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――所変わって、執務室。
相も変わらずペンを走らせる俺の机には、すっかり小高い書類の山が出来ていた。
城を取り返したとはいえ、未だ人間と天使の動向には常に注意を払わなければいけない。魔界の細かい現状も把握しておかなければいけない。
そんなこんなで、書類の数は増えるばかりだ。
「…っし。これで一区切り、っと。頑張ったな俺〜」
パスッと一枚の書類を山に積み上げ、解放されたとばかりにグイーっと伸びをする。
すると後ろから声が掛かった。
「本当に頑張るな」
声に反応して振り返ると、そこにはレイジの姿があった。
労う言葉の割に、その表情はいささか不機嫌そうで。ちょっとばかり記憶を失う前のアイツを彷彿とさせる所があって。思わずニヤケた自分を叱咤する。多分レイジは気付いてないけど。
「どうしたよ、レイジ。顔怖ぇけど」
軽いノリで訊いてやると、我らがジェネラル・テンペストは眉間に皺を寄せたまま、こう言った。
「ギル、明日は休め」
「――は?」
思わず聞き返す。
休めっつったか、この俺に。忙しいんだぞーこう見えても。
「だから。明日は休め」
「ははっ、休めるわけないだろー? 今は皆忙し…」
「休め」
「だから、レイジ…」
「命令だ」
頑固な我らがジェネラルは、どうやら譲る気は無いらしい。普段命令するのに渋顔なレイジが、こうもキッパリと言うのだから。
上官の命令とあっちゃ断るワケには行かないし、一応同意しておくことにした。
「…分かったよ」
「そうか」
それだけ言って、レイジは部屋を出ていった。何だったんだ…?
次の日。
「昨日はああ言ったけど、実際人手が足りねぇしなー」
というワケで、俺はいつも通り執務室へ。レイジが来る頃に仕事を切り上げればいい。それまでは溜まった仕事を――
「あれ、ギルヴァイス?」
そっと開けた扉の向こうからは、聞こえるはずの無い人物の声が聞こえた。思わず閉めてしまいたくなる衝動を抑え、恐る恐るその人物を見る。
視線の先に居たのは、脚立に腰掛けた子供。
柔らかそうな茶色の髪に明るい緑の瞳。その顔はキョトンとした表情を浮かべている。
「何でお前がここに居るんだよ」
「ユーニ、様…ッ!?」
それはこっちの台詞だよ、と思わず出そうになる呟きをグッと飲み下す。っていうか、ホントに何でこんな所に居らっしゃるんだ…?
危うくそのまま口に出しそうになって、慌てて言葉を変換する。
「ど、どうしてこの様な所に…」
「レイジに頼まれたんだ」
「………」
レイジの奴、何て周到な…!
根回しの良さに感心すると共に呆れてしまう。よりにもよってユーニ様を説き伏せてしまうとは。他のメンバーなら何とか宥めすかしてしまおうと思えるが、この方だけは…
この時点でも猛烈に逃げ出したいってのに!
「今日は僕がお前の仕事をするんだ。とっとと出てけ!」
言うが早いかユーニ様はストンと目の前の脚立から降り、ファイル(勢力状況の資料?)片手にビシッと右手で俺を指差した。意味が分からず混乱する俺は、恐らく相当間抜けな顔で言葉を返した。
「いえ、しかしそれは私の仕事ですし…ユーニ様にその様な事を…させる訳、には…」
言えば言うほど、ユーニ様の顔はドンドン不機嫌そうになっていった。はたから見れば可愛らしいだけだが、この方の本性を知る者にとっては恐怖でしかない。
もちろん俺もその一人で。
ユーニ様の眉間に皺が寄っていくにつれて、俺の肝は凄まじい勢いで冷えていく。
「ギルヴァイス」
声のトーンが、ひとつ低くなった。
「とっとと出て行かないと………もぐよ?」
ギラリ。まるで猛獣の様に鋭い目が、俺を睨んだ。途端に体が金縛りに遭ったかの様な感覚に襲われる。
恐怖。それがその正体。
理由はもちろん、フェザサイド――恐れていたユーニ様の一面が顔を覗かせたから。
デキる男ギルヴァイスに仕掛けられた悪魔のトラップ。(笑)
ギルは普段、ユーニから逃げ回ってるといい。
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