ガチャリという硝子の打ち合う様な音がした。本当に微かな音だったが、俺の意識は薄っすらと引き戻された。
 それに、誰かの気配がする。少し目を開けてみると、人影が見えた。最初はヴィディアかと思ったが…アイツにしては髪が短い。それに背格好からして、男…?
「…レイ、ジ…?」
 ポツリと思い浮かんだ名を呟くと、人影がハッと振り返った。ガチャリ、とまた硝子の音が響く。
「起きたんだな。水、飲むか?」
「ん…頼むわ」
 そう答えると、トポトポと液体が注がれる音がし始めた。痛む頭の右側をさすりながら、ムクリと上体を起こす。
 ヴィディアの奴…あんな思いっきり殴らなくてもいいだろーが。
 部屋を見渡してみたが、ヴィディアの姿は見当たらなかった。レイジと入れ違いで出て行ったんだろうか。だとしたら…まさかとは思うが、気を遣ってくれたのか?
「ほら」
 不意に水の入ったグラスが視界に入る。考え事をしていたせいか、それを認識するのにしばらくかかった。訝しげな視線に気付き、慌ててグラスを受け取る。
「よく眠れたか?」
「…まぁ、肉体的には」
「? 含みのある言い方だな」
 レイジは同じく水の入ったグラスを手に持ち、不思議そうな顔をしていた。
「そりゃあ羽根もぐぞと脅されたり、命か膝枕かと迫られたりしたからな。精神的には緊張の連続だったさ」
 思い出したら鳥肌が立ってきた。ぶり返した恐怖から逃れるようにグラスに口をつけ、中の液体を口に流し込んだ。水だから逃避効果は期待できないけど。

「第一なぁ、ヴィディアに膝枕頼むとか…明らかに人選ミスだぞ」
 何を言うでもなく水を飲んでいたレイジが、思い出したように口を開く。
「マズかったか? 膝枕は安らぐと聞いたんだが」
 誰から聞いたんだ、そんな事。
 思わず心の中でツッコミを入れつつ、実際には絶句していた。
「パージュの方がよかったか?」
「いや、何でそうなる…」
 分からない――明らかにレイジはそんな顔をしている。
 あぁもう、ウチの大将はホント鈍いな…
 湧き上がる苦笑を堪えられずに漏らすと、戸惑いつつも眉を顰めるのが映った。
「だからさぁ」
 手に持ったグラスをサイドテーブルに置く。その手でレイジの左手を掴んで、力任せに引っ張った。
 弾みでレイジのグラスが宙を舞ったけど…そんな事は気にしない。
「俺としては、レイジに膝枕されたかったな」
 まっすぐに目を見つめたまま囁く。するとレイジの顔がふわりと紅潮した。
「けど…膝枕されるなら女の方がいいんじゃないのか? 柔らかいし…」
 照れ隠しなのか顔を伏せたレイジは、ごにょごにょと、言いにくそうに唸る。
 その様子を見れば見るほど込み上げる笑いを抑えきれずに、思わず声を上げて笑った。すると、それが気に触ったらしく、レイジの顔は見るみる間に曇っていく。
 それでもやっぱり、笑いを抑える事は出来なかった。
「…っくく…馬っ鹿だなぁ、お前」
「うるさい。人が心配してやってるのに何て言い草だ」

 心配――そうか。

 レイジが急に「今日は休め」と言ってきたのは、俺を気遣っての事だったのか。周到に根回しして。普段なら嫌な顔をする『命令』って手段まで使って。そのせいか不機嫌そうな顔までして。ひょっとして、あの顔は緊張なんてしてたのか?
 そう思えば思うほど、また笑いが込み上げてくる。
「…もういい」
 ムスッとした表情で腕を振り払おうとするレイジ。でも離してなんかやらないさ。掴んだ右手にぎゅっと力をこめる。
 少し痛かったのか、少し眉を寄せる様子が見えた。
「あのな。膝枕ってのは男だ女だっていうより、"好きな奴"にして貰うのがいいんだよ」
 ピクリとレイジの腕が僅かに震えた。
「だから、ヴィディアよりレイジにして貰う方が、俺は嬉しい」
 抵抗の無くなった腕をもう一度引っ張る。すると力の抜けていたらしいレイジは、見事にバランスを崩して俺の方に倒れこんできた。
 顔が近い。すごく。息の掛かるくらい。
「ぎ、ギル…」
 焦った様に漏れてくる吐息が熱い。
「俺の気持ち…今更、知らないなんて言わせない」
 レイジの頬をそっと指でなぞると、今度はハッキリと紅潮した。戸惑いがちな顔にはめ込まれた、ユラユラと揺れる瞳が俺を映す。
 無意識でなんつー顔するかね、お前さんは…
 思わず出てきそうになった言葉を飲み込み、理性をフル動員して。
「俺としては一人部屋で休んでるより、仕事でもいいからレイジと一緒に居られる方が癒されるんだよな〜」
「………ッ」
 軽いノリで、けれど想いを籠めて囁くと、今度はあっという間に真っ赤になる。
 レイジは観念したかの様に俺の首に抱きついてきた。肩に預けられた頭の重みが、じんわりと伝わってくる。
「俺を休ませたいと思うなら…傍に居てくれよ、レイジ」
 そっと囁いて腕をレイジの背に回すと、今度は肩が震えた。巻きついた腕に力が籠る。
 あーでも、それ以上はダメだって。
 お前さんの腕力でそれ以上首を絞められたら、俺死ぬって。
 
 …まぁ、それはそれで本望だけどよ。



甘く甘くと思っていたのですが…うーん。微妙なデキ。
ギルがレイジを呼ぶ時の呼称が分からない…orz



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