あるところに 一匹の猫がいました














「ごめん。もう別れてくれないか?」
どこか気まずそうに切り出された彼からの相談。
言われたことに驚いている自分と、やっぱりねって思ってる自分がいる。
冷めた自分をさしおいて、熱い自分が彼をみつめた。
なんで?どうして?私、嫌われるようなことした?
わき上がる疑問をぶつけようと熱い私が口を開く前に彼が口を開いた。
「だからって、のことが嫌いになったわけじゃないんだ」
私が嫌いになったわけじゃない。
それは私を傷つけないための言葉?
だったらぜんぜん嬉しくないと熱い私が悲鳴をあげる。
冷めた私もその意見に同意を示した。
のことは好きだよ。だけど‥ごめんな。にはもっとふさわしい人がいるよ」
どうしてそんなにすまなそうに謝るの?
どうして未練が残るような言い方をするの?
それくらいなら嫌いになったと言われたほうがマシなのに。
好きな奴ができたと言われたほうが楽なのに。
ホント、女心が分からない人ね。
「俺はに幸せになってほしいんだ」
そう言って彼は私に微笑んだ。
それを見て私がとった行動は怒りだすことでも、泣き喚くことでもなかった。
ただ黙って彼を、彼の瞳をみつめただけ。
この時、あんなに熱かった私はどこか彼方へ消えてしまっていて。
私の中を支配していたのは冷めたもう一人の私だった。
もしかしたら私のこの行動すらも彼の予想‥いや、期待通りのことだったのかもしれない。
「…わかったわ。終わりにしましょう」
私は彼を見ずに、さよならも言わずに店を出た。
彼の視線を背中に感じながら。



ある日 猫はとつぜん捨てられてしまいました



冷たい雨の刃が深く浅く私のからだに突き刺さる。
待ち合わせしたときには、まだ雨が降っていなかったから傘なんかない。
たとえあったとしても差さなかったと思うけど。
しばらくの間。私はどこを目指すわけでもなく、ただ歩き続けた。
服が濡れることも気にならない。髪から滴る雫の冷たさが逆に心地好いくらい。
『嫌いになったわけじゃない』『のことは好き』『に幸せになって欲しい』
本心からの言葉だったにしても、そうじゃなかったにしても、なんて‥
「なんて在り来たりな言い方」
思わず笑ってから私は視界にうつった公園に入っていった。



冷たい雨が降る公園で その捨て猫は鳴いていました
寒さに震え 悲しそうに 寂しそうに 空を見上げながら




誰もいない雨の公園。雨の音しか聞こえない。
優しさからなのか、単に面倒だと思っただけなのか。
彼は私に何も言ってはくれなかった。私も何も聞かなかった。
だって聞かなくてもわかったから。これ以上、縋りついても無駄だって。
諦めるしか、終わらせることしかできない。いや、終わらせたほうがいいんだって。
彼が見せた笑顔が私にそう悟らせた。
あの作りものの笑みがすべてを‥



声一つ上げずに その猫は鳴いていました
誰もその声に気づきません 誰も歩みを止めません




この突き刺さるような雨の中。きっと彼には差し出される傘がある。
私にはそんなものはないわ。雨宿りする場所もなく街をさまよってる。
彼に家があるというのなら。
「さしずめ、私は捨て猫ってところかしらね」
「そりゃあ、えらいかわいい捨て猫やなぁ」
小さい独り言だったのに声が聞こえて、驚いて振り返れば背の高い男の子が一人。
頭に被さった白いタオルから金色の髪をちらちらと覗かせて、右手に透明なビニール傘を差し、左手にはすぐ近くのコンビニの袋。お菓子とか煙草とかパンとか色々見える。
いくら男の子でも一人でこれだけの量を食べられるわけないから親か何かの使い走りだろうなと思った。
「姉ちゃん、傘が欲しいんやったら入れてやるで?」
「いらないわ」
「?でも、そのままやったら濡れてまうで?」
「余計なお世話よ。放っておいて」
フラれた後に知らない人に気を使われるほど惨めに感じることはない。
お願いだから放っておいてほしい。
今の私じゃこの見知らぬ男の子にやつ当たりしてしまいそうだから。
「なに意地はってんねん。捨て猫の姉ちゃん」
人の優しさを無下にしたらあかんでと微笑むのさえ憎らしく感じてしまう自分が嫌。
わきあがるイライラを抑えて、私は無視を決め込んだ。彼を視界に入れないように俯いてから目を閉じる。
しばらくして。パシャパシャと水の跳ねる音が聞こえたからいなくなったと思ったのに。
彼は私のところに傘を差して楽しそうに笑っていた。
「‥何してるのよ」
他人のところに傘なんか差して。代わりに自分が濡れてるじゃない。
馬鹿らしくて私はまた俯いた。
「姉ちゃんが俺のこと関係ないって言うんやったら、俺が何してようが姉ちゃんには関係あらへんやろ?」
気にせんといてと言って彼はまた笑ったみたいだった。
「そんなことしていたら風邪ひくわよ」
「それは姉ちゃんも一緒やろ?」
私は何も言わずに立ち上がった。
走るのはなんか馬鹿らしくて。でも、とにかく離れたかったからかなり足早に。
でも離れる気配のない水音に私は苛立ちを隠せないまま、私の後ろに来る彼に足を止めずに尋ねてみた。
「‥なんで私の後をついてくるのよ?」
「そりゃ、姉ちゃんが心配やからや」
「心配なんかいらないわ。言ったでしょ?私のことは放っておいてって」
「そんなん言われたら余計に放っておけんわ。姉ちゃん、捨て猫なんやろ?」
言われた言葉を認識するまで時間がかかった。足が止まってることも気づかなかった。
「だったらなによ。なにか関係があるの?」
「捨てたヤツが無責任やったら見つけた人間が代わりに責任持つべきやろ。それに姉ちゃんかわええしな」
ふざけた口調とは裏腹にまっすぐな瞳で告げられた強い意志。
綺麗すぎる瞳を見ていられなくて視線を落とした。
「‥‥あなたの名前は?」
「佐藤 成樹や」
「成樹くん。私ね、彼に捨てられちゃったの」
逢ったのは今日が初めて。言葉をかわしてからまだ1時間も経ってない。
私のことなどろくに知りもしないはずなのに。
本当にいいの?
この見知らぬ男の子の優しさに私は甘えてもいいのかな?
「こんなずぶ濡れの捨て猫、成樹くんは拾ってくれますか‥?」
語尾が自分でも可笑しく思えるほど震えた。
答えはどっち‥?
「当たり前やないか。こんな可愛い猫、拾わんわけないやろ」
目の前が温かさでいっぱいに埋まっていく。
「ありがとう‥」









あるところに 一匹の猫がいました
ある日 猫はとつぜん捨てられてしまいました
冷たい雨が降る公園で その捨て猫は鳴いていました
寒さに震え 悲しそうに 寂しそうに 空を見上げながら
声一つ上げずに その猫は鳴いていました
誰もその声に気づきません 誰も歩みを止めません

そこへ一人の少年が通りかかりました
少年は猫の声に気づき 歩みを止め 手を差しのべました
少年の温かさに包まれ 猫は声を上げて鳴きました

猫は幸せになったのです

















9999HIT。森村サマに捧ぐ。スミマセン。モチ返品OKです

2002/06/21



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