合わせた唇は甘かった。
いつもは足早に通り抜けるだけの南庭。
キョロキョロと辺りを見回しながら、目的の人を探す。
あ、見つけた。
投げ出された靴先を見つけて、そーっと茂みに入ると、夏侯惇様がいらっしゃった。
笑みがこぼれてしまい、音を立てぬよう口を押さえた。
こんなところで寝てしまって。
夏侯惇様がいないって、曹操様がとってもお困りでしたよ。
おそらくお仕事を手伝ってほしいと言う話だと思いますが。
昨日、部屋から抜け出した曹操様は、司馬懿様に捕まったようで、今日はずっと執務のご予定だと伺った。
こんなところに隠れてしまって。
曹操様が拗ねてしまわれますよ。
口には出さず、心の中でだけつぶやく。
夏侯惇様を起こさないように。
私は曹操様からお願いをされて夏侯惇様を探しにきたんだけど。
ごめんなさい、曹操様。
少しだけ。少しだけ時間をください。
心の中で曹操様に謝って、音を立てぬよう、細心の注意をしながらその側によった。
戦場に、執務に、曹操様のお手伝いに、夏侯惇様はいつもお忙しい。
わかってますが、いつも、寂しいんですよ。
夏侯惇様の安らかな寝顔。頬へと静かに唇を寄せた。
夏侯惇様のまつげは揺れたけれど、その瞳は開かれない。
それがうれしいような、悔しいような、歯がゆいような。
だって、起きてしまったら、もうこんなこと出来ないから。
恥ずかしいし。
けど、その強い瞳が見たいとも思う。
いつも私を捉えて離さない貴方。
もっと一緒にいたい。もっといろんなお話がしたい。
もっともっと。
どうして、夏侯惇様のことになるとこんなに我儘になってしまうのだろう。
大好きです。
とってもとっても大好きです、夏侯惇様。
ただ、ただ、寝ている夏侯惇様へ想いを込めて。
もう一度、頬へ唇を落とした。
いつもいつも私に優しく微笑んでくださる貴方、想いを言葉にしてくださる貴方、とっても嬉しいです。
照れてしまって伝えられない時もありますが、私も夏侯惇様に負けないくらい夏侯惇様のことをお慕いしております。
「どうせなら口にしてほしいんだがな」
目を閉じたまま、かけられた声に心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。
とっさに後ろへ退こうとした私の腕を強い力が引き止める。
ゆっくり開かれる。つかんだ力と同じくらい強いまなざし。
「お、起きていらっしゃったんですか？いつから？」
「ずっとだ。口にしてくれるかと思って待ってみたんだが」
ボボン！
鏡がなくとも自分の顔が真っ赤になったのかわかった。
は、恥ずかしくて顔から火が出る。
「」
「うー…」
「、こっちをみろ」
唇を指差されたのが横目で見えたが首を振った。
か、夏侯惇様のお顔が見れないー！
「なんだ？恥ずかしいのか？」
「恥ずかしいです！」
起きてるならおっしゃってくださればいいのに、寝たふりしてるなんてイジワルだ。
「口づけ以上のこともしているだろう」
それは、そうですが、そういうことじゃないんです。
「頬に出来て、なぜ唇には出来ぬ？」
「恥ずかしさが違います！」
「わかった、目を閉じててやるから。どうだ？」
からの口づけがほしいなんて言われたら逆らえない。
うー…
夏侯惇様に促されて覚悟を決めた。
覚悟を決めたけど、心臓がバクバクと音を立てている。
夏侯惇様が起きてるってわかってるから、緊張で震えてしまいそうだ。
深呼吸をして、夏侯惇様の頬に手を添える。
伏せられたままの瞳。
ハーと息を吐き出して、もう一度、深呼吸した。
ゆっくり吐息に吐息を重ねていく。
その唇の柔らかさと幸せを感じて、うっとりしてしまった。
離れたら寂しくて、もっと、と思ってしまう。
「足りなくなってしまったか？」
「はしたない女とお思いですか？」
「何を言う。好きだから触れたいと思うのは自然であろう？」
夏侯惇様の手が添えられた頬から熱が灯る。
もう一度唇が重なる。
夏侯惇様から頂く口づけは、本当に幸せ。
頬に添えられていた手が首すじへとゆっくり伝ってきて、体が跳ねた。
「夏侯惇様っ、曹操様が探しておられます」
「放っておけ」
「でも…」
「見当がつく。それとも、俺を要らんとでもいう気か？」
ぶんぶんと首を振った。
そんなこというわけがない。
「おまえがほしい」
胸もとに感じる唇の熱さに震えてしまう。
「…ぁ…でも、こんなところでっ…」
「部屋まで我慢ならん。俺を起こしたのはお前だ」
つぎ、起こしに来る時はまず唇にしろ。
熱に浮かされた中言われた約束に赤い顔のまま頷いた。
惇兄が仕事サボって居眠りってなさそうって事で、ソソ様からのお手伝い要請。
それがわかってるから隠れる惇兄。ご褒美で少し、他より野獣（笑）
2019/09/16