わかってるんだ

頼ってばかりじゃいけないことくらい
















ノートを借りにいってくると言って部屋を出ていった渋沢がいくら待っても戻ってこない。
遂に痺れを切らした三上は渋沢を探しに部屋を出た。
ノート1冊借りるのに何分かかってんだよと文句を言いながら渋沢が向かった(はずの)辰巳の部屋に向かう。
階段を下りて、自販機とかが設置されている小ホールの近くまで行くと誰かの話し声が聞こえてきた。
「三上先輩ってホント我が侭ですよね〜」
人間、自分の悪口ほどよく聞こえるものはない。
わざわざ確認するまでもなく、この声の主は藤代。いったい誰にいっているのかと見てみれば、聞いてる相手は渋沢だった。
手にノートを持っているのを見ると、辰巳のところから帰ってくるときに藤代につかまったんだろう。
あのバカ代の奴‥と青筋を立て、三上は出ていこうとしたが、藤代の次の言葉が三上の足を止めた。
「頼られてばかりでキャプテン、疲れませんか?」
三上は愕然とした。
自分が渋沢を頼ってしまっていることには自覚があったが、他人が見て言うほどだったとは思っていなかったからだ。
俺、そんなに渋沢を頼っていたか?そんなに甘えていたか?
いくら自問自答しても答えは出ない。いろいろと考えていた三上は顔を上げた。
そうだ。渋沢は?渋沢は藤代の問いに対して何ていうだろう。
三上はごくりと唾を飲み込んで渋沢の言葉を待った。
「そうだな‥別に疲れはしないが、なんていうか‥辛いかな」
「キャプテン、可哀そ〜う」
藤代のかるい声に背を向けて、逃げるように三上は踵を返した。





そのまま自分たちの部屋に戻る気にはなれず、三上は3階の一番端にある空き部屋に入った。
明かり一つない薄暗い部屋の中。端に置かれているマットレスだけのベッドの上に三上は倒れ込んだ。
掃除もろくにされていない室内は当然のように埃っぽかったが、そんなこと以上に三上の頭の中はさっきの渋沢の言葉でいっぱいだった。
たしかにこの耳で聞いた。顔は見えなかったが、きっと苦笑いを浮かべていたに違いない。
俺はそんなに渋沢の負担になっていた?
…そうかもしれない。
でも、だったら突き放せばいいんだ。
お前なんかいらないって。負担でしかないんだって。
…なんて、あの優しい渋沢にできるはずがないけど。
だいたいそんなことをされたら自分は‥自分は‥
ぎゅっと拳を握りしめて、三上は泣きそうになった。
渋沢に出逢って、自分はずいぶん弱くなってしまった気がする。
昔はこんなふうじゃなかった。
誰かと関わることが煩わしくて、人から一線ひいた付き合い方が当たり前だった。
誰も入ってこさせなかった自分の心の中。
いつの間にか慣れてしまっていた。誰かがそばにいてくれることに。
いつの間にか当たり前になっていた。渋沢がとなりにいてくれることが。
気づいていなかったこと。気づき始めていたこと。
いろいろなことを考えてどれくらい経ったのかわからない。
見えない力がかかった空間で、カチャリとドアが開く音が三上の耳に届いた。
誰かのサボり部屋だったのかと舌打ちをする。
まぁ、いい。1、2年だったらちょっと脅して追い出せばいいし、それは同学年だって同じことだ。
今は最高に機嫌が悪いから誰であろうと容赦はしない。
誰が来ても頭から追い出すつもりでいたのに、部屋に入ってきたのが渋沢だとわかると、そんなことは忘れて三上は飛び起きた。
「渋沢、どうして‥」
語尾は驚きのあまりかき消されてしまった。
松葉寮は広いから他にも空き部屋がけっこうある。三上も空き部屋に入ったことはあったが、この部屋に入ったのは今日が初めてだった。
だから三上はどうして渋沢はここだとわかったのか不思議で仕方なかった。
口には出さなかった三上の心を読んだかのように、渋沢は三上のことだからと笑って言った。
「部屋にいないからどこに行ったのかと心配したよ」
遅くなってしまってごめんと謝ると、再び横になってしまった三上のとなりに渋沢は座った。
どうして部屋じゃなくここにいるのか。
渋沢はすぐに聞こうとしたが、口を開いたのは三上のほうが早かった。
「わかったんならいいだろ?部屋に帰れば?」
明らかに刺を含んだ言い方。渋沢は少しひっかかりを感じた。
「三上?どうしたんだ?」
三上はけっして気が長いほうとはいえない。
人のことは平気で待たせるくせに、自分が待たされるのは気に入らない性質なのだ。
もっとも、三上との待ち合わせに渋沢が遅れてくるなんてことはまずなかったので、なんの問題にもならなかったのだが。
やはり待たせすぎてしまったのだろうか?
でも三上の不機嫌さはなにか違うことに対してのように渋沢は感じたのだ。
「別に。お前には関係ねぇよ。先に部屋に帰れば?」
冷たい言葉。ふり返らない背中。
これ以上、三上の口から拒絶の言葉を聞くことが恐くて、半ば茫然と渋沢は呟いた。
「嫌いになったのか?」
小さく紡がれた言葉を三上が理解するまで少し時間がかかった。ふりかえった三上に向かって渋沢は再び呟く。
「俺が嫌いになったのか?」
「違う!!」
いつもは出さない大声で叫んだ後、ハッとして三上は顔を背けた。
「…俺に頼られると辛いんだろ?」
「?!‥藤代との話、聞いていたのか?」
「聞こえたんだよ!お前がちっとも戻ってこないから。…で、どうなんだよ」
三上は顔を背けたままだった。
自分から聞いておいてとも思うが、さっき聞いたのはまだ顔も見てなかったからまだいいとしても、今度は二人だけ。
しかも正面からなんてとてもじゃないが受けとめられない。
少しの沈黙の後、たしかに三上に頼られると辛いと渋沢は答えた。
「わかった。もう頼ったりしねぇよ。安心していいぜ」
向こうを向いて寝ようとした三上の腕を強引に引っ張って引き留めた。
顔だけは渋沢に見せまいとしているのか少しうつ向き加減で。多少強引に渋沢は三上と顔を合わせた。
「辛いというのは正確じゃない。でもなんて言ったらいいか」
心の内、すべてを伝えたいのに、うまい言葉がみつからなくて歯がゆく思う。
いくら国語の成績が優秀と言われても、肝心なときには役に立たない。
「苦しいんだ。頼られたとか、そういうときだけじゃない。なにかする度に俺は三上がいなきゃ駄目だと感じるから」
渋沢からの思わぬ言葉に三上はポカンと口を開けている。
「どういうことだよ?」
わけがわからないという三上に、渋沢はかるく苦笑いして続けた。
「ふつうに生活をしていて毎日思うんだ。考えてるんだ。どうしたら三上が笑ってくれるだろう。どうしたら三上が喜んでくれるだろう。三上のために俺は何ができるだろうか。三上のため。三上のため。これがどういう意味か、わかるか?」


「依存しているのは俺のほうなんだよ。三上がいなきゃ、俺は何もできないんだ」


だから苦しいんだ、怖いんだよと渋沢は笑った。
「三上、俺から離れないでほしい」
そういってのびてきた腕は微かに震えていた。




お願いだから離れないで。僕は君を支えに動けてる。
君に僕が必要なくても、僕には君が必要だから。
僕はもう君なしじゃいられないから。
君のそばはあまりにも心地良くて安心できて。














誰よりも君が好きで好きすぎて どんどん弱くなっていく自分がいるのに気がついた
些細なことで不安になったり 君のたった一言で虚無感に襲われたり

でもいいんだ

君から受ける影響は何よりも大きいけれど それは害ばかりじゃないから
こうして俺はこの依存症から逃れられない

















雷と全然関係ない話だったのに、あるみたいになってしまったので番外編。どっちが本編なのかはお任せ。
予定通りに事が運べることのほうが少ないですが、運びたいとは思う‥

2002/05/27



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