーサーは、思わず本音を漏らしてしまった。
それが余計にサラの怒りを買ってしまったらしい。
「なっ…何ですってぇ!?」
烈火の如く怒り出した彼女はアーサーにツカツカと詰め寄り、ぎゃあぎゃあと早口でまくし立てる。それを聞いているのかいないのか、彼は呆然とサラを見ていた。
「…シリアスが台無しですね…」
少々引き攣った顔で呟くテレーゼ。それに答えるかのように、ヘルマもポツリと漏らす。
「まぁ、これはこれで面白いけど…」
ここで一拍。
「気が抜けるわね」「気が抜けますね」
見事にハモった2人の台詞。
そんな呟きに、他の幽霊船メンバーも思わず頷いてしまったのだった。
その後、彼女はジェフティを始めとするチームメンバーに説得され、元の体型に戻るべくダイエットを始めたという。説得にあたって何だかんだと槍玉に挙げられたのは……
必死にフォローしていたはずのカイトだったとさ。
メロンネタ+サラとの甲板会話ネタでいってみました。
他人のアドバイスも、本人が思い込んでたら意味無いよってお話。
…ライカやラー様達を出せなかったのが残念です。
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