ごめんなさい。ごめんなさい。
神様、ごめんなさい。
明日からじゃなく、今から心を入れ替えます。
これからはもっと早く起きます。自分の寝坊で女官に当たったりしません。
意地汚く食べ物を強請ったりもしません。
部屋もきれいにするよう心がけます・・・いや、綺麗にします。
軍議中に寝ないようにします。
父上のように仕事を抜け出さないようにします。妙才や徐晃に仕事を押し付けたりしません。
元譲のお説教も流さず、ちゃんと聞きとめます。
もっと人のためになることをします。
悪戯もしません。
そして、もっと素直になります。
本気です。
本気です。
今までの行いを心の底から謝ります。
いくらでも謝りますから、
・・・・・なかったことになりませんか?














今まで信じてなかった神様に向かって祈るが、答えはもらえなかった。













事の起こりは、寝坊だった。
朝からの軍議に遅刻しかけて、起こしてくれなかった女官に八つ当たりを騒ぎ散らかしながら飛び出した。
まずい。今日はこの月で3回目になる。
さすがに私に甘い父上でもいい顔はしてもらえないのは想像するまでもなく理解できた。
なにより、あの神経質を体現したかのような、軍師にネチネチ小言を言われるのは耐えられない。
私が悪いのはわかってるけど。
前回もかなり嫌味を言われたから、今日も遅れたら何を言われるかわかったもんじゃない。
昨日、城に泊まればよかった!なんて今更後悔してみても仕方がない。
なんと言って飛び込もうか考えながらいつもの角を走り抜けたら、いつもは開いていない窓があいているのが見えた。
あ、そうだ。あの部屋の窓から入って、中庭を突っ切っていけば、もしかしたら間に合うかもしれない。
頭によぎった案を思いついたと同時に実行に移していた。
その頭上を、欠片も気にしていなかった。
どぐっ。
首のあたりに巨大な生暖かいものが当たった衝撃を受けた。
記憶にあるのはそこまで。














ゆらゆらと揺れている。
ちがう。
なにかに揺られている。
あたたかななにかに包まれて、なんて幸せなんだろう。
いやー・・・
しあわせ。
あったかくてフワフワしていて。
このまま寝てしまいたい。
・・・・ん??
・・・・これはなに?
睡魔にお別れを告げたら、急にはっきりしてくる頭の中。
目の前を揺れるのは真っ青なかたまりだった。
これは、いったい?見えるこれはなに?
撫でてくれる心地よさと、降り注いでくる香の匂い。
この匂いを知っている。
私が恋い慕う相手の匂いだから。
そして、その記憶に間違いがないのなら、今、ありえない状況になっている。
恋い慕ってはいるけれど、彼と私はそのような関係には至っていないのだから。
「起きたのか?」
耳もとで叫ばれたのかと思うほど、大きくはっきりと聞こえた司馬懿の声。
大きい。大きすぎる。
・・・は?
比較的、頭は柔軟なほうだと自負しているが、これは頭がついていかない。
いったい、何がどうなっている?
なんで、私が見上げきれないほど巨大な司馬懿の腕の中にいるのか。
驚いたとほぼ同時にその腕の中から飛び出した。
頬に風を感じながら、床に降りたつ。
冷たい。
ひやりと手の裏に感じる床の感触。見える床の距離が近い。机も、壁も、記憶の中より長く大きくみえる。
大きいなんてもんじゃない。大きすぎる。
見上げるほどなのだから。天井が遠すぎる。
状況に頭がついていかない。
きょろきょろと見渡した視界にとらえた姿見。そこに移った己の姿に、文字通り固まった。
・・・うさぎ?
まっすぐと伸びた長い耳も、長いひげも、口を動かしてみるとうさぎも動き、手を挙げてみると鏡の中のうさぎも手を挙げた。
首を動かすと同じように動く。
うさぎ?
うさぎ?!
そんな、まさか!!
どうなっているの??!!
「待て!」
姿見に駆け寄ろうとしたら上から焦った声とともにいい匂いがしてきた。
ふりかえれば司馬懿の手の中で人参が揺れている。
!!!
なんだろう。そんなに人参なんか好きではない。
むしろ嫌い。
大人になった今では食べられなくもないが、食べたくはない。
いつもの私なら。
人参よ。
あの人参なのよ。
わかっているのに、足が止まったまま動かない。抗えない匂いで引き寄せられる。
匂いの誘惑に勝てなくて、司馬懿の手元まで駆け寄り、差し出された人参にかじりついた。
「!」
かじりついた一口目。
これがビックリするくらい美味しいではないか。
え?人参ってこんなにおいしいものなの?
うさぎの姿だからなのか、っていうか、きっとそのせいだと思うけど、美味しい。
やだ、止まらないわ。
ムシャムシャ。
無心になってかじっていると、いつの間にか抱き上げられていた。






うさぎになってしまったという現実にショックを受けつつ、部屋の中を見渡し、考えてみた。
なにがどうしてこの状況になっているのかわからない。
とりあえず、私はなんだということを司馬懿に伝えようとしてみたが、これが難しかった。
司馬懿がいう言葉はわかるので言葉を話そうとしてみたが、うさぎに人間の言葉は話せないようで、声が出ない。
口笛のように鼻を抜ける音は出るけど、音階を作ることは出来ず、これでは伝えられなかった。
文字で伝えようにも、手の先で書くことが出来ない。
字はわかっていて読むことも出来るのに、なぜか書こうとすると書けなかった。
それならと思って書いた文字を指し示そうとすると、2文字ほどでどこまで伝えたのかがわからなくなってしまう。
司馬懿が言う言葉にうなずいたり、首を振ってみたけれど、気づいてはもらえなかった。
そもそも伝えられても信じてもらえるかどうかは別問題。
司馬懿は頭が固そうだし。
どうしたら戻れるのかわからないけど、もう、こうなればなるようになれだと思った。
開き直って、自分の状況に落ち着いて来たら、司馬懿がおかしいことに気づいた。
司馬懿は軍師だが、文官の総括も請け負っている。
内務を取り仕切っている司馬懿の仕事は、一部将である私以上に忙しないものだと思っていたし、実際そうだったはずだが、司馬懿はその日自室から出て行かなかった。
次の日も。次の日も。
女官は食事を届けには来るけれど、司馬懿は執務には行かないし、机の上に書簡を届けられることもない。
ただ私を撫でて、窓の外を眺めているばかり。
おかしい。
おかしいとわかる、けれど、言葉が通じない今、問いかけることも出来ない。
おかしいことはもう一つ。
決まって酉の刻あたりの時間になると、女官が司馬懿を呼びにやってくる。
私を置いて、司馬懿は部屋を出ていく。
戌の刻になる前には戻ってくるが、部屋に戻ってくるとその後は何もしゃべらない。
そのまま、眠ることもせず、静かに、朝を迎える。
もうすぐ酉の刻。
今日もそろそろ呼ばれる頃合い。
「お前は目を覚ましたのに、どうしてあの方は目覚めぬのであろうな?」
切ない声色が降ってきた。
誰のことだろう。
司馬懿がこんな表情を浮かべる、なんて。
扉をたたく音と女官の声が聞こえる。
「司馬懿様」
「・・・お前も来い」
抱き上げられ抱え込まれて、暗い回廊を静かに進む。一言も発せぬまま、医務室へときた。
女官が扉をたたき来訪を告げると、中にいた典医が顔をのぞかせた。
「どうだ?」
「まだでございます」
「そうか」
司馬懿に頭を下げ、典医は女官とともに部屋を出て行った。
部屋に満ちる薬の匂いに鼻が曲がりそうになりながら、奥を見た。
目を見開いた。






そこには私が寝ていた。
私、だ。
人間である私。
寝台に横たわり、静かな呼吸が繰り返されている。
顔は死人のように白い。
司馬懿の腕から飛び降りて駆け寄って自分の体に触れてみる。そこには司馬懿のような温かさがなかった。
冷たい。硬い。
呼吸音が聞こえなければ、まるで死んでいるかのようだった。
どうして・・・?
呆然としていると、司馬懿は寝ている私の傍らに膝をついた。
様、まだ眠ってらっしゃるのですか?」
その口調は、聞き慣れたものだったが、その表情は悲痛に満ちていた。
「もう7日です。そろそろ起きられてもよろしいのでは?」
ぽたり。
頬を伝う雫に気づいていないのか。
滑り落ちたそれは静かに寝台へ吸い込まれていく。
その輝きは、美しかった。






司馬懿!
司馬懿!






出せない声が歯がゆくてもどかしい。
うさぎの姿で駆け寄っても、司馬懿は、私を見ていなかった。 無心に、寝ている私を見ていた。
私ではなく、私を見ていた。
愚かだ、と。
今さら気づく。
伝えられる時になぜ、伝えてこなかったのか。
なぜ、この関係性で満足していたのか。
明日どうなるかわからない。戦場だけが運命を左右する場所ではない。
そんな当たり前のことがわかっていなかった。
変わらず、またあなたに会えると、あなたと話が出来ると信じていた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
神様、ごめんなさい。
明日からじゃなく、今から心を入れ替えます。
もっと素直になります。
本気です。
本気です。
心の底から謝ります。
いくらでも謝りますから、なかったことになりませんか?
彼の涙をぬぐう手のひらを、彼を抱きしめるその腕を、彼に思いを伝える唇を、私に返してもらえませんか?
お願いです。
私に、彼を抱きしめさせてください。
彼を一人で泣かせないでください。






・・・・司馬懿・・・
瞼が重い。暗い視界は開かない。
息が苦しい。口もあまり開かない。
伸ばそうとした手は力を入れられなくて動かなかった。
でも、あなたの香の匂いがある。
そこにあなたがいる。
届いて。
届いて!
「・・・好、き、よ」
「!!!様!」
その耳に思いが届いたことがうれしくて、暗い視界のなかであたたかな涙が伝った。
寝台の上で、柔らかな抱きしめられていた。






もう、そこにうさぎはいなかった。

















きっと、一番最初にこのお題を考えた時は「うさぎ=寂しがり」のつもりだったはず。
まさかの本当のウサギネタ。
誰でもいけますが、最初に浮かんだ相手は司馬懿でしたので司馬懿で行きました。ギャグになるかと思ったら、しっとり系に。

2019/12/22



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