後 ろ の 正 面





感情の昂りとは違う、体の、本能の昂りに支配され、その濁流となって押し寄せる熱量に、頭がくらくらする。
揺す振られる体はただでさえ呼吸を困難にされているのに、まともな思考の残っていない頭を冷やすためにも、機能させるためにも、空気を噛みしめるかのように、はく、はく、と僅かにしかとりこめない息づきは荒く。
出ていく量の方が明らかに多いその呼気は多分に熱を含んでいる。
つう、と伝った涙の一滴は、生理的なもの、と言ってしまえばそれまでだけれど、それがこの状況の何が一番起因しているかを知る術はない。
顔の横につかれた、今現在自分に後ろから覆いかぶさっている男の、骨太でいかにも男らしい手がちらりと視界に入り、無意識のうちにそっと己の手を寄せた。

「っ、何、かわいーことしてくれてんの?」

びくり、と震えたのは、自分の体と、本来排泄の用途しか持たない器官に突っ込まれた、標準の一回り以上の大きさの男のモノ。
ああ、今のでまた少し張らせた気がする。
心なしか、さっきより中の圧迫感が増す。

「はっ…、こんな…ぁっ、が、かわいー、こと、んぁ…かよ」

縋るわけでも、握るわけでもなく。
ただ、手を寄せただけなのに。

「うん、十分、かわいーよ」

ちゅ、と項に吸いついた男は機嫌良さ気で、その言葉に嘘はないようだ。
こんな、今している行為と比べたら、いや、比べようもないくらい拙い触れ合いに満足している男に、少し呆れ、少し…こんなことで満たされるなんてほんの少し、お前の方がかわいらしいとか思ってしまった、自分に対し、違うこんな髭面のおっさんが可愛いわけないいや可愛くてたまるかやっぱり今のは撤回したい、なんて言い訳がましいことを考える。

「ふぁっ…あっ…きゅうっ、に、うごく、なぁっ…」

ゆす、と奥まで突っ込まれたものを、更に先に埋めようとする動きに、自分の意志ではない甘い声が零れ落ちる。
反論しようと背後を振り返ったが、内壁を固く張った嵩のある部分で擦られ、シーツに懐く羽目になる。

「いや…今、ちょっと、意識逸れてた、みたい?だから」

ね、という語尾は掠れて聞き取れず、ずず、とゆっくりと押し込まれたソレを、ぎゅ、と締め付けてしまう。
ありありとその形を実感させられ、リアルに頭に浮かんだそれに、何想像してんだ、と顔に血が昇るのがわかる。
背面位で良かった、そうじゃなきゃ、やたらと目敏いこの男に脂さがった笑みで「ナニ考えたの?」なんて言われかねないから。

「あぁっ、あん、あ…やっ、ゃぁっ…」

疑問形を装った言い訳と共にはじめられた、ゆっくりとした動きの深いストロークは、的確にイイところをその嵩で擦りあげ、ずん、と内臓に響くほどの奥まで突っついてくる。
前立腺を擦られるたび、ぞわりと背筋に快感が走り抜け、女のように高い声が上がってしまう。
最初こそ上体を支えるために力を入れていた腕はとっくにその役目を放棄し、襲ってくる快感に背を反らせると今まさにモノを突っ込まれている尻が高く上がり、あまりの体勢に羞恥が込み上げる。
まるで、悦んで男を受け入れているようで、動きやすいように協力してやっているような格好。
自分では見えないその姿はさぞみっともなく浅ましいのだろう、けれど男は息を荒げ、痛いくらいに腰を掴んで熱を送り込んでくる。

「すげ…ナカ、きゅうきゅうしてて…絞られる」
「いちっ…ち、んぁっ、あっ、ゆ、なぁっ」
「だって…自分でもわかってるんでしょ?」

ほら、と前立腺を狙って擦られ、意味のない嬌声が唇から零れた。
意図せず内壁が熱く硬い肉棒を締め付け…あぁ知ってたさわかってたさ!
さっきからそこを掠められるたび、コントロール不可能な内壁がソレを逃すまいと絡みついているのは。
ああほらまた。

「やべっ、おにいさん、イっちゃうかも」
「イけっ…あっ、ば、いい、だろ、やっ…あっ、あっ、」

ぽたり、と男から滴った汗が背筋を滑り、快楽に侵された、動かすのも億劫な体を、少しだけ捻って男の顔を確認すれば、俯き気味の表情は眉根を寄せて熱に浮かされていた。
微かに目元を赤く染め、いつもよりも深い濡れた青に、不覚にも…認めたくはないがこの男の顔は昔から好きだったのだから仕方ないけれど、雄の顔、と表現すべきその顔に、見惚れてしまった。
自分の欲を自制している様子だった男は、俺の視線に気づいたようで、目元を和ませた。
っだから、そんなことしたら…。

「うぁっ…ちょっ、イギリスっ」
「んあぁっ…」

不意打ちで繰り出されたその、大好きな顔に、思わずぎゅっとナカに力が籠り、熱く脈打つ熱塊を強い締め付けで包んでしまった。
びくり、と跳ねたその熱が、ただでさえあれなその体積を余計膨らませ、もう欲を吐き出すかと思いきや圧し掛かっている男が息を詰め、ゆっくりと息を吐き出して落ちつけようとしているのがわかった。

「もっ…おまえはー…」

今のはほんとにお兄さん先にイっちゃうところでしたよ、となんとか射精感をやり過ごして、かえって脱力した男は苦笑しながら口を開いた。
止まった動きに、恐る恐る後ろを振り返り、男の顔を見る。
ほんとにイきそうだったのだろう、少し恥ずかしそうな表情が浮かんでいる。

「イけば良かったのに」
「お前を置いて?」

嘲るような意図を込めた笑みを受け止めた男は、腰を掴んでいた手をゆっくりと前へ滑らせ、先走りでだらだらになっている俺のモノに指をからめた。
くちゅり、となった水音に、男も厭な笑みを浮かべる。

「この分だと、お前も一緒にイけたみたいね」
「…だから、イけば良かったのに」

我慢して、その分焦らされる方が嫌なのだ。
気持ちイイのは好きだけれど、それがずっと継続して甘く疼くような、どうしたらよいかわからなくなるほどの快楽は毒にしかならないのだから。

「ごめんねって一応謝るけど、お兄さんが矜持を守りたいと思う気持ちもわかってよ」
「別に謝罪を求めてるわけじゃねーし、お前の矜持なんてくそくらえ」
「あ、そーゆーこと言っちゃうんだ」

「かわいくねー」なんて、今更だ。
はっ、と鼻で笑ってやれば、男はあからさまに溜め息をつき、はらりと零れていた髪を掻きあげた。

「それにさ、今日ゴムしてないからナカに出しちゃうと大変でしょ?別にお兄さんが綺麗にしてあg…あー嘘々」

あけすけな物言いとその内容に拳を固めれば慌てたように男は誤魔化した。
この体勢から男を殴るのは難しいから実際は殴る心算などないし、男の軽口もいつものことなのでお互いただのポーズなのだけれど。
男は優しい手つきで汗で湿った俺の髪を梳き、一房掴んで唇を寄せた。

「でも、イギリスはナカに出されると嫌かなって思ったのはホント」
「そんなの…気にすんじゃねえよ」

今更気にされても何にもならないのに。
気にされるくらいなら、衝動のままに欲を吐き出される方が遥かにマシなのに。
言葉にしなかった思いは、けれど、この男には伝わるのだろう。
耳元で小さく「ほんとお前はかわいいね」なんて囁かれ、霧散していた甘く艶めいた空気が戻ってきた。

「それじゃあ、遠慮なく」

その言葉通り非生産的行為を再開した男の下で、再び甘い声をあげて。



今までお前が遠慮したことなんてあったのか?なんて問いは、流石に空気を呼んで流してやった。







10/03/25
ぬるい。
100325



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