マーブル色の日 ――――朝の光の中で、身じろぎをした彼。 無意識に眠りの淵から伸ばされた、その褐色の手が愛しくて、ユウナは自分から身体を寄せる。 ぎゅうっとされると、新鮮な酸素に混じって愛しい匂いが体中を巡った。 夜更かしした翌朝は、ティーダの方が遅く起きる事が多い。 体力的にはユウナの方が無理を強いられている筈なのに、よほど疲れていない限り――――そう、特に晴れの日の朝は、何故か先に目が覚める。 今日は夜明け前に目を閉じたばかりだったので、もう一度寝直そうとユウナは恋人の腕の中に顔を埋めた。 何とも言えない肌のぬくもりが心地よくて、この匂いの中で二度寝して夢うつつに浸れたならどんなにかいいだろう・・・と思うのだが、夢見心地になるどころか、かえって脳が冴えてしまう。 ゆうべの情熱を思い出させるすべやかな褐色の胸板と、ゆうべの情熱からは想像もできない子供のように無防備な寝顔、その二つの要素が原因だろう。 もう一つつけ加えるなら、起きているときのように彼の目線を気にしなくていいという事も、理由の一つかもしれない。 どんなに欲張って見つめても、ティーダの反応が返って来ないという状況は、この時くらいだからだ。 二度寝を諦めたユウナは、腕の中から少しだけ身体を離し、寝顔を見つめるのにちょうどいい距離を取る。 淡いブルーの枕の上に無造作に散らばった、陽光に透ける金色の髪。 不意に、その細い髪が意図無く肌の上を滑る感触が、好きで好きでたまらない事を――――夜の自分を、思い出す。 わずかに背筋がふるえた。 眠っているだけなのに、ティーダという存在はどうしてこんなにも心と身体を揺さぶるんだろうと、視線は逸らせないまま思う。 頑固で小さな少女だったユウナの中に、彼に依って生み出された感情がどれほど在る事か。 それまで淡い色しか知らなかった心を、まるまる染め上げて、すべてがティーダのものになってしまった。 すべてが。 途方も無いその事実を、ティーダが本当に理解できる日は来ないだろう。 もちろんユウナも。 だけど、例えばの話。 この胸の中身が全部、彼に伝わる事が、もしあり得るとしたら。 あらゆる境界が無くなって、どんな行き違いも無く、すべてが伝わる瞬間があるのだとしたら。 抱き合う事は、限り無くそれに近いのではないかと思う。 個別の存在である二人の境目を、少しだけ溶かし合って混ぜ合うような、そんな行為。 水平線に溶けていく太陽が、柔らかい色で空と海の境目をにじませる、あの瞬間のような、限られた瞬間。 限られているけれど、途方も無い何かが約束されている時間。 離れる時は、いつも少しだけ寂しくなるけれど、その寂しさはひどく甘くて、どんなに切なくても、幸せの余韻でしかなかった。 (そう、幸せなの) きっと世界でいちばん。 ・・・それは、他の人と比べて世界一だと言っているのではなく、そんな比べ用の無い事ではなく。 もっと、唯物的な、絶対的な感覚だ。 彼女が幸せだという事を感じるのは、彼女にしか出来ない事だから。 大事なのは、感じること。 いま、感じているもの、きっとそれが真実だと思うから――――少なくともユウナにとっては、真実と呼んでもいいものなのではないかと、思うから。 だから、彼の存在が幻光虫の結晶だとか、いつか消えるかもしれないとか、そんな事実は、今は後回しだ。 どんな事実も、理屈も、目の前にあるティーダの寝顔の前では、まるで意味が無い。 感情の外からやってくる理屈では、心は動かないから。 ただ、愛しい。 大事なのは、こんな風に、感じること。 泣いて、怒って、笑うこと――――ありのままに。 (・・・キミは、そんな大事な事も、教えてくれたよね) 気怠さとみずみずしさが入り交じるこの朝の風景は、いつだって――――本当にいつだって、幸せなのだ。 FIN 2004/09/09 up |