じつは前から思ってたんだよね













今は夏休みの真っ最中。私は武蔵野森学園では珍しい自宅からの通学者。
なのになぜ一人で校舎内を歩いているかというと、部活があるというわけでも、学校が好きというわけでもない。
終業式の日に通知票を忘れて、しかも忘れたことにすら気づかずに‥‥えっと何日経ったっけ?
あー‥私、夏バテじゃなくて夏ボケしてるのかもしれないわ。
いまいち機能してないと思われる頭を小突きながら歩いていると、シャキッとさせるような甲高い笛の音が響いた。
「うわっ!びっくりした〜」
聞こえた先は正面グランド。
おぉ、サッカー部の皆さん、精がでるね。なんかまさに青春!って感じ?
「…………………」
遠くグランドを見ながら私はどうしようか考えた。
少し考えた末、暑いけどせっかく学校に来たんだし、顔ぐらいは出していこうかという結論に達して私は玄関に向かった。



センパ〜イ」
ノコノコと校舎から歩いてきた私に一番最初に気づいたのは藤代くん。
まったく。この暑い中、元気なことねと半ば尊敬してしまう。
私は暑さと藤代くんの元気に負けないように精一杯の笑顔を向けた。
「はよ〜暑い中がんばってるじゃない」
こっちにいるのは1軍のレギュラーであっちは控え。
3軍だと思われる子たちがビブスを配ったり、走り回ったりしてるし。
どうも様子からしてこれから紅白戦でもやるところかな?
「これから紅白戦やるところなんすよ。センパイ、俺の勇姿、ちゃんと見ていってくださいね〜」
あ、やっぱり。私は完ぺきな部外者なんだけど、ちょくちょく顔を出してるから(遊びや応援なんかで)誰が何軍かぐらいはわかる。
さすがに名前がわかるのは1軍のメンバーと控えが半分ぐらいだけど。
「うん。そのつもりだよ。藤代くんはどっちをやるの?」
「俺は白っす。キャプテンと竹巳が紅だからやりがいがあって‥‥」
「なに遊んでるんだよ、誠二。あ、先輩、こんにちは。お久しぶりですね」
「こんにちは、笠井くん。‥あれ?そういえば渋沢は?今日はいないの?」
キャプテンサマがいないわけはないと思うけど、周りを見まわしても姿が見えない。
「さっき暑さにやられて倒れた奴がいて。今、2軍のやつと一緒に保健室にいってます」
そろそろ戻ってくる頃だと思いますけど‥
笠井くんが言ったから保健室のほうを見たら、ちょうど渋沢が一人でこっちに向かって歩いてきた。
「しぶさわ〜」
「あれ?
「お邪魔してま〜す。倒れた子に付き添っていったんでしょ?その子、大丈夫だって?」
「あぁ、昨日寝たのが遅かったらしくて睡眠不足もあったらしい」
今は寝てるよと渋沢が言うと、藤代くんは嬉しそうに笑った。
「じゃ、安心っすね。キャプテンも戻ってきたし、紅白戦始めましょー」
暇だし、せっかくだから試合を見ていこうと背を向けたら肩をつかまれた。
「ん?なに?渋沢」
、もう帰るのか?この後になにか予定があるのか?」
「ううん。別にないから試合見ていこうと思ってるど、なんで?」
「できればマネージャーの仕事を手伝ってほしいんだ」
たった一人のマネージャーが夏風邪で寝込んでしまっていてなと聞いて私は納得した。
「あ、わかった。だから三上が元気ないのね」
きっと彼女さん‥たしかさんっていったっけ?
さんのことが心配なんだろう。
私の視線にも気づかずに独り、寮のほうをみつめている。
三上のことだから看病したいって言ったけど追い出されたってところかな?
あのマネージャーさん、かわいい顔して何気に強いのよ。
ま、そうじゃなきゃ大所帯である武蔵野森サッカー部のマネージャー。しかも三上の彼女なんてやっていられないんだろうけど。
「OK。べつに暇だし、大変そうだから手伝うよ」


と、まぁ、私はかる〜く安請け合いしてしまった。
後でちょっっっと後悔したけど。
なにしろバカみたいに人数が多い。ドリンクとタオルを用意して一人一人に配る。たったこれだけでもかなり大変な作業。
ホント、さんを尊敬しちゃうわ。
他にマネージャーはいないから1年間一人でこの作業に耐えたわけでしょ?
私にはできないわ。
誰かに入ってほしいと言っていたのはマジだったのね。
う〜ん。断って正解。





紅白戦が終わってとりあえず反省会(という名の休憩?)みんなジメジメとしたむし暑さから逃げるため木陰に座り込んだ。
そのみんなにタオルとドリンクを配って歩く。
渡すときに暑いけど頑張れって応援していたらいきなり大きな雷の音。
「なに?」
見れば、さっきまで憎らしいほど晴れていた空はいつの間にか真っ黒な雨雲に覆われていて。ホントあっという間に雨が降り出した。
「うわー‥なんかすごいね」
バケツを引っくり返したような雨ってきっとこういうのを言うんだと納得をしながら空を見上げた。
結局、風邪でもひいたら困るからって判断で部活は中止。
松葉寮から家にTELしてみたけど、誰もでなくて。傘借りて帰ってもよかったけど、どうせ暇になるだろうと思って渋沢たちの部屋に転がり込んだ。
「すみません。渋沢キャプテンいますか?」
「あぁ」
「…………………」
1人目、2人目はそんなに気に留めなかったけど、さすがに3人目、4人目ともなってくると疑問に思う。
気のせいじゃなくて今日は来客が多くない?
「ねぇ、三上。今日って何かあるの?」
服をちょいちょいと引っ張りながら不機嫌そうな三上に聞いてみた。三上は一瞬きょとんとしてから呆れたように教えてくれた。
「バーカ。今日はあいつの誕生日だろ?」
そう言われてみれば今日は7月の29日。
いや、29日が渋沢の誕生日だってことは知ってたんだけど、今日が何日なのかすっかり忘れてた。長期休業って日付の感覚がなくなるからやだわ。
「ふーん。渋沢って女だけじゃなくて男にもモテるのね」
「なに、変なことに感心してんだ、お前は」
「まぁまぁ。それで?三上は渋沢になにかあげたの?」
「どうでもいいだろ?それより頼みたいことがあるんだ。、ちょっと耳貸せ」







「キャプテン、誕生日おめでとうございます」
もう15だし、たかが誕生日だからと思っていても人から何かをもらうのは嬉しいことだ。
「ありがとう」
プレゼントを持ってきてくれた後輩に礼を言って部屋の中を見るとの姿しかない。
「あれ?三上は?」
俺は今ドアから来たんだからドアから出ていったはずはない。
‥まぁ、だからといって方法がないわけじゃないが。
「『ちょっと遊びに行ってくる。今日は帰らないから点呼のほうはよろしく』だそうよ」
「そうか」
やっぱりいったんだなと心のなかで笑った。
そわそわしてたみたいだから、きっと行くというだろうと思っていたけれど。
も同じようなことを思ったらしく、とても楽しそうに笑った。
「三上ってば、すました顔でいろいろ言って余裕を見せているけどさ、結局はさんにベタ惚れ状態よね〜」
「確かにな」
本人は隠しているつもりなのかもしれないが、3年も同じ部屋で付き合ってきた俺からみれば一目瞭然。本人の前では変わらないが、俺にのことを話すときの三上はかなり幸せそうだ。部屋での会話に惚気が混じっているくらいだし。
気づいてないみたいだから一度「それは惚気だぞ」と指摘したらおもしろいかもしれない。
「それより渋沢、今日って渋沢の誕生日でしょ?なにが欲しい?」
「いや。なにもいらないよ」
敢えていうなら目の前にあるものだけれどな。
俺にはが欲しいなんて三上みたいなセリフは言えないし、言うつもりもないから。
なにより現在の、友達のままでも十分に幸せだから。
「なにもいらないよ」
「いらないって…なんでもいいよ。欲しいものじゃなくて、してほしいことでもいいから何かない?」
「いや、気持ちだけありがたくもらっておくよ」
今日、と会えたらいいなくらいにしか思っていなかったから。
夏休みで会えるわけがないと思っていたから会えただけでも嬉しいのに。
二人きりにその言葉は十分すぎる。これ以上は嬉しすぎて頬が緩んでしまうよ。
しかしはそれを遠慮したと思ったらしい。険しい顔つきで小さく呟くように言った。
「………………寝て…」
「え?」
「いいから寝る!」
「??ど、どうしたんだ?!」
なんか怒ってないかと聞くとは露骨に頬を膨らませた。
「なんとなくね。思ったのはずっと前なんだけどさ、なんていうかムカつくのよね」
すごくイライラするんだと言われてわけがわからなかった。
「なにか一つくらいあるでしょ?誕生日なんだから今日くらい欲張りになったら?」
いっぱい甘やかしてあげるからさというに俺は驚いていた。
俺にこれ以上欲張りになれというのか?
「小さいことでもいいからなにか言って。それが私からの誕生日プレゼントなんだから、ちゃんと受け取ってよ」
「……本当になんでもいいのか?」
「うん」
近くで甘い匂いがする。
とてもとてもとろけるくらい甘い。
幸せと温かいものをかみしめて、俺は目を伏せた。









「しばらくの間、このままで…」
















なんか『ETERNAL REST』に似てるような気が‥(爆)
う〜ん。三上先輩にこんなこと言ったらどうなるだろう‥

2002/07/08



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